スーパー村長

その4 激突!村長vs永久の魔女   

トップへ戻る

戻る    一覧に戻る    次へ


 

「あの男の縛鎖呪法にかかってから約50年。思えば、すいぶんと時を無駄にしたものだ」
 闇を駆逐する荘厳そうごんな光の中心に、彼は佇んでいた。
 まるで神殿の中のように、結界内の空気が清められていく。
 逢魔が時に蔓延まんえんする魔界の瘴気を、マーシャルはたった1人の力で払拭していた。
「……おじいちゃん?」             
 別人のような口調でしゃべりだした祖父を、サフィが怪訝けげんそうに見つめる。
「だが、解き放たれた。お前のおかげだ……許容量を超えた激情が、封印にくさびを入れた。この礼はせねばなるまいな」
 泰然たいぜんとした冷たい声。そこには闇より深い静かな殺意が秘められている。
 不安げに目を泳がせるサフィの頭を、マーシャルは軽く撫でた。
 そして、振り返る。
 その挙措きょそに、老体の弱々しさなど微塵もない。
 彼は、力強く大地を踏みしめ《永久の魔女》と対峙する。
「……あなたは何者なの?」
 リリーアンが、油断無く彼を凝視しながら尋ねた。
 その顔からは、最前までのネズミをなぶる猫のような余裕は一切消えている。
「この村の村長マーシャル・ギアット。……それが、いまの私の名だ」
 マーシャルは、自嘲めいた微苦笑を浮かべて名乗る。
 同時に、彼の左手の指が、それぞれ独立した生き物のように奇妙に蠢いた。
「な!?」
 リリーアンとアレスが、声をハモらせて瞠目どうもくする。
 ほのかに発光するマーシャルの五指が、猛烈な勢いで1つの魔法陣を描いていくのだ。
「天の聖杯、地の聖杯……」
 朗々と呪文を紡ぐ彼。
 一節ごとに世界の在り方に干渉し、己の望む奇跡を実現させるたの素地を築いていく。
「時を司りし無限の聖母よ」
 紋様が幾重にも重なり合った複雑怪奇な魔法陣が、マーシャルの眼前に形を成した。
 複数の高次元存在の力を降臨させるための合成法陣。
 五指を駆使して瞬く間に描かれたそれには、天地の精霊王と時の女神のスペルが組み込まれている。
「祭壇の贄をもって、奪いし強壮、我に返じよ」
 銀色に輝く五芒の星。呪文の詠唱が終わる。
 魔術発動。
 ダイヤモンドダストのごとくきらめく光の飛沫が、陣より溢れ出した。
 光は相対するリリーアンでなく、術者であるマーシャルに雨霰と降りかかる。
 魔術には、短時間ながら術者の身体能力を超人の領域まで底上げする系統のものがある。
 彼が唱えたのは攻撃呪法ではなく、まさにその肉体強化系の魔術だった。
 老いた四肢の隅々にまで浸透した超常の力が、マーシャルの肉体に劇的な変化を呼び起こす。
「ぬぉおおおお……!」
 全身の細胞が焼け崩れていくかのような感覚。
 体組織に作用する魔術が、意識が千切れるほどの灼熱の苦痛をマーシャルに与える。
 だが、彼の胸中に不安も恐れもない。 
 これは古き肉体を捨て、新しい身体を得るための祝福の痛み――
 全身の細胞が光の速度で増殖、壊死えし、更新されていく。
 彼を構成するパーツが、降臨した神々の力によって、全部壊れて作り直されていく……
 マーシャルの矮躯わいくに、荒々しい力が漲った。
「ぉおお……ははははっ!」
 苦悶くもんの声が、途中から快活な笑い声に変わる。
 身体が壊されていく痛みから、再構成されていく心地よさへと心が変遷へんせんする。
 光が消え去った後、そこに立っていたマーシャルは寸前までの彼ではなかった。
「え?あっ……お、おじいちゃん!?」
 サフィが、泡を食って目をまたたく。
 魔導を極めた絶世の美女と、天才少年も口をあんぐり開けて立ちつくしていた。
「ふむ。久しぶりにやってみたが、案外うまくいったな。肉体の時間逆行は、おおよそ50年といったところか、まずまず狙い通りだ」
 マーシャルは己の肉体の調子を確かめるように、腕を振るい、拳を開閉する。
 力強く躍動するその手は強靱な筋肉によって構成され、枯れ木のような老人の手とは似ても似つかない。
「せ、先生が若返った!?」
 ひっくり返りそうな勢いで、アレスが叫ぶ。
 そう、マーシャルの肉体に起こった変化は、腕のみには止まらず全身にまで及んでいた。
 皺だらけの顔は、引き締まった精悍せいかんな面貌へ。 
 白髪は、流水のごとく煌めく銀髪となって肩に落ちる。
 一回り大きくなった体躯は、隆起した筋肉によってインバネスを盛りあげていた。
 そこにいるのは棺桶に片足を突っ込んだ老人ではなく、全身から覇気を発散する偉丈夫いじょうふだった。
「に、肉体の時間逆行!? ……そんな、ありえないわ! それは、失われた古代魔術の奥義のはず!? 」
 《永久の魔女》が、美貌を狼狽で染めながらただす。
 女性としての美を追究した彼女は、不老不死の秘宝にたどり着く課程で、若返りの秘術を求めたこともあったのであろう。
 彼女は、眼球がこぼれ落ちんばかりに目を剥いた。
「驚いたか小娘?永遠の若さの実現など、実に造作もないことなのだ」
 若返ったマーシャルが、嘲るように嘯く。
「それを安易に邪神なんぞに隷属して、300年も奴らのご機嫌取りに奔走していたとはな……実に愉快な娘だ。お前ごときが最凶の魔術師だと?無知からくる世間の風評には、笑わせられる。お前は魔導の本質を見誤ったタダの道化だ。愚か者め」  
 よこしまに唇を歪め、彼はリリーアンを憎々しく挑発する。
「……っ!」
 妖婦の顔色が変わった。触れれば火傷してしまいそうな赤。
 魔術という絶対権力を振るい、常に他者を踏みしだいてきた暗黒の女王にとって、それはおそらく初めての侮辱だったのだろう。
「……おもしろいわ。あなた」
 殺意に凍えた、玲瓏れいろうなる声。
 激情を押し込め、リリーアンは毒花にも似た凄艶せいえんな笑みを刻む。
 その瞬間、マーシャルの結界に綻びが生じた。
 彼の上空に展開していた神聖文字の一群が、とつじょ水泡のように弾け飛ぶ。
「結界を内側から解呪ディスペルしているのか!?」
 喫驚きっきょうするアレスの指摘通り、リリーアンは堅牢無比な神聖結界を内側から破ろうとしていた。
 空間を疾走する魔女の意識が、マーシャルが即席で作った結界呪式を書き換えていく。
「ほう」
 だが、マーシャルはいささかも動じず、わずかな感嘆を喉から漏らしただけだ。
 想定していなかった事態ではない。
 防御力場を瞬時に形成するために、解呪防止のためのプロテクト処理をおろそかにした、ぞんざいな呪式を作ったのだ。  
「でも、このリリーアンに挑むには、少々役者不足だったみたいね」
 リリーアンが、さも愉快そうに鼻を鳴らす。
 彼女のしなやかな腕が天に振り上げられたと同時に、それは起きた。

 召喚!

 闇を払い魔を断つ聖域の上空に、汚穢おあいなる魔界へのゲートが口を開ける。
 紫電を散らしながら、激しく歪む空間。
 魔女の軍兵が、主の呼びかけに応じ、時空を超えてやって来ようとしていた。
「くそう、援軍を呼ぶ気か!?先生、雑魚は私が迎撃します。共にリリーアンを倒しましょう!」
「それには及ばん」
 色めき立つ押し掛け弟子に、マーシャルは冷然と言い放つ。
「なっ!ですが、結界を壊された上にジャンジャン魔物を送り込まれたら、いくら先生でも対処しきれないのでは……? 」
「お前はもう、力を使い果たしているだろう。ヤツ自身にも、これからヤツが呼ぶ魔物にも生半可な攻撃は通用せん。お前は、サフィを連れてこの場から逃げろ」
「しかし……!?」
 なおも食い下がろうとした少年の言葉が途中で途切れる。
 唐突に、斜陽の光が遮られ、地上に影が落ちた。
 日が雲に遮られたのではない。
 天を割り、落雷のごとく打ち下ろされる巨大質量。

 ゴォオオオオン!!

 異界からやってきたそれは、ラピス村全体をまるで箱庭のように揺るがした。
 直下地点はクレーターとなって陥没し、大量の土砂と粉塵を巻き上げる。
「あははははは!」
 晴れやかな魔女の哄笑こうしょうが鳴り響く。
 マーシャルたちは、彼女が喚んだ常識はずれに巨大な魔物に踏みつぶされていた。
 天すら覆い尽くす、威容。
 鋼の鎧で武装した身の丈50メートルを超える巨人が、ラピス村に屹立きつりつしている。
「鬼神ラミーネ。魔界の神々が遣わしてくださった、頼もしいボディーガードよ。魔術は防げても、山をも砕く彼の超打撃をとっさに物理防御するのは無理でしょう?」
 邪魔者は皆、ペッタンコになって地獄に堕ちたと思ったのだろう。リリーアンは、勝ち誇った嬌声きょうせいを上げる。
 だが。
「重いデカブツだの。何トンあるのだ?」
 マーシャルは巨人の足下でピンピンしていた。      
 僅かな光も射さない闇の中、彼は自らを圧する超重量に耐えている。
 なんと彼は、自分の何十倍という巨躯きょくを持った巨人の足を、両手で支えているのだ。
 どんな怪力自慢の男でも、絶対に不可能な怪異。
「はわぁあああ……せ、先生!?」
 地べたに尻餅をついたアレスが、情けないほど声を震わせながらマーシャルを見上げる。
 あわや死の運命から逃れた彼は、これ以上ないほど肝を潰したようだ。
 サフィにいたっては、何が起こったのかも理解していないようで、ただ目を白黒させている。 
「ハッアアアアア……」
 マーシャルの口から呼気が流れる。
 心を静謐せいひつにし、体内で魔力を練るための特殊な呼吸法。
 精錬された膨大な魔力が、巨人を支える掌へと集約されていく。
「せぁ!!」
 裂帛れっぱくの気合いと共に、掌に横溢おういつした魔力が爆発した。
 呪文詠唱も、魔法陣も必要としない簡易魔術。だが、その威力は絶大だった。
「ラミーネ!?」
 リリーアンの悲鳴と巨人の断末魔が重なった。
 頭上で幾重にも花弁を広げる、血の大輪。
 強烈な波状エネルギーが、巨人の足を切り刻み、押し潰し、細切れの肉片へと変えていく。
 破壊の侵攻は急速に拡大し、魔物の全身は1秒とせずに形を失い爆散した。
 怨嗟えんさの雨のごとく降り注ぐ鮮血が、村全体を汚す。
「す、すごい!すごいですよ、先生!」
 だが、この場に居合わせた3人は、マーシャルが同時に起動させた簡易結界が傘代わりとなって、濡れずに済んだ。 
「私の父の仇であるコイツを……あのリリーアンを相手にここまで善戦できるなんて!!」
 興奮に全身を振るわせ、アレスが喝采かっさいを上げる。
 生きた自然災害とまで呼ばれたリリーアンに、たった1人で対抗できた人間など歴史上誰もいない。
 少年の眼差しは、英傑を目の当たりにした畏敬に満ちている。
「おのれ!」
 最強を謳われる魔女の顔に浮かぶ焦燥。
 初めて現れたであろう自分を脅かす者に、彼女は憎悪に煮え立つ碧眼を向ける。  
「もういいだろうリリーアン。永劫の闘争と殺戮だけの人生には、もう疲れただろう?」
 マーシャルは、そんなリリーアンを迎え入れるかのように両手を広げた。
 鷹揚なその声は、凪いだ湖面のように澄んでいる。
「この私が終わらせてやる。お前を縛る妄執を、私が断ち切ってやろう」
 だが、そこにはどんな刃物より鋭い明確な殺意が秘められていた。  

 


  トップへ戻る

                         戻る    一覧に戻る    次へ