ファンタスティックフォーチュン2 2次創作 

アロランディアの凶星

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12話 3人目の星の娘

 観光客と水夫、彼らを目当てにした露天商などで賑わう港通りは、いつも戦争のような喧噪で満ちている。
 今日を楽しもうと、明日を生きる糧を得ようとする人々の熱気は、海の水分を蒸発させ積乱雲を作ってしまわんばかりの勢いだ。
 経済の要所であるこの場所には、魔法デバイスによって光を放つ街灯や、津波の際に防波堤の役割を果たす防御結界など、魔法文明の最新テクノロジーが導入されている。
 5年前、離島から初めてこの地にやってきたマリンは、ただただその活気に圧倒されたものだった。
 今でもこの港通りに足を踏み入れるときは、小さな高揚感に包まれドキドキする。
 しかし、今日の騒がしさは、比喩でも何でもなく、まさに戦争のソレだった。
「候補様をお救いしろ!」
 荒々しく軍靴の音を鳴り響かせながら、騎士の一団が迫ってくる。
 しかもその手には抜き身の白刃を携え、進路を遮るモノは、人であろうと物であろうとお構いなしに押しのけて来るのだからたまらない。
「お、落ち着きましょう。落ち着きましょう、みなさん!」
 振り落とされないようにシリウスにしがみつきながら、落ち着きを無くしたマリンが叫ぶ。
 今の彼女の心を満たしているのは、熱気による高揚感ではなく、恐怖と焦りと不安をブレンドした嫌な意味合いでの緊張感だけだ。
「しつこいね。私を捕らえたいなら美女の一団をよこしたまえっ」
 マリンを抱きかかえたシリウスは、そう吐き捨てすると同時に腰の剣を一閃させた。
 それは騎士たちへの牽制ではなく、静かに夜を待っていた街灯へ向けた斬撃だった。
 小さな金属の鳴き声と共に、青銅製の支柱が真一文字に断ち切られる――人間業ではない。膨大な年月を剣へと捧げた者のみに許される、力と技の神域のコラボレーションだ。
 支えを失った街灯は、狙いすましたように騎士たちの頭上めがけて落下する。
「い、いかん、ふせろ……!」
 地面に衝突すると同時に、ガラスケースに覆われた照明装置が爆発的な白光を上げて破裂した。
 内蔵されていた炎の魔法デバイスが衝撃によって誤作動を起こし、急激な魔法反応を引き起こしたのである。
 毒々しく咲いた爆炎の花は、さながら飢えた怪物のごとく周囲のモノを飲み込んだ。
 炎に巻かれた騎士たちは、恥も外聞もなく地面を転げ回る。とばっちりで火傷を負った少女が悲痛な叫びを上げ、屋台に引火した炎から売り物を守ろうと、店主が慌てふためく。
 攻撃用に調整された指向性の炎ではなかったため、人間を即死させるほどの威力はないが、通りを混乱の坩堝にするには十分だった。
「な、なんてことするんですかシリウス様!?」
 マリンは気色ばんで抗議の声を上げる。
「なにって、足止めですよ。あのままではいずれ追いつかれましたからね」
 火災の張本人は、なんの心痛も感じていないのか、さらりと答えた。そのまま背後を省みることなく、混乱に乗じて裏路地へと遁走する。
 殿(しんがり)を務めていた彼の護衛たちも、遅滞なくその後に続いた。
「あ、足止めって……いくらなんでもひどすぎますよ!」
 マリンは怒りに白熱し――その瞬間、脳裏にさきほどのソロイの言葉が蘇り、心臓が大きくはねた。
「……ま、まさかとは思いますけど、シリウス様がテロリストの黒幕なんじゃ……?」
 自ら口にした言葉が、鉛の剣のように重く心臓に突き刺さる。
 数刻前までは、悪い冗談としか思えなかった疑惑が急速に膨らんで現実味を帯びた。
 ソロイは、ダリス王国の精鋭部隊がテロリストの正体だと言っていた。それが本当なら、現地で彼らを統率し、指揮していたのがシリウスだとしてもおかしくない。
「マリン殿、結婚しよう」
「はあ?」
 しかし、返ってきたのは、脅しでも弁解でもなく、まったく脈絡を無視しまくったプロポーズだった。
「キミと私が結婚すれば、問題はすべて解決するのですよ」
 マリンは脳髄をタガネで抉られているような激しい偏頭痛を覚えた。
 こめかみの部分を指で揉みほぐし、なんとか彼の言葉の真意を探ろうと思考を巡らせる。単にふざけているのか、それとも……
「……シリウス様、錯乱されているのですか?」
「錯乱? そうかもしれない。愛とは一種の錯乱状態だ」
 得意の甘いフェイスでそう囁くと、シリウスは不意に顔を輝かせた。
「あっ、そうだ、今ココで誓いのチューをしましょう。そうしましょう!」
 そのまま唇をすぼめ、上気した顔を強引に近づけてくる。
頭の血管の何本かが、怒りにブチブチと焼き切れた。
「まじめに答えてくれないと、いくら私でも怒りますよ……」
 指が白くなるくらい強く握りしめた拳に、マリンは、はぁ〜〜っと息を吹きかける。
 それ以上顔を近づけたら容赦なく鉄拳をおみまいするという意思表示だ。
「で、殿下、今は非常時ですぞ。ふざけている場合では……」
 追従していた護衛の1人も、呆れたように王子をたしなめた。
「わ、わたしはこれでも大まじめなんですけどね………わかりました。マリン殿に変に誤解されても困りますし、全部お話しましょう。ベリルナイツを指揮していたのは私ではありません。ダリスの中でもいろいろありましてね。途中で国策が180°変わってしまったのですが、私が親善大使としてこの国に滞在していたのは、本気でアロランディアとの友好を結ぶためであり、同時に……極めて個人的な目的からです」 
 シリウスの顔から弛緩した笑みが消えた。その瞳の奥に、一瞬、怒りにも似た色が揺らめいて消える。
 ようやくまともに話をしてくれる気になったらしい。
 彼の個人的な理由というのも気になったが、目下最大の疑問を投げかける。
「そのベリルナイツの目的はなんなのですか? ダリスの騎士さんたちが、どうしてレストランなんか壊したりするんです?」
「やだなマリン殿、鈍いですよ。わかりませんか?」
 頭を振り、さも自明の理だと言わんばかりにシリウスは続ける。
「あの一件は、民間施設の破壊ではなく、そこにいたアクア殿の命が狙いだったのですよ。彼らの目的は星の娘候補の抹殺です」
「ほ、星の娘候補抹殺で、アクアさんの命!? ど、どうしてそんなことを……」
 突如、降りかかってきた厄災に、マリンは肝を潰した。
 レストランが破壊された事件では、星の娘候補であるアクアが巻き込まれたというので、かなりの騒ぎになっていた。ダリスの破壊工作員が犯人なら、魔法院や騎士院などの重要施設ではなく、民間のレストランを標的にしたのはおかしいと思ったが、彼女の命が狙いなら合点がいく。
 だが、なぜダリスが星の娘候補を抹殺しようなどととしているのかわからない。対ダリス同盟との膠着した睨み合いが続く中、貴重な戦力を海を隔てたこんな小国に送っている余裕など無いはずだ。
「あれ、意外でしたか? ダメだなマリン殿、候補としての自覚がなさすぎますよ。星の娘は、単なる島国の権力者にとどまらず、女神エーベの化身という宗教的絶対権威を持った存在なのですからね。エーベ神を信仰している者が世界中にいる以上、その発言は世界情勢に影響を与えます。アロランディアみたいな小国が、何百年も独立を維持できてきたのは、各国の王がその極めて現実的な神罰を恐れたからですよ」
 シリウスはできの悪い生徒を諭す教師のような口調で解説する。
「我が父、ダリス王が一番恐れているのが星の娘です。もし征服戦争を繰り返すダリスを、星の娘が邪悪と断言して、その行動を諫めたらどうなると思いますか?」
「あ……」
 信仰心というのは、時に理性や本能よりも強力に人間を突き動かす。そんなことになったら、ダリスは最悪、内外から攻められて瓦解してしまうだろう。反ダリス勢力は聖戦の大義名分を得て勢いづき、占領下の土地では民衆の蜂起が相次ぎ、国内では戦争反対論者が台頭して、収拾がつかなくなるに違いない。
 いかに超大国といえど、神を敵に回したらお終いだ。
「おわかりいただけましたか? 言葉1つで世界の構図を塗り替えてしまう力があるのです。権力に固執する者にとって、これほど恐ろしい怪物はいませ……」 
 シリウスの言葉は、最後までマリンの耳に届くことはなかった。
 一陣の烈風が身に当たったと思った瞬間、不意の圧迫感と共に、彼女の視界は糸状に引き延ばされた残映となって流れたのだ。
 海で高波にでもさらわれたような感覚。
 自分の身に何が起こったのか? 抵抗はおろか知覚する暇さえなかった。
「ひゃあ!?」
 恐怖に悲鳴を上げたのと同時に、マリンは悟った。
 身を拘束する力強い腕に、頬に当たる分厚い胸板――烈風の正体は、血肉を備えた偉丈夫だった。自分はこの男に拉致されたのだ。
 危機感が電流となって脳髄を焼く。
「お怪我はありませんか? マリン殿」
「ソロイさん……?」
 マリンの耳元で、謹直なバリトンが囁かれた。その声は、間違いなく彼女の教育係であるソロイのものだ。
 星の娘抹殺などという話を聞いてしまったために、変に警戒してしまったが取り越し苦労だったようだ。
 安堵の吐息をつき……反射的につぶってしまった目を開ける。
 その瞬間、マリンは自分を取り巻く世界に亀裂が走ったのを感じた。全身が硬直し指一本動かせなくなる中、心臓の鼓動がやけに大きく響く。
 そこに広がっていたのは、血の海だった。無秩序に飛び散った鮮血が、壁や地面を生命の残滓したたる赤で染めている。
 そのただ中にあるのは、首や胴体を斬られた5つの屍だ。
 驚きの表情のまま永遠に動きを止めた犠牲者たちの顔が、虚ろな視線を中空に投げている。背格好や装いから、すぐにそれがシリウスの護衛たちのなれの果てだとわかった。
「な、なな、なぁ……!」
 この5年間、星の娘候補として神官たちに傅かれ、まるで希少種の花のように慈しみ愛で育てられてきたマリンにとって、それはあまりに刺激の強すぎる光景だった。
「なるほど、星の娘に仕える神官……アルタスの一族が、とんでもない怪物を飼っているとの噂は本当だったのですね」
 内臓に損傷を受けたのか、美貌の王子は口から血の泡を吹いていた。かろうじて立っているのがやっとという足取りでありながらも、彼は憎々しくこちらを睨み付けている。
 その脇腹からは血が滲んでいたが、出血具合からして峰打ちですまされたらしい。
「私の護衛を全滅させ、マリン殿を奪ったその手腕。とても人間業とは思えません……襲われるまで気配を感じることさえできませんでしたよ」
「私も、いささか驚きました……さすがはシリウス様」
 賞賛を口にしながらも、ソロイの口調には優位に立つ者特有の傲岸な響きがあった。
「ダリスの第七王子として生まれながら、あなたはなぜか魔法を嫌い、剣にその半生を捧げたと聞きました。温室育ちの剣術……たいしたものではないだろうとタカを括っておりましたが、その認識を改めなくてはなりませんね」
「そ、ソロイさん、か、肩が……!?」
 首筋に垂れてきた生暖かくぬめる液体……その正体に感づいて首を巡らしたマリンが見たのは、白い骨を覗かせるほど裂かれたソロイの右肩だった。
「申し訳ありませんマリン殿。お召し物を血で汚してしまいました」
 ソロイは苦痛に眉1つ動かすことなく、慇懃に非礼を詫びる。まるで自分のことなど眼中にないかのような態度だ。
 しかも恐ろしいことに、その傷口がぶくぶくと泡立ったかと思うと、肉が盛り上がって皮膚が繋ぎ合わさり、完全にふさがってしまったではないか。
「え? あ、あれ!?」
 マリンは狐につままれたように目を瞬く。目の前の出来事は、彼女の知る理(ことわり)では完全に有り得なかった。
 詠唱もなく短時間で使えるような治癒魔法は、どんな練達者が行おうとも、傷口を塞いで失血を抑え、痛覚を麻痺させる程度のものだ。肉体を再生させるような大がかりな魔法を、なんのアイテムも使わず、たった1人で、しかも一瞬で行うなど不可能だ。
「せめて相打ちにと打ち込んだ私の剣が、まったく無意味とは……。マリン殿にベリルナイツが手が出せなかったのも頷けます。ソロイ殿、あなた禁呪法で作られたアンデットかなにかですか?」
 シリウスは苦痛に顔を歪めながらも、皮肉げに唇の端を釣り上げる。
「答える必要はありません。あなたには対ダリスの人質になっていたただきます。ご同行願いましょう」
「やれやれ、拒否権はなさそうだね……でも、あの男に一矢報いぬまま終わるのは、私の本意じゃない」
 その瞳に鋼鉄の意志を秘めた輝きが灯る。重傷を負った身体に鞭打ち、彼は剣を構えた。
 殺意を載せた切っ先に迷いはなく、必殺の威迫に満ちている。起死回生の奥の手を繰り出そうとしているのが、剣術を多少囓っただけのマリンにもわかった。
「無駄なことを」
 その身を拘束しようとソロイが一歩を踏み出したその時……
「マリン殿……!」
 ふいに神官騎士は、守護すべき星の娘候補を突き飛ばした。
 つま先が地面を離れ、不穏な浮遊感を感じる中、マリンは見た。
 ソロイに、高速で飛来した光の矢――魔法による指向性エネルギー弾が突き刺さり、彼がそのまま後ろに弾き飛ばされるのを。
 だが、あわや壁と激突……となる寸前に空中でターンし、靴の裏を叩きつけるようにして壁に「着地」。
 壁がクモの巣状にひび割れると同時に前転して、何事もなかったかのように地面に降り立った。
 驚愕の運動神経――いや、もはや人間の領域から逸脱している。
「そ、ソロイさん、お、おお、お腹が!?」
 なにしろ、光の矢を受けたソロイの腹部が大きく抉られ、骨や臓器が覗いていたからだ。
 傷口の周囲の組織は高熱で焼けただれたため、流血はあまり起きておらず、カリカチュアめいた非現実的な光景を醸し出していた。
 しかも、それだけの致命傷を受けながら、その両脚はしっかりと地面を踏みしめ、顔は生気を失うどころか苦痛すら浮かべていない。
「何者だ!?」
 怒りに燃えるソロイの視線の先、いつの間に現れたのか背の高い1人の少女がたたずんでいた。
 癖のない長い黒髪が、熱気を帯びた磯風に静かに揺れている。
 陽光を受けて波うつ髪は、紺碧の海のなめらかさを連想させた。
「ほう驚いた、今ので死なぬとは……にしても私に向かって何者だとは、神官風情がずいぶんと無礼な物言いよな」
 少女は凛と通った声で、ソロイをたしなめた。
 整った顔立ちをした美しい娘だが、なにより目を引くのは身に纏った衣装だ。
 襞の付いた赤いスカートのような着物は、ゴムやベルトではなく、同色の帯によって身体に固定されている。
 上半身を覆うのは、雪のように白く袖の長い上着。
 見目鮮やかな赤と白のコントラスト。そこには侵しがたい清冽な雰囲気があった。
「私の名は日野平 葵(ひのひら あおい)。おぬしが仕えるべき星の娘じゃ」
 少女は右手を掲げ、握った拳をゆっくりと開く。
 その手の平には、息づくように明滅している星形の痣があった。


13話 蒼武天

「さ、3人目の候補……?」
 衝撃のあまりマリンは頭を殴られたような軽い目眩を覚えた。選定期間終了まであと半年を切ったこの時期に、新たなライバルが出現するとはまさに青天の霹靂である。
 呆然とした視線を送っていると、ふいに葵の掲げた手の平全体が燐光を放ち始めた。
 その手を駆けめぐるのは、世界の法則に干渉し、破壊の意志を顕現する力――
 引き絞られた強弓が解き放たれたかのごとく、彼女の手の平より、指向性エネルギー弾が撃ち出された。
「あ、あれ?」
 まさか攻撃されるとは思いもしなかったマリンは、自分を狙ったその一撃にまったく対処することができなかった。
 ただ視界いっぱいに広がった白光に、なす術無く立ちすくみ……
「なにをなされるか!?」
 ギリギリのところで、生と死の境界を跳躍することも免れた。
 横から飛びかかってきたソロイが、寸前のところで彼女を地面に押し倒したのだ。
 頭を擦過し数本の髪の毛を焼いた光の矢に、マリンは今更ながらにゾッとする。あと一瞬でもソロイが遅れていたら、自分の頭は血煙となって蒸発していたに違いない。
「なにをとは異なことを。私こそ女神の器となるにふさわしき者。邪魔者を始末するのは、至極当然のことであろうて」
 葵は眉をひそめ、害虫退治でもしているかのような口調で言い放った。
 その瞳で睨まれただけで、マリンの身体の芯から冷気が滲みだし、蝕むように全身を覆っていく。
 幻覚であろうか、葵の背後に、揺らめく異形の影のようなものが見え隠れしている気がする。それがこの少女の印象を、なにか禍々しい非人間なものにしていた。
「あ、あの葵さん。星の娘の選定は神様が行うもので、私たちは神様に選ばれるように選定期間終了まで自分を磨くものなんですけど……」
 マリンはびくつきながらも、彼女を説得しようと試みる。
「で、ですから、こういった物騒なことはやめて、お、お互い仲良く競い合いましょう」
 引きつる顔面筋を強引に押さえ込み、なけなしの勇気を掻き集めて友好的な笑みを浮かべた。
 星の娘候補は、切磋琢磨してお互いを高め合うのが伝統だ。不毛な足の引っ張り合いや、相手を貶めることなどすれば、万物を見透かす女神に器としての資質を疑われる。
「仲良く競い合う? ふふ……幸せな女子(おなご)じゃのお主は」
 葵は視線に込めた敵意をいささかも減じることなく、口元だけ緩めて冷笑した。
「私は、この島のしきたりに従うつもりなど毛頭無い。お主とアクア殿、他の候補が全滅すれば、女神は残った候補を選ぶしかないであろう? というわけで、お主に恨みは無いが死んでもらう」
 それは情や調和といった女性的な概念をはるか後方へ置き去りにした、至極暴力的な消去法だった。
 確かに他の候補を殺害してしまえば、最後に残った葵が星の娘となるのは必定だ。だが、だからといってそれを実行に移したりするだろうか? そんな方法で女神に選ばれたとしても、民衆は彼女に付き従いはしないだろう。
「葵殿と申されましたか……」
 ソロイは焼け付くような怒気を纏わせて葵を睨み付ける。その腹部の傷は、いかなる魔性のなせる技かすでに完治しつつあった。
「星の娘となる者は、なにより人格的に優れた乙女でなければなりません。邪悪な者が、エーベ神の力を宿すようなことがあれば、この世に災いをもたらす凶星となるは必定」
 マリンを背後に隠しながら剣の切っ先を葵に向け、霜降るような冷然とした口調で宣言する。
「残念ながらあなたには星の娘たる資質が無いようだ。もし、これ以上マリン殿に危害を加えるおつもりなら容赦はいたしません」
「ほ、ほう……まさか、そこな娘が、私より星の娘にふさわしいとでも言うつもりか? 知っておるぞ。出自も孤児ならば、能力も人並み以下、剣も魔法も満足には扱えぬ、ただの穀潰しであろうて」
 葵の罵言に、マリンは思わず身体を強張らせた。星の娘候補という身分から、今まで面と向かって言われたことはなかったが、彼女はとにかくデキが悪かったのだ。
「しかも、お主の星の印は生まれながらに持っていたものではない、紛い物との風評も立っているそうではないか? まあ、そんなこともあって、今回の星の娘の選定は、もはや9割方アクア殿で決まりだと、もっぱらの噂だそうだな」
「そ、それは……」
 まさに言いたい放題だが、紛れもない事実のため、マリンは言葉を濁すしかなかった。
 そもそも自分が星の娘候補などという大それた立場に立っていること自体が、運命の悪戯なのだ。
「できればお主なんぞより、アクア殿の方を先に始末してしまいたかったのじゃがの……まったく忌々しい事じゃ」
 葵がなにか思い出したように舌打ちしたの見て、ソロイの眼光が硬度を増した。底冷えするような声音で彼は問う。
「……まさか、度重なるアクア殿への襲撃にはあなたも噛んでおられたのですか?」
「察しが良いの」
 葵はあっさり首肯する。
「直接手出しはしておらんがな。すべては私が星の娘となるためのお膳立てじゃ。しかし、小娘一人始末できん上に尻尾まで掴まれるとは、まったくベリルナイツとは口ほどにも無い奴らじゃの。とうとう痺れをきらして、私が自ら出向くに至ったというわけだ」
 彼女の口から飛び出したのは最悪の内容だった。つまりダリスは、星の娘を抹殺しようとしていたのではなく、自らの息のかかった者を、星の娘の座につけようと画策していることになる。
 マリンの隣で火山の噴火にも似た怒気が爆発した。
「……この痴れ者めが!」
 叫ぶと同時に、ソロイの身体は霧のように掻き消え、葵を間合いに捉える距離まで肉薄していた。人体の瞬発力ではありえない神速移動。はるか後方で、彼に蹴られた石畳が、音を立てて破裂する。
 視認すらできぬ閃光の斬撃が葵の脳天に打ち下ろされた。
「いでよ、蒼武天スサノウ!」
 だが、突如暴風めいた勢いで撃ち出された大質量が、魔人の絶技を阻んだ。
 人間よりはるかに巨大な、打撃面積にして六倍強の巨大な握り拳がソロイに叩き込まれたのである。
 筋骨の爆ぜる異音と共に、血の花が咲いた。
 ソロイの身体は、背中から破裂して骨と内臓を路面にぶちまけながら空高く弾き飛ばされる。大きく弧を描いた神官騎士の成れの果ては、数件の民家を跳び越してマリンの視界から失せた。
「ソ、ソロイさん……!」
 冗談めいた強さを誇る彼が、冗談めいた方法で殺害されたその事実を、彼女は容易には受け入れられなかった。
 目の前で一体何が起こっているのか? 常識とはあまりに隔たりのある事態の連続に頭の中がこんがらがってしまって理解が追いつかない。
「なかなかの武士(もののふ)であったが、たわいないものじゃ」
 白皙の顔にかかった返り血をぬぐい、葵は満足そうに微笑する。その右手には、海の輝きを閉じこめたかのようなテニスボール大の青い宝石が握られていた。
「さて、邪魔者が消えたところで、次はお主じゃな。安心せい、こやつの手にかかれば痛いと感じる間もなく逝けるわ」
 そんな彼女の背後に屹立するのは、周囲の家屋を見下ろすほどの巨躯を誇る巨人だった。
 いついかなる方法をもって現れたのかまったく理解できない。理解できないが、それは確かな質量と圧倒的存在感を持って傲然と存在していた。
 みっしりとした筋肉の鎧を覆う肌は蒼天のように青く、両手の甲には磨き抜かれた光沢を放つ紅玉が埋め込まれている。
 太い首に埋もれるようにして生えている頭部には、水牛を思わせる角が生えており、耳まで裂けた口は鮮やかに赤く、捉えたモノすべてを磨り潰すであろう臼状の牙が隙間無く並んでいた。
「ちょ、ちょっと、そんな……」
 獰猛に喉を鳴らす巨人に睥睨され、マリンは声をわななかせる。
 焼けるような危機感が胸を焦がし、理性と本能の両方が速くここから逃げろと全力で後退を求めてきた。と、同時になにか既視感めいた不思議な感覚に囚われる。なにか、つい最近、これと似たような状況を体験したような気が……
「お、おまちなさい葵殿、その娘を殺すのは早計です!」 
 慌ててそこに割り込んできたのは、それまで沈黙を保っていたシリウスだった。腹部の傷に顔を歪めながらも、有無を言わせぬ語調で畳みかける。
「この島に投入されている戦力が少ない以上、彼女を人質にとって敵の牽制に使った方が賢明だとは思いませんか!? 頭に呪針を埋め込んで、不都合になったらいつでも殺せるようにしてしまえば、ていの良い操り人形になってくれますよ」
「え? シ、シリウス様……?」
 とても血の通った人間とは思えないシリウスの提案に、マリンは戸惑いを隠せない。彼とは長いつき合いになるが、未だかつてこんな冷酷な言葉を浴びせられたことはなかった。
「……すまんがシリウス殿。私は国王より、星の娘候補を見つけたら、情をかけずにただちに抹殺せよと厳命されておるのだ」
 だが、葵は取り合いもせず彼の提案を一蹴した。
「それに、この蒼武天は、魔王の名を冠した式ぞ? 戦力不足などとんでもない。私がその気になれば、この島を壊滅させることすらたやすいわ。さあ、はやくその娘を叩きつぶせ」
 シリウスの制止もむなしく、巨人の剛腕がマリンに向けて振り下ろされる。暴風を纏って落ちてきたのは、巨大な死そのものだった。


14話 黒龍王

 動転と驚愕が綯い交ぜになった、嵐にも似た感情。
 死ぬ時はそれまでの思い出が走馬灯のように流れるというが、そんな追想に浸っている暇などなかった。残映の尾を引いて迫る圧倒的大質量が、マリンの目前へと迫る。
「ひゃう!?」
 爆音……などという生やさしいモノではない。耳が、それを『大きな音』だと認識することさえ拒絶するような大気の破裂。
 音の衝撃波に打ち倒されて、彼女はその場に尻餅をついた。そう尻餅をついたのだ。
 臀部の痛みは、まさに生きながらえていることの証だった。
 マリンは反射的につぶってしまった目を恐る恐る開いて、自身の身体を見下ろした。二度とは見られぬスプラッターな光景が広がっていると思いきや、何の変哲もない見慣れた自分の手足がそこにある。どこも怪我をしてなければ、服も破れていない。
 信じられないことだが、いかなる奇跡か女神の加護か、あの絶対的窮地を切り抜けることができたのだ。思わず小さな喝采を上げそうになったマリンは、葵が顔を真っ青にして頭上を見上げているのに気づいた。
「ま、まさか、こやつは……」
 なにごとかと、つられて天を仰いだ彼女は危うく卒倒しそうになった。
 頭の中が真っ白になるも、なけなしの勇気を掻き集めてホワイトアウトに歯止めをかける。
 そこにいたのは、理性も何も、バラバラに切り裂いて消し飛ばす竜巻を思わせる存在だった。
「え、あ、ド、ドラゴン……!?」
 マリンの頭上で巨人の一撃を受け止めていたのは、硬い鱗に覆われた禍々しい闇色の腕だった。
 その持ち主は天に挑むかのようにそびえ立つ漆黒の巨獣。視覚を通して叩きつけられる圧倒的な存在感に、心臓が大きく跳ねる。
 実物を目にするのは初めてだったが見間違えようがない、そこにいたのは紛れもなく魔獣の王と讃えられる最強の生物『龍』だった。
「……黒龍王。初めて私の呼びかけに応えてくれたのか?」
 威圧的なシルエットを見上げて、シリウスが放心状態で呟いた。
 彼はなにか輝く物体を手に持っていた。星形の金細工に巨大なダイヤモンドを象眼した地上に降りてきた星を思わせる宝物である。
「す、すばらしい、これが女神に弓引いたとされる伝説の魔王か。これなら確かに、エーベ神とだって戦争できるかもしれない」
 恐れるどころか熱っぽい視線を龍に向ける彼は、まるで以前からこの魔獣の王のことを知っているかのような口振りだった。
 いや、この龍のことを知っているのは彼だけではない。
 マリンの脳裏に、断片的な記憶の映像がフラッシュした。
 よく見れば、この龍は砂浜でうたた寝していた時、夢に出てきた龍にそっくりではないか。
 まさか、予知夢という奴だろうか?
 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。こんな危険な生物の間近にいたら、命がいくつあっても足りはしない。
「それにしてもキミ、今まで私の誘いを袖にし続けるなんて、どんな身持ちの堅いご令嬢でもありえないことだよ? それとも、制御に必要な条件がキングストーン以外にあったのかな?」
「シ、シリウス様、あ、危ないですよ。何やっているんですか!?」
 大樹のような龍の足をペタペタ叩いて、なにか意味不明の小言を垂れているシリウスの腕を、マリンは大慌てて掴んだ。彼はもしかすると、恐怖のあまりおかしくなってしまったのかも知れない。
「マリン殿、心配することはありません。この龍は、野生の魔獣とは違いましてね。葵殿の蒼武天同様、ダリスがずっと軍事利用を研究してきた神話の時代の生物兵器なんですよ」
 だが、返ってきた答えは、なにか自嘲するような落ち着き払ったものだった。
「な、なんですか、それは……?」
「まあ、見ててごらんなさい。黒龍王! さあ、かの敵をうち倒すのです」
 シリウスが黒龍王に向かって、意気揚々と命じた。同時に龍王の喉から雄叫びが迸る。
 三半規管を揺さぶり、魂の奥底まで響くような爆音にマリンは心底打ちのめされた。悲鳴を上げそうになったが、恐怖のあまり喉が詰まって声が出なかった。
「退くのじゃスサノウ!」
 色を失った葵の叫び声と同時に、青の巨人は地を蹴って後方に大きく跳躍する。
 その瞬間、黒龍王の牙と牙の隙間より赤い光が漏れ、口腔から火炎流が噴出された。それは命ある大蛇のごとく炎の巨体を左右に震わせながら、触れた物すべてを高熱の渦に巻き込んでいく。
 直撃を受けた家屋が紙細工のように吹っ飛び、バラバラになって炭化した。運悪く巻き込まれた人々は、弾き飛ばされると同時に一瞬にして水分を蒸発されて干涸らび、骨も残さず白い灰となって消滅する。
 圧倒的すぎる破壊力。ここにいるのは、夢でも幻でもない、まさしく神にさえ挑みうる破壊の化身だった。
「こ、こら、無駄に街を壊してはいけません! あの少女……葵殿だけを狙うのです!」
 シリウスが血相を変えて命令する。黒龍王は不満げに喉を鳴らして、彼を見下ろした。
 にわかに信じられないことだが、飼い慣らすことなど絶対に不可能なこの最強生物をシリウスは本当に制御しているようだった。もっとも、頼もしい援軍が現れたと喜んでなどいられない。こんな怪物が暴れ回ったら、アロランディアが火の海になってしまうではないか!?
「シリウス殿、乱心しおったか!? いや、そもそもなぜお主が失われたキングストーンを持っておる!?」
「乱心などしていませんよ。私は最初から、あなたに星の娘になってもらいたくはなかったのです」
 唸りを上げて飛来した黒龍王の尻尾が、横殴りに葵を打擲した。巻き添えを喰らった数件の店舗と家屋が粉みじんになって吹っ飛び、洒落にならない量の瓦礫がスコールの如く降り注ぐ。
「父上の思い通りになるも、あの男の思い通りになるのも私には耐え難いのでね。星の娘にはマリン殿になっていただきます。それが、父上の命令を無視してまでこの国に逗留を続けた理由ですよ」
「では、さきほどの言葉は、私を謀るためのものか!?」
 間一髪、空高く跳躍して難を逃れた葵の顔には、戦慄が走っていた。いかなる胆力の持ち主とて、龍王に殺意を向けられては平静ではいられないだろう。
「当然です。ああやって利を説けば、あなたはマリン殿の延命に納得してくるかと思ったんですけどね」
 相手を追いつめたシリウスは余裕の表情で肯定する。
「それにしても葵殿、今は亡き国のため、一刻も早く星の娘になりたいのはわかりますが、まさか自ら出向いてくるとは……父上の計らいを受けて武神を手に入れ、気が大きくなっていたようですね。できれば、ベリルナイツとあの男には、もっとつぶし合いをしていただきたかったんですが、あなたにはここで退場していただくことにしましょう」
「お、おのれ……何を企んでおるか知らんが、日の平が総領姫たるこの葵を侮るな!」
 ぶつかり合うシリウスと葵の敵意が、衝突しあって中間地点で渦を巻く。ふたりの意志は、すぐさま下僕たる龍王と武神に伝えられた。
 黒龍王が炎のブレスを吐こうと呼気を開始し、それを阻止せんと巨人が大地を蹴る。
「や、やめてください、シリウス様! ご自分が何をなさっているかわかっているんですか!?」
 その時、無我夢中で、マリンはシリウスに体当たりを仕掛けていた。なにか計算があっての行動ではない。ただ、このままこの場で2体の超生物が戦闘を行うようなことがあっては、無意味に人が死ぬ。
 彼らには聞こえないのだろうか? 瓦礫に押しつぶされて泣きわめいている子供の声が。見えないのだろうか? 炎に焼かれて崩れ落ちる無数の家屋が。そして、先行く人を突き飛ばし、押し退けてでも逃げ延びようとする哀れな人々の姿が。
 像がアリを踏みつぶしても気づかないように、力ある者は自分たちが知らぬ間に弱者を蹂躙していても顧みることがない。シリウスと葵はまさにそれだった。完全に自分たちの世界に没頭し、相手を排除すること以外考えていない。
 元々、孤児であったマリンにとって、弱者が踏みにじられるような理不尽な世界の構造は許せないものだった。そして、もし星の娘になることができたなら、世界からそんな理不尽を一つでも減らしたいと思っていた。
「……うっ!? な、なにをなさるのですマリン殿!?」
 完全に予想外の行動だったのだろう、シリウスはあっけなく押し倒されて路面に転がった。その際、彼の手の平からダイヤモンドの金細工がこぼれ落ちる。
「スター・オブ・シェラネオーネが……! なんて愚かなことを、どきなさい!」 
「きゃっ!」
 シリウスは乱暴にマリンを突き飛ばした。彼は完全に切迫した様子で、人を喰ったような余裕が消え去っていた。
 それで、マリンはピンきた。そういえば、葵も蒼武天を出現させたとき、同じような宝石を持っていた。なにより、彼らが交わしていた『キングストーン』という聞き慣れない単語。もしや、黒龍王たちを制御しているのは、この宝石なのではないだろうか?
 そう思った瞬間、マリンは弾かれたように動いて、キングストーンをつかみ取っていた。
 だが、結果として、その行動は黒龍王の動きを決定的に鈍らせてしまっていた。 
 咆哮と共に蒼武天の四肢の筋肉が一回り膨れあがり、爆発的な膂力を生み出す。
 全長10メートルはあろうかという黒龍王の巨体が、力任せに蹴り飛ばされた。黒龍王はいくつもの建造物を薙ぎ倒しながら、大地を滑走し、そのまま海に突っ込んで天まで届くような派手な水しぶきをあげた。
「ひゃぁあ! 痛!」
 そして、それはマリンも同じだった。突如、見えない誰かから腹を蹴り飛ばされたような衝撃を感じて吹っ飛ばされ、地面を転がってうずくまる。胃液が逆流してきて、口の中に苦い味が広がった。
「ああっ、なんてことを! キングストーンを持つ者は、魔王と感覚を共有することになるんです! 彼らを手足の如く操ることができる代わりに、受けた痛みもマスターに直に跳ね返ってくるんですよ」
「好機じゃ! 畳みかけよ蒼武天!」
 葵がここぞとばかりに追撃を命じる。唸りを上げて襲いかかってくる青の巨人。
 マリンは、全身の痛みを無理矢理ねじ伏せて駆け出した。もう最前までのように、ただ呆然と突っ立ているようなマネはしない。なぜなら、自分は星の娘候補なのだから。この手の星は、誰かを救う力として、彼より譲り受けたモノなのだから。
「逃げます! き、来てください黒龍王。なるべく穏便に!」 
 マリンの呼びかけに応え、黒龍王が背中にせり出した巨大な翼を大きくはためかせる。その瞬間、龍王の周囲の気圧が急激に変動し、生じた突風が稲妻を伴って吹き荒れた。この煽りを受け、膨大な海水が天へと巻き上げられる。
 瞬間、重力の拘束を打ち払って、黒龍王の巨体が空を飛んだ。翼より生成される魔力を帯びた風が、莫大な推進力を生み出しているのだ。
「な、なるべく、穏便にって言ったのに……!」
 爆風を引き連れてやってきた黒龍王に、マリンは思わず抗議した。進路上にあった人や露店が木の葉のように飛ばされていく。次の瞬間、彼女は龍王の腕にさらわれ、空へと舞い上がっていた。
 
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自分じゃ、さすがに批評できませんので(汗)。


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