| 夜空に光柱となって林立する 色とりどりのネオンが開花させる光の花々が、地上を埋め尽くす。 過剰な電飾は、月を天に頂く街を、昼さながらにライトアップしていた。 星々すら 光の洪水。 ここは、夜という自然の営みを拒絶する不夜城。 合理化を推進し、利便化を志向し、ゆとりと無駄を捨てた勤勉の街。 ルーティルト帝国の帝都レムリア。 人類史上かつてない 「まったく最近の人間の街というのは、どうしてこう自虐的なのか」 その呟きは、行き交う車の騒音に掻き消され、闇の中に 言葉を発したのは、糊の利いたスーツの上に、漆黒のインバネスを羽織った壮年の男性である。 年の頃は、30半ばくらい。 豊かな顎髭を蓄えた、堀深い端正な顔立ち。 洗練された物腰はエレガントで、何人にも犯しがたい気品を備えている。 そんな完璧に調和のとれた容姿に、ただ一つだけ他人に違和感を覚えさせる要素が混入している。 高い 太陽光から目を保護するミラーシェードを、男は (不自然の 雑踏を行く彼の目には、レムリアが哀れを ここで生活している人間たちは、徹底して闇を それによって生じた 強迫的なまでに豊かさを求めて、周囲の環境を自然の 「やはり、こんなところに、あの娘を預けておくことなどできん」 彼は裏路地の一角まできたところで、足を止めた。 死にかけたアーク灯の目障りな明滅の下で、彼の長身の影が踊る。 表通りの熱気とは無縁の、冷たい 人通りは皆無。 居るのは、ポリバケツをひっくり返して残飯を 耳障りな街の騒音も、ここでは鳴りを潜めている。 「やっと……」 万感を込めた呟きと共に、彼は顔の上半分を隠すサングラスに手をかける。 色眼鏡を外しながら、目前の建物を仰いだ。 次の瞬間。 闇の中に、 ノーブルな男の それは、地上のいかなる民族も持ち合わせることのない、人外の あまねく人の心に恐怖を そう、彼は人間ではなかった。 人を食料とする、知性を備えた最強最悪の肉食獣――魔人。 魔法という絶対権力を振りかざして生態系の頂点に君臨する、猛悪なる人類の天敵である。 魔人の唇が、ほころんだ。 まるで憑き物が落ちたような 「迎えに来たぞ、イル」 魔人が見上げるのは、こぢんまりとした教会だった。 都会の片隅に、申し訳なさそうに立つ シスターたちの手による清掃が行き届いているのか、小綺麗な印象があるが、外観は相当傷んでいた。 その有様は、成す術無く朽ちゆく重病人を思わせた。 「お待ち下さい、アルバトス様!」 教会の扉をノックしようとした魔人を、ふいに切迫した少女の声が呼び止める。 音源無きソプラノ。周囲に、彼以外の人影は無い。 同時に、街灯が生み出す魔人の影に異変が生じた。 アスファルトに張り付いていた人型の闇が、下から突き上げられたように盛り上がる。 影は急速に膨張、確かな質量を備えた3次元の存在に変わっていく。 「リゼリア。何をしに来たのかね?」 忌々しそうに 影は、肌色を宿し、繊維による衣類を纏い、少女の姿に変貌する。 これは、手品でも幻でもない。 影を 魔人とその それを応用すれば、遠く隔たった空間同士を媒介を通して直結させ、瞬時に飛び越えるような芸当も可能だった。 まさに神の創造した世界の法則を勝手に 「アルバトス様、どうか御自重下さい。 影より現れた娘は、悲痛な面相で訴える。 薄闇の中でも映える、 ノースリーブのドレスに包まれた 目の覚めるような美貌を持った少女である。 「出来損ない?」 少女――リゼリアの言葉を 一度捨てたといえ、自分の娘を《出来損ない》呼ばわりされたのだ。 己の顔が 「あ……も、申し訳ありません」 氷刃めいた主の声に己の失言を悟のか、リゼリアは蒼白となって謝罪する。 だが、紫水晶のような瞳に宿った意思の光は、いささかの 「リゼリア。いくらキミでも、言って良いことと悪いことがある」 アルバトスは肩の力を抜いて、なんとか リゼリアは、決して間違ったことは言っていない。 この星最強の生物である魔人族は、生態系のバランスを保つためか、生殖能力に重大な欠陥があった。 女王の直系を除いて、種族に男性しか存在しないのである。 そのため彼らは、人間の娘を見初めて だが、異種間交配は、常に危険が伴った。時にそれは次代を担う後継者ではなく、災いの種となりかねない奇形児を生み出してしまうこともある。 16年前にアルバトスと彼の前妻との間で生まれた娘――イルは、 出来損ないの奇形児は、 だが、彼には自分の娘を呪われた存在と割り切って始末することなど、到底できなかった。 苦悩したアルバトスは、イルの奇形部分だけを除去して、地上に捨てた。 魔人の世界で生きられないのならば、せめて人間としての生を全うさせてやろうと温情をかけたのだ。 無論、それは その過去の汚点とも言うべき娘を、アルバトスはいまさらになって手元に引き取ろうというのだ。正気の沙汰ではない。 リゼリアはアルバトスの伴侶(妻)として、道を踏み外そうとしている彼を 「とにかく、城に戻りなさい。私もすぐに帰る」 アルバトスは慈しみを込めて彼女を リゼリアは、前妻に代わって契りを結んだ彼の伴侶だ。よほどのことが無い限り、 「わかりません。アルバトス様、どうしてそこまであの娘にこだわるのですか?」 だが、リゼリアは唇をきつく噛みながら主に食い下がった。 その身体は、 アルバトスが、前妻との娘を迎えに行くと決意したその日から、リゼリアは狂おしいまでのジェラシーにわなないていた。 例え実の娘とはいえ、別の女に主人の そんな執念深いリゼリアに、アルバトスはほとほと閉口していた。 「くどいぞ、リゼリア。私が決めたことが不服なのか」 「どうか思い止まってください!お家の名誉に傷が付くだけでは、すまされません」 悲壮なまでの大音声を上げて、リゼリアは彼に詰め寄る。 彼女の視線が、矢のように彼を射抜いた。 「……今は、イルのことが最優先だ。上手く立ち回れば問題ない」 アルバトスは、すげなく言い放って教会の扉に向かう。 これ以上、妻の 魔人と血盟を結び、伴侶という名の召使いになった女が、主の意思に逆らうなど本来許されざることである。 「ダメです!どうかご再考を」 「しつこいぞ」 口調の穏やかさとは裏腹に、彼が放った裏拳は鋼鉄をも粉砕する威力を秘めていた。 それは駆け寄ってきたリゼリアの まるでカタパルトから射出されたかのごとく、少女は吹っ飛んだ。 ガァアン! リゼリアは廃ビルの壁に激突し、 肉が砕け、弾け飛んだ血糊が、砕かれたモルタルの破片と共に闇に舞った。 「ぐは!?」 人間なら確実に絶命していただろう。ビルに縫いつけられた少女は、ハエ叩きで打たれた虫のように潰れる。 だが、魔貴族アルバトスの力を受け継いだ魔女であるリゼリアは気を失うこともなかった。 彼女は、美貌を激痛で歪めながら、 アルバトスの 「先に帰って、治療を受けてなさい」 しかし、アルバトスはそんな彼女を最早 妻への冷遇とは正反対の気持ちが、彼の心臓を高鳴らせた。 早く本物のイルに会いたい。 長い間、家臣たちを 親のいないイルは、絶望と だが、そも今日までだ。 アルバトスは、 愛する前妻を亡くしてから、ずっと悲しみに蝕まれていた心が、今は弾むような歓喜に染まっていた。 疲労した だが、それは彼の希望する未来への門ではなく、無慈悲な現実への入り口だった。 |