| 『誇り高き魔貴族の血を受け継ぐお前と、その小娘が同類だとでも言うのか?』 心に撃ち込まれた アルバトスの放った言葉は、イルの胸中に決定的な亀裂を生んだ。 (……こんなヤツ、親じゃない!) 込み上げてくる激情に、彼女は皮膚が破れるくらい唇を強く噛む。 「イル、なんだその目は?」 アルバトスは、 そこから発せられるのは、自分の価値観を絶対と信じる 「勝手なことぬかすな!」 怒りが罵声となって、口から 「アンタの物差しで、私たちの絆を 「私たちの絆とな?」 だが、アルバトスはイルの切実な訴えを、鼻で笑って受け流す。 「まさかイルよ。お前は、友情などと言う 薄ら寒くなるような冷笑を まわりの空気までもが、悪意に毒されたように気温を下げる。 まるで、眼前に奈落の 「悪いか?私たちは、泥を 暴風のように吹き付けられる魔人の 赤熱する激情が、恐怖心を 今の彼女は、さながら怒り任せの暴走機関車である。 「イ、イルちゃん……」 ことの成り行きを見守っていたジェシカが、泣き笑いのような複雑な表情を作った。 自分たちを不当に その勝ち気な性分が、今、取り返しのつかない事態の引き金となっている。 この期に及んで、魔人を刺激するような言動は愚の骨頂でしかない。 アルバトスがその気になれば、イルを含め、この場に生き残っている者など3秒とかからずに皆殺しにされるだろう。 だが、イルの頭の中に、上手く立ち回ってコトを穏便に済まそうなどという考えは毛頭なかった。 「愚かな。お前は、いいように他人に利用されていたに過ぎない。いくら誠意を尽くそうとも、状況が変われば人間など簡単に他者を裏切るものだ。お前たちの育ての親が良い例であろう?」 イルとは対照的に、アルバトスの声音はあくまで沈着だ。 語調こそ冷たいが、そこには未熟な娘を教え諭そうとする父の温もりが秘められている。 「あ、あんなクズの見本みたいなヤツと、私たちを同類にするな!」 嫌悪も露わに 「そうかな?それは、お前の思いこみにすぎん」 魔法による応急処置を施したリゼリアを、アルバトスはそっと床に横たえた。 そして、何かが致命的に抜け落ちた幽鬼のような声で告げる。 「なぜなら、お前の母親は人間に……かつて仲間同士であった者に殺されたのだからな」 空白。 一瞬、脳内の時間が止まり、視界が白く染まる。 「な、なに……!?」 アルバトスの放った言葉の意味を、イルはすぐには理解できなった。 怒りに沸騰していた頭が、冷水をかけられたように冷やされていく。 「な、なんだよ、それ?」 動悸が速くなり、血に濡れた両手が震える。 「そのままの意味だ。私の最愛の妻キャロルは、お前と同じ不完全な魔眼を持った者――人間どもの名称で呼べば聖眼保有者に殺されたのだ」 死より冷たい深淵を瞳に宿らせ、アルバトスは 「お前は父の言葉より、そんな偽善に毒された人間どもを信じるのか?」 魔人の総身が揺らいだかと思うと、次の瞬間、まるでフィルムのコマ送りのように、彼の顔が眼前にあった。 (いっ!?) 雷速で迫った魔人の両手が、イルの肩を掴む。 凄まじい握力に、骨が砕けるかと思った。 イルはアルバトスの腕を振り払おうとするが、壊れた両手は主の思い通りには動いてくれない。 「は、放せ!」 「イル、私と共に来るのだ。ここはお前の居るべき場所ではない。いや、この世界にはもうお前の居場所などない。私がすべて奪うのだからな」 アルバトスが口の端を吊り上げた。 暗い ぞく! イルは氷の手で背中を撫でられたような悪寒を感じる。 「行け、カルキ」 魔人の下知に、魔獣が殺戮の手を止め、首を旋回させた。 少年たちの 「何をする気だ!?」 魔獣の この世ならざる獣が、笑ったように見えた。 次の瞬間、黒い疾風と化した魔獣が、おののく少女に突進する。 肉眼では (やめろぉおおおお!) 不意に、世界の動きが遅くなった。 危機に直面して鋭敏になった感覚が、時間の流れを限りなく緩慢にする。 イルは半壊した自分の身体も 体内を駆け巡る熱い奔流が、右手へと 「放せぇえ!」 砕けた右手が、紅い光輝に包まれた。 「母譲りの電磁パイロキネシス(自然発火能力)か。たいしたものだが……」 イルは自らを襲った衝撃に、危うく失神しかけた。 アルバトスが両手から放った衝撃波が、肩を通して彼女の身に浸透したのだ。 肉という肉が千切れ、骨という骨が砕かれたような痛み。 集中力が強引に途切れ、無明の炎は猛威を振るうことなく霧散する。 「イルちゃんっっ!!!」 恐怖に彩られたジェシカの悲鳴。 続けて、牙が骨肉を潰す音。 イルは、それらをどこか遠くの世界の出来事のように感じた。 天井まで噴き上がった少女の鮮血が、彼女の頬まで飛沫を届かせる。 命を紡ぐ熱い液体。 ジェシカの身体を循環していたはずの、血。 処女という極上の獲物を手にかけた、魔獣の歓喜の声が轟く。 「種がばれてしまった手品に観客は誰も驚かない。対処法はいくらでもある」 足を折って崩れるイルに、アルバトスは諭すように告げた。 「あっ……あっ、あぁあ」 途切れ途切れになる意識。 身体は、もはや自分のものともは思えぬほど感覚を失っている。 (ジェシカが死んだ……) だが、イルの身を焦がす怒りと悲しみが、彼女に気絶することを許さなかった。 「あぁあああ!!」 獣のような唸り声を上げて、イルは再び両手に超常の力を集約させる。 爆発する殺意に脳が犯され、もう何も考えられなかった。 殺す。 目の前のこの男を、全身全霊の力でもって殺す。 その強烈な一念が、力を失った肉体をゾンビのように突き動かす。 「よくも……!!」 「なにをそんなに熱くなる?不浄な獣が一匹死んだだけだぞ」 涙の飛沫を散らして喚く娘を、アルバトスは珍妙な生物でも眺めるような目で見た。 「それに、いくら死力を尽くしたところで、その程度の力では私は倒せん」 イルはなりふり構わず、発光する両手を彼の身体に密着させた。 そこから放出される膨大な電磁波が、魔人の体内にある水分子を高速振動させ、莫大なジュール熱を発生させる。 生命体を構成している物質で、もっとも比率が多いのが水である。人間を成分で表せば、その60パーセント以上が水だ。 その分子を加速し、一気に加熱、沸騰させればどうなるか? そんなことをすれば、生物は生物であることを強制的に辞めさせられ、例外なく死ぬ。 イルの聖眼に宿った電磁パイロキネシスとは、対生物用の最強の能力だった。 「くたばれぇえええ!!!」 憎悪という禍々しい力に後押しされ、無明の炎はアルバトスの体内を だが。 「年頃の娘が、そんな汚い言葉を使ってはいかんな」 魔人は、さも嘆かわしいといった風情で頭を振った。 電磁パイロキネシスによって発生する熱を、彼は魔法によって瞬時に冷却、中和しているのだ。 リゼリアとは段違いな、圧倒的な魔力。 「くぁ……」 イルの身体が張力を失い、後ろに仰け反った。 彼女はついに限界を迎え、一矢報いることなく、力尽きる。 「気は済んだか?」 収束する光の粒子は、物質的強度を備え、鎖状の形となってイルの身体を縛った。 「くぅうう……何だ?」 イルは閉ざされかけた意識が、次第に鮮明になっていくのを感じた。 同時に、酷使された肉体が訴える痛みが、潮のように退いていく。 ぼやけた視界の中で、ふと手元を見た。 ……思わず我が目を疑う。 なんと、両手の肉が盛り上がって、露出した骨を隠し、 「……魔法の力?」 「さよう。蓄積された乳酸を分解し、身体に活力を与え、傷を再生する。そして、その身の自由を奪う。拘束と回復を同時に行う術だ」 アルバトスが注釈を加えた。 「お前には、どうやら根本的な再教育が必要なようだな。その闘志は見事なものだが、偽善的な人間の価値観に冒されきっている」 そして、肩をすくめて微笑する。ようやく思い人を手中に収めたその口調は、小春日和のように朗らかだ。 だが、その言動は、イルの憎悪の炎に思いっきり油を注いだ。 「ふざけるなぁ!」 元気を取り戻した彼女は、肉眼と聖眼とでハッキリと見てしまった。 無二の友であるジェシカが、物言わぬ屍となって魔獣に貪られる様を…… 悪夢が具現化したような光景だった。 人形のように垂れ下がった少女の下半身が、魔獣の口の動きに合わせてプラプラ揺れている。 「殺してやる。お前なんか絶対に親だなんて思わない!」 イルは、敵意の結晶と化した視線をアルバトスにぶつけた。 |