スーパー村長

その5 不死者の最期   

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「この私が終わらせやるですって?不死身の私を、どうやって殺す気かしら」
 追いつめられた緊張を滲ませながらも、リリーアンは挑発的に嘲り笑う。
 不滅の肉体というワイルドカードを持つ彼女は、自己の絶対的有利を信じているようだった。
「何者であろうと、神の作り出した自然の法則から完全に自由になることなどできん。例え邪神の加護得ようとも、それは魔術によって実現された仮初めの不死。死なない生物など、この世のどこを捜してもおらんさ」
 マーシャルは、魔女の嘲笑を歯牙にもかけずに一蹴いっしゅうする。
 トランプにおけるワイルドカードは最強かもしれないが、無敵ではない。
 同様に、どんな強大な魔術にも、必ずそれを破る法則が存在する。
「なら、試してみる?」
 男を例外なく虜にするような、婉然えんぜんとした笑み。
 リリーアンは瞑目しながら、艶めかしい白い腕を虚空に伸ばす。
「血染めの祭壇よ。さまよえる怨霊の苦痛で満ちよ」
『冥界へと続く深淵よりきたれ、猛悪なる悪鬼』
 疾走する彼女の両手が暗黒の粒子を纏い、空間に黒い軌跡を描いていく。
 何かに憑かれたように律動する魔女の手は、それぞれ異なる魔法陣を空中に焼き付けていた。
「フォーゼスト・イーグスト。犯し尽くせ」
『ベーフォルド・ジーグスト。貪り尽くせ』
 感情の起伏を感じさせない乾いた声が、鈴振るような妖婦の美声と斉唱する。
 その声の出所を探ってみれば、なんと染み1つ無いリリーアンの腕に、人の顔らしきあざが浮かび上がっていた。
 この世のすべてを呪うかのような、苦悶の表情をした人面疽じんめんそ
 不気味な平面顔が、口らしき部位を蠢かせて呪文を放っている。
(死者の魂を取り込んで仮初めの生を与えた疑似生命体か!)
 マーシャルは、一目で魔女の人面疽の正体を看破かんぱした。
 彼女が用いているのは、身体に寄生させた疑似生命体に呪式を覚えさせ、魔術構築の補助をさせる死霊操術の一種である。通常、高等魔術の高速起動に用いるものであり、異なる魔術の同時起動に応用するような練達者には、まずお目にかかれない。
 マーシャルは、リリーアンに対する評価を少しばかり修正した。どうやらこのお嬢さんには、多少本気で相手をしないと失礼に当たるらしい。
「ば、馬鹿な!2つの魔術を同時に発動させるつもりか!?」
 アレスが、蒼白となって叫ぶ。
 複数の術を同時に実行するなど、彼の触れてきた魔術の常識では考えられないことだろう。
 呪式の記述を1つでも間違えれば、魔術は何の奇跡も顕現けんげんせずに霧散したり、下手をすれば自分自身に力が降りかかってくることもあるのだ。
「アレス、サフィ。私の後ろに隠れろ」
 マーシャルの指示に、少年と少女は怯えた子犬のようにサッと彼の背中に隠れた。
 それを確認すると、マーシャルは脳神経をフル稼働させて意識野に呪式を高速構築する。
 次の瞬間。
「苦しみ抜いて死になさいマーシャル・ギアット!」
 魔女の眼前に描かれた2つの六芒星が、収斂しゅうれんされた憎悪と怨嗟を吐き出した。  
 右の魔法陣より、おびただしい数の怨霊が闇すら蝕むような邪気を発散させて迫る。
 左の魔法陣より、餓鬼の群れが、底なしの空腹を満たそうと牙を剥いて迫る。
 冥府に住まう邪精霊の力を借りた、暗黒魔術だ。
「きゃぁあああああ!」
 この世ならざる怪物の怒濤の大行進に、サフィが金切り声を上げた。
「安心せい。こけおどしだ」
 マーシャルの総身から、清浄な光の粒子が湧きだし3人を包む。
 形を持たない輝きは、鋳型いがたに流し込まれたように収束し、闇を払う神聖文字となった。
 かつてマーシャルが高位神官であったころ修得した、最強の防御呪法である。

 ぉおぅううおおおお……!

 神聖文字に触れた魑魅魍魎ちみもうりょうどもは、耳を覆いたくなるような絶叫を上げて消滅する。
 怨霊が3人の魂を砕こうと、餓鬼が3人の肉体を食い尽くそうと猛威を振るうが、マーシャルはそよ風に撫でられるほどの脅威しか感じない。
「くっ……まだ、それだけの防御結界を作れる余力があるの!?」
「無論だ」
 愕然と叫ぶリリーアンに、マーシャルは肩をすくめてみせる。
 魔術は、無尽蔵に使えるものではない。なぜなら、魔術の威力に比例して、強烈な反動が術者の心身に降りかかるからだ。
 許容量を超えた高等魔術の起動は、心停止や内臓疾患、動脈の破裂といった深刻な事故を引き起こす。
 神や精霊王の力を借りた極大魔術の場合、下手をすると反動に術者の体組織がすべて壊死して、身体が崩壊してしまうこともある。
 マーシャルは『肉体の時間逆行』や『神聖結界』といった奥義に属する魔術を、これで3回も発動させた。常人なら、とっくに肉体が限界のボーダーラインを超えて、砕け散っていることだろう。
「さて、お前にはおもしろい手品を見せてもらった。今度は、私の見せ物をご披露ひろうしよう」
 彼が腕を振ると、大気を陵辱りょうじょくする怨霊と餓鬼の群れは跡形も残らずに消失する。

 解呪ディスペル

 マーシャルはリリーアンの呪式を解析し、その記述を書き換えることで、無力化してしまった。        
「おのれ!おの…!」
 屈辱に震える魔女の表情が、ふいに凍りつく。
 表情筋を引きつらせ、彼女は呆けたようにマーシャルを凝視ぎょうしした。
「……先生、何を……?」    
 同様に、アレスもその異様な光景に、度肝を抜かれて立ちつくす。 
 マーシャルは忙しなく手を動かして、空間に光の紋様を描いてた。
 高等魔術起動のための魔法陣。
 それも1つではない。
 リリーアンと同じく複数、その数10個。
 なんと、彼の10指が別々の意志を宿したかのよう独立して動き、大気のキャンバスにそれぞれ異なる魔法陣を描いていく。
「そんな……」
 永劫の時の中で、幾度となく繰り返した動作は、意識せずとも身体が覚えていた。
 いちいち目で確認しなくても、10本の指は寸分の狂いもなく課せられた務めを果たす。
 マーシャルは律動する指を意識の埒外に置いて、10の呪式の構築に集中した。
 加速する思考。
 風を巻いて踊る指先。
 極度の精神集中に、視界が色を失う。
「できるわけが……できるわけがないわ、そんなことが!自滅するのがオチよ」
 狼狽をぬぐって、リリーアンが強弁する。目の前で起きている現象を否定する。
 だが、奇怪なる現実は、常識に囚われた魔女をせせら笑うかのように進行した。
 光の飛沫を散らして、マーシャルの指が虚空を縦横無尽に滑る。
 死と破壊の彩でありながらも、それは幻想的な光景だった。
 発光する絵筆と化した10指が生み出す、光のページェント。
 輝く魔法陣の群れが、たくましい青年となったマーシャルの身体を囲っていく。
「そうかな?私のロジックでは可能だ」
 複数の呪式の記述に没頭しながらも、なお相手を挑発するだけの余力。 
 マーシャルは、段違いの実力を見せつけるかのように薄く笑う。
「く……!」 
 次々に完成していく魔法陣が、鼓動するかのように明滅する。
 純然たる破壊力に変換された精霊の力を宿して、解放の時を待つ五芒星の群れ。
 中空に描かれた光の芸術たちは、見た目の美しさとは裏腹に、魔女を容赦なく威圧する。
「くそぅ!」
 リリーアンは慌てて防御陣を構築すべく空間に指を走らせるが、時すでに遅し。
「塵も残さず消え失せよ」
 静かなる断罪の声と共に、10の魔法陣が同時に爆発した。
 リリーアンめがけて押し寄せる、破壊の洪水。
 炎が、風が、氷が、雷が、水が、大地が、空間が、光が、闇が、森羅万象しんらばんしょうのすべてが《永久の魔女》を滅ぼさんと牙を突き立てる。
「―――!!!」
 微かに届いた悲鳴は、幾つもの爆音に掻き消された。
 乱舞する破滅の超エネルギー。
 系統がすべて異なる攻撃魔術の猛撃が、世界を極彩色に塗りたくる。
 ぶつかり合い、助長しあい、相乗しあう超次元の破壊力が苛烈なる波頭を散らす。永遠の美女を細胞の一欠片も残さずに滅ぼさんと、唸りを上げる。
「終わりだ」
 後に残されたのは、巨人が残したクレーターをも凌駕りょうがする大破壊の傷跡。
 その中心に立っていたはずのリリーアンは、どこを捜しても見あたらない。
 妖婦の身体は文字通り、残滓すら留めずに完膚無きまでに粉砕されたのだ。
 この世に存在するありとあらゆる肉体的苦痛を同時に味わい、魂すら暗黒魔術の生み出した闇に凌辱されて、彼女は散った。
「か、勝った……のか?」
 畏怖に犯された声で、アレスが自問する。
 彼は、金縛りにあったかのごとく全身を硬直させていた。
「肉体を塵も残さず消し飛ばしたのだ。どれほど強力な不死性を持つアンデットでも、確実にハーディス(冥界の王)とご対面だろう」
 マーシャルが、息を抜いて告げる。
 だが、アレスは表情を変えようとしない。
 どうやら、実際に目の前で起こった現実を、受け入れることができないでいるらしい。
 ……無理もないが。
「すごい!すごい!ビックリした!おじいちゃんって、ものすごく強かったんだ!」
 一方、サフィは破顔一笑して、無邪気に目を輝かせている。
「ふふ、当然だ」
 甘美なる孫娘からの賞賛に、だらしないほど相好を崩すマーシャル。
 超越的に強くなっても、この辺の性格は変わっていなかった。
 だがその時……
『……脳天気な人たちね。まさか、私の異名を忘れたのかしら?』
 唐突に、怖じ気をもよおす冷たい声が空間に響き渡った。
 ギョっと目を剥く少年と少女。
 魔術の炸裂地点に、くぐもった水音が鳴る。
『私は永遠に朽ちることのない《永久の魔女》』
 なんと何もない空間から滝のように、紅い液体――鮮血が溢れ出した。
 見る見るうちに大地に領域を広げる、血の海原。
 そこに、幾つもの白い島が現れる。
 それは……人骨だ。
「いやぁあああ!」
 女子供には刺激の強すぎる光景だった。
 恐ろしいことに、それらの骨は見えざる手に動かされるように勝手に動き、組み合わさる。目にもとまらぬ勢いで、骨格を築いていく。過不足無い骸骨が完成したのと同時に、肋骨の中で肉芽が弾け、盛り上がった。
 生物の規格を逸脱した勢いで増殖する肉が、力強く脈動する器官を形作る。
 それは心臓――
 重力が反転したかのように血液が空に浮かび上がり、復活した心臓に吸収される。
 さらに、肉芽があちこちの骨同士の間から盛り上がり、その空隙を埋めだした。
 蠢く肉たちが、丸み帯びた人形を象る。
 思わず吐き気を催しそうになる、醜悪な造形の課程……
 だが、それが意味ある形を帯びたとき、嫌悪の感情は憧憬と羨望に変わる。  
 数秒の後、その場に立っていたのは神々しいばかりの美女の裸体だった。
 《永久の魔女》リリーアン。
 光の雫を纏ったように美しいその容姿は、まさに天使と見紛うほどだ。
「リ、リ、リリーアン!?」
 だが、アレスは裸婦の姿に憧れより恐怖を抱いたらしい。彼は、顔面崩壊を起こしたように表情を引きつらせる。
「痛かったわよ、マーシャル……こんな痛みと恐怖を味わったのは何十年ぶりかしら」
 豊かな双丘を隠すように両手を組み、リリーアンは氷の視線でマーシャルを射抜く。
「でも、これでわかったでしょう。あなたがいかに強大な魔力を振るおうとも、私を殺すことは不可能。誰にも私を殺せはしないわ」
 服が無くなってしまったこと以外、復活した彼女の外見に何ら欠けたるところはない。
 まさに、不死鳥もビックリの生命力だ。
「私も言ったはずだ。それは間違いだとな」
 だが、マーシャルはおののくどころか不敵に笑った。
 その反応に、リリーアンは怪訝けげんな面持ちになるが……
 唐突に、彼女の白皙の顔が苦痛に歪む。
「ぐぅ!な、なんなの……!?」
 激しく身を捩り、身体を掻き抱く魔女。
 その美貌が、苦痛より恐怖へと変遷する。
「あ、ああああ!!」
 なんと、リリーアンの指先が形を失い、砂のように崩れていく。
「な、なによ、これ!?」
 細胞の崩壊は、慌てふためく彼女を尻目に加速していった。
 両手両足が末端から結合を解き、大量の粉末と化して大地に散らばっていく。
 あたかも出来損ないの泥人形のように、脆く崩れゆく完全なる肉体。
「お前の身体を吹き飛ばし際、体内の奥深くに秘められていた邪神の呪式を見つけだし、縛鎖呪法よる封印をかけた。不老不死の術を破られたお前は、もはや不死身ではない。仮初めの肉体は、力の供給源を失い大地へと還るのだ」
 難解数式の解でも答えるように、淡々と告げるマーシャル。
 壊れゆくリリーアンの顔面が恐怖に蹂躙じゅうりんされた。
「そ、そんなことが!?」
 邪神によって授けられた彼女の不老不死の術は、解呪や封印防止のために過剰なまでのプロテクト処理が施されていた。
 魔界の神が自らの手で紡いだ完璧なる呪式。
 それを押さえ込むということは、マーシャルがリリーアンに加護授ける邪神たちより、はるかに高位にあるアストラル存在と契約を交わしていることの証左しょうさだった。
「お前は、お前は一体!?」
 呪詛じゅそのような問いの叫び。
 同時に破滅の魔の手が、リリーアンの全身を飲み干す。
 畏怖に打ち震える声を断末魔とし、不滅の美女は逝った。
 後に残ったのは、死滅した細胞でできた塵の山。
 悪魔と呼ばれて万人から畏怖された《永久の魔女》に、訪れるはずのない永劫の眠りが訪れたのだ。  

 


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