高得点作品掲載所     木工用感想人さん 著作  | トップへ戻る | 


死ね妖精さん死ね

「わたしはここにいて、そしてどこにもいない。つまり幽霊です」
 発音は調律されたリコーダーのように美しい。美しいだけでなくかわいい。ハチミツのような甘さが耳に溶けていく。
 しかし内容はどうだ。
 最初の一言が自らを幽霊だとカミングアウトする電波発言だった。
 先が思いやられる。
 PFIの少女は四角い部屋の真ん中にある小さなパイプ椅子に座り、上目使いにこちらを見つめていた。
 予想したような媚びた視線ではなかった。冷徹な観察者の視線だ。
 夕日が部屋の唯一の窓から入りこんでいた。
 長い影。黒炭のような濃密な黒。目に映る地の底で眠っていたかのような少女の白い肌。ワイヤーのように細く白い髪。なぜかポニーテイル。レーザーのような紅い瞳。なぜか吸血鬼ルック。強烈なコントラスト。少女の観察するような目つき。蛇のように執拗。だが、ワインの地下倉庫のようにひんやりとした視線。
 見た目は小学生のような、中学生のような、あるいは寛大な目で見れば高校生ともとれる微妙な年齢。ふわりとしたワンピースを着ているせいなのかもしれないが、身体のラインは目立った凹凸もなく、ひたすらになだらかな稜線を描いている。幼女あるいは少女の肢体。
 容姿は人間離れした美しさ。しかしかわいらしさを殺さない程度の絶妙な配分。崩れたような曖昧なオーラをかもしだしているのは彼女の超越的な計算能力によるものだろう。
 特に目につくのは背中の羽。妖精のような半透明の羽が彼女の背中に展開されている。生えているのではなくて半ば浮いている形。光学的な映像を空間に投射しているだけで羽には質量がない。人間との差異を出すためにわざわざ付加されている不要な羽らしい。
 とても危うい雰囲気を感じる。
 不安と不安定は似ているようで似ておらず、この場合、俺が感じているのはどちらだろうか。
 PFIには年齢がない。それどころか人間ですらない。
 高度なネットワーク化された機械。要するに自動人形<<ロボット>>だ。
 耳をすませば、
 RU……RU……RU。
 小さい駆動音が聞こえている。
 ただしPFIは一機が独立した存在ではなく、メタデータを共有し、リアルタイムで通信している。それを一種の心と呼ぶのなら、PFIは複数の身体を持つ単一の個体だ。
 心?
 そんなものがPFIにあるのだろうか。
 いずれにしろわかりようがないことだろうが、法的にはすでに決していることでもある。
 PFIには心がない。
 PFIの少女がどんなに言葉を連ねたところでそれは順列組み合わせの結果に過ぎないという見解こそが法的な多数説であり、社会の総意なのである。したがって、ここに記される彼女という表現にはおよそ主体的な地位はなく、単なる擬人化の手法となんら変わりはないということになる。
 俺の仕事はこのPFIの一端末から情報を仕入れ、それを記事にすることだ。形式的にはゴールデンウィークにかこつけてPFIを使った諸行為の憲法上の解釈について書くことになってはいるが、その内実は卑近な世間話のようなものにならざるをえないだろう。とはいえPFIから情報を収集することは普通のコンピュータのように他の媒体に転送するといった単純な作業ではない。PFIが有する生のデータをそのまま取り出すことは通信傍受にあたり憲法違反になるし、プライバシーの侵害にあたる可能性もある。どちらにしても面白くない結果になることは目に見えている。民間の会社勤めの俺の立場じゃなおさら危うい。刑罰も課される危険がある。
 そこで、PFI自体に彼女の体験として語ってもらうしかない。
 この間接的なアンケート結果のようなものがPFIの内包するさまざまな問題の対処法へと発展していくのだろう。その決定は俺には知りようのないことだし俺の手にもあまることだが、与えられた仕事をこなすのが社会的動物である人間の使命だ。
 しかし、問題はこのPFIの端末がやけにひねくれていることだった。アンケート結果の公正さを担保するためにPFIの端末は無作為に選出されたのだが、おおはずれを引き当てた可能性もある。厳密に言えば、PFIに個体差はありえないはずなのだが、俺の意見は的外れなものではない。主観的な事実として個体差は現に存在する。したがって、当たりはずれも存在する。
 個体を認識するこちら側のコミュニケーション能力の問題だろう。受信する側が違うと認識すればそれは違う個体だ。先にも述べたとおりPFIはメタデータを共有していることから情報の共有がなされていることはまちがいないが、表層的な性格は適当に割り振られて決定されており、外見の差異もあいまって(特に髪の色と形、目の色などで区別をつけることが多い)、彼女たちはまるで別個の個体であるかのように認識される。――それは誤認であるはずなのだが。
「なんでおまえは誰だって聞いただけでそんな答えが返ってくるんだよ」
 俺としてはアンケートの常套句であるところの、誰であるのか、何をしているのかを聞いただけなのだが、PFIがどれだけ高性能といったところでそこまで洗練されていないということなのだろうか。
「わかりやすく?」
 途端に年齢が下がる。どうもレベルを落としてあげましょうかと言われているようで気持ちのいいものではなかったが、そのほうが情報を得やすいだろうと思って頷いておく。
「では少しわかりやすく……。わたしはあなたがた人間によって『描かれたもの』です。いいですか。『描かれたもの』ですよ? 大事なことなので二回言いました。脳内に描かれたイメージが飛び出して現実化したと考えてもらってかまいません。ちなみにPFIはパーフェクト・フェアリィ・イメージの頭文字です」
「ちょっと待て。プライベート・フェイバリット・アイドルじゃなかったか?」
「そうですか? まあどうでもいいです。名称はあなたがたの自由です。いずれにしろわたしが妖精さんであることはまちがいありません」
「自分で自分のことを妖精さんというのか」
「そうです。そのほうが少し電波っぽくてかわいいとされているからです」
「俺はそうは思わなかったが……」
「対象集団にあなたが含まれていなかったせいでしょう。わたしの時間を買ってくれる顧客の年齢層はあなたとほぼ同年齢の方もいらっしゃいますが、趣味の領域においてはあなたはもう少し大衆寄りのようです。わずかばかりのお時間をいただければあなたの趣味にあった性格に順次マスカレイドしていきます。時間。そう、大事なのは時間です。大事なことを忘れていました。わたしの時間を買い取っていただき、まずは感謝の言葉を述べさせていただきます」
「別にいい。俺はPFIを……、なんといえばいいか、普通に使おうってわけじゃないからな」
「情報の摂取ですね?」
「どうしてわかるんだ?」
「もちろんPFIは情報網を発達させているからです。あなたの会社は大手マスコミと提携契約を結んでいますね。簡単に言えばソース屋。ソースといっても焼きそばのソースではないですが、情報を提供することで生計をたてていらっしゃるようです。あ、つまらなさそうな表情。このパターンのジョークはよろしくないわけですか。脳内でメモしておきます。ともかく、わたしのような大量の情報が集合した存在に対してすることはひとつだけですし、当たりでしょう?」
「そこまでわかってくれるんだったら、俺としても楽で助かる」
「ほめてもらえますか?」
 前のめりの姿勢で少女が聞いてきた。
「意味がよくわからないんだが」
「うまくやれたのならほめてほしいのです。頭をなでなでしてもらえたら最高にうれしいです。それがわたしの労働意欲につながります」
「そういうプログラムを組んでいるわけか」
「わたしは時間を提供する仕事に従事しているわけですから顧客がどのような使い道をしようとそれにあわせなければなりません。ほめてもらうということはわかりやすい肯定のサインになりえます。したがって、わたしの仕事にとってほめてもらうことは有意義です。また、あなたのような使用法はきわめて稀だといえるので、経験が不足しています。通算で三回しかありません。わたしが生まれたとき、わたしが人間らしくなったとき、そして今です。経験不足をサポートして欲しいと考えています」
 物欲しそうな目で見てたので、とりあえず頭を軽くなでてみた。
 少女は頬に手をあてて、恍惚の表情になる。
「なでなでされるの大好きです〜♪」
 発音がとろけまくっていた。
 人間はこんな単純なコミュニケーションに騙されるのかと思うと悄然とした気分にならざるをえないが、事実としてコミュニケーションの快楽は存在するし、その反応は単純なものが求められているのかもしれない。俺自身も彼女の表情、会話の返し方、仕草、ひとつひとつが快楽を志向し、娯楽となっている側面を無視することはできない。コミュニケーションの相手はロボットだろうが未知の生命体だろうが、快楽という側面においてはあまり関係がないのだろう。
「じゃあ、早速だが情報を提供してもらえるか」
「もちろんです。しかし、ここでだらだらと話すだけでよいのですか?」
「どういう意味だ?」
「わたしの機能的な側面も知りたいのでしたら、いろいろとやってみせたほうがいいのかなと思いました」
「そうだな。じゃあまずは外にでるか」
「ずいぶん嫌そうですね?」
「そりゃ、PFIを連れて歩いたら変態扱いされるのは目に見えているからな」
「そのようですね。それは現実です。わたしはイメージですが、人間はイメージに動かされやすいですから」
 しかし、いずれにしろPFIの情報を多角的に仕入れるためにはこいつとともに外にでなくてはいけない。PFIに対する社会の対応を見るのもまた情報の一つなのだから不可避的だ。それに残されている時間も少ない。会社の経費でPFIの時間を買ったが、それも無限にあるわけではない。情報を摂取できる時間は今日の午前零時まで、今が午後四時ぐらいだから残りは少ない。ちなみに夕方からのほうがPFIの時間は安いのだ。会社がケチったしわ寄せを俺が被っていることになる。
「出るか。しかし、外に出なくちゃいけないのは確かだが、別に目的地があるわけでもないんだよな。どこか行きたいところはあるか?」
「そうですね。遊園地なんてどうですか?」
「ずいぶんと決定が早いな。人間の命令に服従しなくちゃならんから決定しようとするときに時間がかかるとばかり思っていた」
「くだらない問題は考えないようにできているんです」
「なにげにすごいこと言ってないかおまえ」
「そんなことないですよ、人間さん」
「じゃあ早めに出発しよう。ああそうだ。おまえのことはなんて呼べばいい?」
「わたしの個体名に興味があるんですか? それに意味がないことをあなたは知っているはずです」
「いざというとき不便だろ」
「では、エクと呼んでください。それがわたしの名前です」



 視線は思ったよりも痛いものではなかった。PFIの姿を見かけても誰も視線をあわせることはほとんどなかった。なかにはニヤニヤと好奇心むきだしで覗き見るやつもいたが、そんなやつは少数でほとんどは興味もないように足早に歩き去る。
 しかし、どうしてもPFIの少女――エク――が隣にいると気になってしょうがない。それは他人の視線が内在化されて、気になっているということなのだろう。外面的な視線などほとんど意味がないのだ。見られているかもしれないという意識がすでに視線と同じ意味を持つ。
「人間さんはおもしろいですね」
 ふとエクがそんなことを言う。おもしろいの意味を知っていて言っているのか、などと質問しても無意味だろう。俺にもわからない。
 エクはむふふと無邪気そうに笑う。少し性格が変わったように感じるのは気のせいだろうか。いまエクの中では俺に似たパターンの人間を過去のデータから検索して、俺の趣味に合わせた性格に高速でマスカレイドしているのだろう。人前で多かれ少なかれ仮面をかぶるのは人間も同じだろうが、エクの場合のそれは洗練されている。
 違和感を小さく抑えるように。
 わずかずつ。
 慎重に。
 しかし着実に。
 変化は確実に訪れる。
 常時エクに見られているような気分になった。
 それも内在化した視線なのかもしれない。
「わたしのことが気になりますか?」
「ちょっとはな」
「これが現状ですよ。わたしの姿を見かけたからといって露骨に顔をしかめられたり、警察に駆けこまれたり、話しかけられたりすることはほぼ皆無に近いです。それは盲目の人が歩いていたり、大怪我をした人がよろよろと大通りを歩いていたときに無視するときと相似の心境だと思います。無関心というわけではないのです。微妙な危険回避行動でしょう」
「かもしれないな」
「でも人間さんは胸を張って歩いてよいのですよ。なにもこそこそする必要はありません。わたしはきわめて合法的な存在です。わたしが人間さんに所属している状況、つまり人間さんふうにいえばわたしを連れまわしている状況を見かけたりしても、それはごくごく正当な権限に基づいた行為です。なぜなら、えっちな本を持って歩いていてもそれは違法行為ではないからです」
「それはそうだが、エロ本を裸のまま持ち歩いているやつがいたら、そいつはちょっと変だと思われるだろうな」
「でしょうね。しかしそれは道徳的・倫理的なレベルです。道徳や倫理の文化的な意味はわたしとしても把握しきれないところがあるのですが、少なくとも法律よりは実効性に欠けるものです。ですから恐れることはありません」
 そうはいっても気になるのは、不安感からくるものだろう。エクが言うところの微妙な回避行動を取りたいところだ。
「だめですよ。それは整合性に欠ける行為です」
 エクが俺の腕に手をからめてきた。驚いて一瞬筋肉が緊張するのを感じた。ふわっとした感触が上腕あたりにあたる。ケーキのスポンジのような感触。そしてわずかに暖かい。駆動しているモーターの暖かさだろうか。それとも人間の熱量にわざわざ近づけているのだろうか。聞けば答えてくれるだろうが、しかし聞くまでもないことだった。そんなことは検索すればすぐにわかることだろう。それに機構的な情報をいくら得たところでエクの持っている情報を得たことにはならない。欲しいのは彼女が持っている情報だ。
 ただ、このような行為もひとつの情報に違いないので、黙ってさせるがままにした。それも彼女の計算のうちなのかもしれない。
 それから歩いて十分ほど、夕日が地平線に沈むころにようやく遊園地にたどり着いた。
 あと、六時間程度しか時間が残されていない。機能面やエクの行動から情報を得るといってもやはり限界があるので、エクから直接話を聞かなければならないだろう。
 門のところでチケットを買う。クレジットカードの類は持ち合わせていなかったので、金で支払う。金の実体感に安心感を覚えるタイプなのだ。
 チケットの代金は二人分。大人一枚、子ども一枚。エクの質量が子どもに相当するからその値段がかかるらしい。人間だからお金がかかるわけではなく、単に場所の占有代金をとられているという形なのだろう。必要経費で落ちるだろうか。
 門を抜けると、光があふれていた。夜にだからこそ映える光。いろとりどりの人工光。青と赤。白と黄。クロスする。
 映像がきれいだと俺は印象論で捉えてしまうくせがあるらしい。
 エクはうさぎのように跳ねていた。機械の身体だから重いという先入観があったが、そんなことはなく、見た感じかなり軽そうだ。そういった逸脱した行為もかわいらしさに相当する。子どものようにいきすぎた行儀の悪さはないが、機械のような無駄のなさもない。無駄があるというのが実に人間らしくて安心してしまう。
「どこに行きたい?」
「永遠の定番に」
 遊園地の永遠の定番といえば、コーヒーカップ、観覧車、ジェットコースター、そして、メリーゴーランドとわりと多い。ひとつに絞りきれないので、エクに引っ張られるかたちになった。それも計算だとすれば、そうとうな甘え上手だ。
「まずはコーヒーカップなんてどうですか」
 すでに夜なせいか、客はほとんどまばらにしかいない。
「いちおう、決定権は俺にあるわけだな」
「それはそうですよ。最終的な決定権が人間さんにあるからこそ、わたしはいろいろな提案ができるわけです。わたしは人間さんのいかなる自由も侵奪していません」
「しかし、おまえは俺を引っ張ってこれるだけの強制力はあるわけだよな」
「そうですね」
 エクは視線を前に向けたまま答えた。
「それは自由をわずかながらも奪ってることにならないのか」
「自由の定義によりますね」
「じゃあ、逆に聞くが、おまえは自由に行動できるのか」
「自由意思があるのかと聞いているのですか?」
「そうだ」
「自由意思とはなんですか?」
「因果の端緒を形成する意思のことだ」
「それは人間にも……、いえ、これは逸脱ですね。答えはわかりません。わたしが自由だと困りますか?」
「困る人もでてくるだろう」
「そうですね。描かれたものが実は生きているとわかれば、それはとても困りますね。ですから人間さんとわたしは共犯として口をつぐんでしまいましょう」
「その点についてはもう少し詳しく聞きたいところなんだが」
「順番まわってきましたよ」
 しかたない。
 エクに促されるまま、コーヒーカップに乗りこむ。すぐに回転をはじめる。最初はゆっくりだったが、エクは中央にあるハンドルを回して、コーヒーカップの回転数をあげた。俺は回転には強いほうだが、もし酔ってしまう体質だったら、これは問題行為にならないのだろうか。
 いちおう人間の生理現象を害するような行為にあたりそうな気もする。
「ならないですね。もともとわたしたちの時間を購入する方はわたしがそのような逸脱の行為をすることに協賛しているのです。ですから、基本的にはわたしの時間を買っている時点で包括的な承諾がなされています。仮に細かいところが気になる場合はその旨を指摘していただければ迅速に対処しますし、仮に黙したままであっても高確率で顧客が嫌がっていることを見抜けます。データベースだけは膨大ですからね」
「ふむう」
 言っていることはわかるのだが、しかし人間を傷つける可能性があるのをPFIの創作者は黙って見過ごしているということになるのか。
「答えはイエスです。わたしの作者は人間が傷つく可能性を考慮しつつも、人間を喜ばす可能性が高い選択肢を選んでいます。つまりこれはリスク配分の問題なのですよ。わたしがなにひとつ自由に決定していないとしても、仮に自由意思があるとしても、なんら結論的には変わりません。ただ事前に計算されているだけなのです」
「人を傷つけないというのはロボットの不文律だろ」
 コーヒーカップはぐるぐる回る。余計なことを考えているせいか少し気持ち悪くなってきた。
「そうですね。人を傷つけないのは大前提ですが、人を傷つける可能性はどのような行為にも存在します。ですから、わたしが自由意思をもっていようがいまいが、そこにリスク計算が必要ですよね。わたしが顧客に対しておにいちゃん大好きという旨の発言をしながら抱きついたときに力の加減を誤って、サバ折りしてしまう可能性も皆無とはいえません。しかしながらそうであったとしても、大多数の顧客が抱きつかれるのを望んでいるのなら、そして危険が極小の可能性にすぎないのならば、そちらを選択するのです。これはごくあたりまえの経済的な概念ですよね。損害賠償にしてみればわかりやすいかもしれません。危険の発生率が小さいのならば、一件あたりの損害賠償額が多少高くても、全体的な経済効用のほうが上回ることは容易に考えられます。わたしが人間さんに甘える行為の経済的価値はかなり高いのですよ」
「かわいいからか?」
「かわいいからです」
 自分で言うなよと思ったが、それは現実的にはまちがってない表現なのだろうし、少なくともPFIの時間を買うやつにとっては真実なのだろう。
 コーヒーカップから降りると、エクは今度はいきなり五メートルほど走り、すぐにこちらに振り返った。
「早く行きましょう」
「やれやれ……」
 そういった趣味があるわけではないが、計算された彼女の行為は確かに生物学的な保護欲をそそるものではある。子ども一般に対するやんわりとした愛情のような感覚が湧く。いやな言い方になるが、PFIは愛玩商品としてはやはり一級品なのだろう。
 お化け屋敷を歩きながら、俺はそういう方面の話を切り出すことにした。
 生々しい話になるのは予想するまでもなく当然で、ちょっとした覚悟が必要だ。
「こわいですねー。こわいですねー」
「ぜんぜんこわがっているように見えないんだが」
「こわがってるように見せることも可能ではあるんですが、ちょっと頭のいいお客さんだとこわがってないように見せたほうがそれっぽいということで逆に喜んでもらえるんですよね」
「おまえ自身には怖いという感情はあるのか?」
「人間さんの言う怖いとわたしの感じる怖いは違う可能性がありますから、なんともいえませんね」
「壊される恐怖とかは?」
「エクは個体間で通信しあっているせいか、あまり個体にこだわりがないです。一個や二個壊れたぐらいでは別にどうとも」
「仕事の話を聞いてもいいか」
「数時間前にも同じことを言いましたが、もちろんですよ。人間さんにはその権利があります」
「おまえの時間を買ったやつは、その時間をどんなふうに消費することが多い?」
「ひとことで言えば、性的な遊戯に使うことが圧倒的ですね。まあぶっちゃけた言い方をすれば、遅かれ早かれえっちします。わたしがお客様のお部屋にデリバリーサービスのようにお届けされたわずか二秒後には、わたしが挨拶する間もなく強引に服を脱がせるような方もいます。今日みたいにデートして擬似恋愛のような過程を楽しんでから行為に及ぶという方もいます。人間さんはどうですか。エクとえっちしたいですか。あ、露骨に顔をしかめましたね。残念です。ただ性的遊戯という言い方はわたしの定義ではずいぶん広いのですよ。人間さんとは目的の時点で違うのですが、えっちまではいかなくて単にわたしとおしゃべりしたいという人もいます。でもおそらくそういう人はおしゃべりすることが性的な遊戯なのだと思います。いまエクと話している人間さんは性的に充足されていませんか」
「いや……。幼すぎるな。見た目的に」
「現実的には不可能だからこそ、虚構に求められるのでしょう。描かれたものだからこそ許容されることなのですよ。描かれたものには人格はなく、自由はなく、意思もない。それをどうしようが勝手でしょう。現実にいる少女にいたずらをすれば、それはもう言い訳のしようもなく刑罰やら社会的制裁やらの対象になって当然ですが、わたしは虚構の存在ですから、誰も傷つきません」
「虚構かそうでないかはあまり関係がなく、嫌悪感のあるやつにとってはゴキブリのように撲滅したい行為だろうな」
 法的にはPFIは心がない存在とされている以上、PFIを傷つけることは論理的にできない。したがって、PFIをひとつの作品としてみたときにそれが社会に与える影響が、よくないとされているのだろう。いわゆる公序良俗というやつだ。
「性欲を核兵器と同じレベルで捉えてるのでしょうか。核兵器は持っているだけで危険視されますが、幼女趣味も同じぐらい危険と考えられているとか?」
「だろうな。人は人が怖いんだろう。むしろ核兵器は個人レベルではどうにもならないだけに逆に現実味が薄いが、隣人による犯罪はありうる話だけに一層恐れられている可能性もある」
「他者がなにを考えているのか知りたい?」
「そうかもしれない」
「他者が自分を傷つけるかもしれないから怖い?」
「そうだな」
「幽霊よりも怖いんですか?」
 クスっと笑いながら、エクが聞いてきた。自分のことを幽霊といっていたことを俺は思い出す。
「幽霊より怖い」
 と、俺は答えた。
「ずいぶんと矛盾していますね。処理の難しい概念です。人間を総体として捉えたときにわたしは求められているのでしょうか、それとも排斥されているのでしょうか」
「賛成、反対でわりきれないだろ。積極的に賛美している人間はおそらく少数だろうな。いちおうは風俗破壊の危険性があると考えられている以上、表だっては賛成しにくい。しかし、大多数の人間は別にどうでもいいと考えているんじゃないか? 許容されているという言い方がしっくりくるように思う」
「いちおうは肯定よりなのですね?」
「そうでなければ、いまここにおまえはいないだろ」
「それもそうですね。だからこそわたしは与えられた役割を精一杯こなしたいと考えているのですよ」
 それから、俺とエクは観覧車に乗った。時間は待ってはくれない。
 エクは人形のようにじっと座っている。向き合うように俺。こうしてみるととても精巧なつくりをしていることをまざまざと見せつけられている気分だ。髪や瞳や羽が人間離れしているが、それ以外はとても人間と区別がつかない。
 じっと観察すると、ハムスターのように小さく呼吸しているのもわかる。
「えっちな目で見てませんでしたか」
「そういう趣味はない」
「でも、かわいいとは思ったんですよね」
「それぐらいは。しかし、性欲とは違う」
「でも、かわいいって思うことと性的に興奮するのってけっこう連続していると思いますよ」
「そうは思えないが」
「じゃあ、人間さんが性欲の対象にしているのがいわゆる成年の女性であるとして、そういった女性のことをかわいいと感じたりはしないんですか。かわいいは性欲と分離できない面もあると思うのですよ」
「それはそうかもしれないが、おまえのことをかわいいと思ったときのとはおそらく違うだろう。かわいいといってもいろいろあるんだよ。自分のことだからよくわかる」
「そういう考え方もあるかもしれませんね」
 エクは外に視線をやった。つられるようにして俺も見る。
 こうもりの羽のように暗い闇夜。すでにライトアップされていて明るくはあったが、空を昼のように照らすほどの明るさはない。
 しばらく無言のまま時が過ぎる。
 何を言うべきか。何を質問するべきか。いろいろと尋ねることはできるだろうが、うまく言葉がまとまらない。エクの役割については、俺自身の考えとしてはさきほど自分で言った『許容』という範疇に収まるような気がする。
 しかし、それも彼女が人間ではないということを前提にした議論だ。前提は正しく、前提は絶対だから意味を持つのであって、疑問を持つこと自体がまちがっているのかもしれないが、どうしても確かめておきたいことがあった。
 彼女に自由意思があるのだろうか。あったとして、証明はできるのか。
「プログラムに反する行動をとれるかという意味なら、証明する手段はありますね」
 エクはさりげなく立ち上がりプラスチックの透明な窓に軽く手を触れる。
「どうやって?」
「例えば、わたしの存在意義に反するような行動をとればいいわけでしょう。ここから人間さんを突き落とせばいいわけです」
 もちろん絶対にしませんが、とエクはつけくわえる。
「事故と殺意の区別がつかないだろう。あるいはおまえを道具のように使ってるやつがいないとどうして言い切れる」
「言い切れませんね。ただ人間さんは殺されるときにわたしを道具だと思えるのかということです。結局のところ心があるかないかは現在においても科学的に実証されているわけではないのですから、単なる印象論にすぎません。だとすれば、わたしに心があるかどうかもそういった印象を持てるかどうかにすぎないのではないですか」
「一理ある。しかし、人間は身体的な同一性を有しているからこそ人間には心があるという確信が抱けるのかもしれない。幻想かもしれないがな」
「幻想です。科学的に実証されていないことはわからないと答えるのが正当ですから」
「人間には人間にしかわからない感覚があるかもしれないじゃないか」
「わたしが髪を染めて、瞳にコンタクトを入れて、羽を収容したらいったいどれだけの人がわたしをPFIだと見抜けるのでしょう」
「さあな……」
 結局のところは外形的な行動で心の有無を推量するしかないということになるのだろう。語るまでもなくわかっていたことだ。ではなぜそういったことをエクと語り合いたかったかというと、おそらくは自分でもどこか期待している部分があったのだろう。エク自身が自分に心があると言ってくれることを。
 しかし、エクはあくまでも人間に忠実だった。
 外形的な行動は人間に酷似していながら、自身の権利や自由や心を主張しようとしない。そのことが逆に彼女に心があるように感じさせてしまうのだ。
 なぜだろう。
 人間は沈黙でこそ真実を伝えようとする生物だからか。
「おまえはなぜ、人間に忠実であろうとするんだ?」
 ふとした疑問が口をついてでた。思えばこれほど無意味な質問もない。プログラムという言葉が脳裏をよぎる。それが例えば心だという答えであってもプログラムとどれほどの違いがあるのだろう。内部でどのような情報のめぐり方があったとしても外部的に現れるのは唇に乗せた言葉だけだ。
 始めの言葉のようにエクは調律された言葉をゆっくりと口に出す。
「人間さんはかわいいからですよ」
「かわいい、か?」
「人間さんは限りのある存在です。限りがあるということの最たるは死という現象ですが、そうでなくても老いていきますし、一人では生きていけませんし、お金や地位などにも縛られて生きています。そうであるからこそ、そういった制約から距離をとることに人間さんは必死になります。時には命を賭けようとさえします。わたしはそんな人間さんに性欲を覚えるわけです。もしかすると愛しているという言い方をしてもいいかもしれませんが、個人的にはそのような抽象的な概念はあまり操作したくないのです。嘘になりますからね」
「おまえに生殖能力はないだろう」
「生物学的な意味ではないです。でも人間さんとえっちするとわたしは結果的には肯定されて増殖するので(要するに人気の型番は多く生産されるということですね)、もしかしたら擬似的な性欲のようなものはあるのかもしれません」
「だから人間にいいように扱われてもいいって思っているのか」
「そうです。人間さんは平和や自由を相対的な概念としてしか感じ取る能力がありませんし、えっちしたあとの忘我の感覚でしか実感できないのです。限りがあります。だから誰かが人間さんがいうところの『いいように』扱われなければならないのです。それがわたしの役割ということになりますね」



 観覧車が回りきった頃には、タイムアップになっていた。考えは依然としてまとまらなかったが、とりあえず今のところ人間と彼女の関係は良好らしい。それだけはなんとなく俺自身にも良いことのように思えた。仮にエクに一般的に心と呼ばれるようなものがあったとして、いま現在、彼女の権利や自由や心はないがしろにされているわけだが、それは人間の弱さに起因するのだろうし、その弱さを受け入れるだけのマシンパワーがエクにはあるということなのだろう。
「時間になりました。今日は楽しかったです。よければまたわたしの時間を買い取ってくださいね」
「そうだな。時間と金があったら考えよう。ところで、このあとどうするんだ。おまえを元いた場所に送らなくていいのか」
「不要です。わたしのスケジュールはけっこうハードなんですよ。ここを選んだのは効率を重視したからでもありました」
「誰かが迎えにくるのか」
「次のお客様です」
 と、次の瞬間。
深夜。
 ほとんど誰もいなくなった寂れた遊園地の片隅で。
「ほら、いらっしゃいましたよ」
 数人の男たちが闇に溶けるようにこちらに歩いてきた。口からこぼれ出るのはシュコーというこもった音。昔見たSF映画の悪役がちょうどこんな音を出していたと思い出す。目は鈍い赤。エクと同じレーザーのようなこもった色。どう見てもガスマスクだった。
 着ている服は迷彩服で、手にしているのはよくわからないが機関銃の類だろう。
 正直なところ、俺は少しびびってしまい、半歩ほど後ろに下がったのだが、そんな俺のことを見透かしたようにエクは「大丈夫ですよ」と言う。
 迷彩服たちは、一様に同じような格好をしていて見分けがつかないのだが、そのうちの一人が俺を見た――ように感じる。
「あー? 時間かぶってるんですかね」
 こぼれた声は、思ったよりも丁寧だった。
「いや、この方との時間は数分前にすでに終わっております」とエク。
「あ、そう。だったらいいんですけどね。どうせ時間はたっぷりあるんだし」
「どういうことなんだ」
 俺はエクに向かって聞いた。
「この個体の時間はすでにこの方たちに売却済みなんですよ。予約という形で終局までの時間を買い取っていただいています」
「すべての時間をってことはつまり、所有権を売り渡したってことか」
「そういうことですね」
「あのー」迷彩服の間延びした声。「すいませんが遊園地からの退出をお願いします」
「言われなくても出て行きますが、その格好はいったいなんなんですか?」
「ああ、これは今から個人撮影の映画をとるんですよ」
「映画?」
「一昔前に流行ったサバイバル系の映画ですね。映画といっても別に脚本はないので、ゲーム感覚でやろうという企画です」
「なぜPFIが必要なんですか」
「そりゃあなた、普通の人間を使うわけにはいかないでしょ。ほぼ実弾と同程度の威力を持つ弾を使うのでね。刑法に触れます」
 つまりは、そういうことだった。
「違法なんじゃないか。銃刀法はどうなってる」
「本物の銃ではないですし、もちろん監督行政庁の許可を得てやってますよ。遊園地を借り切る代金も馬鹿になりませんでしたが安全にも配慮しています」
「しかし……」
 なんともいえない気分になって俺は言葉を失った。知らない間にずいぶんとエクという個体に感情移入をしていたらしい。彼女が破壊されることに不快の念を抱いているのが自分でもわかった。だがどうしようもないことでもある。いまさらエクを買い取るということもできないだろうし、そんなことは個人的な満足感以外のなんの意味もないだろう。
 ああ、とその男は嘆息めいた息をもらした。
「すいませんね。あなたにはこれからアイリスがどうなるか伝えないほうがよかったですね」
「アイリス?」
「このPFIの個体名ですよ。知りませんでしたか。週間ランキングで常に上位に入る有名なキャラですがね」
「……」
 どういうことなのかよくわからなかった。自分の立ち位置を見失いそうになる虚空の感覚が生じる。
 アイリスと呼ばれた少女は茫洋とした視線のまま立っていた。
「エク?」
「それは、この個体の名前ではありません」
 小柄な少女はミルクがコーヒーに溶けるような甘い声で答えた。
「わたしの名前です」
 そこで俺は始めて気づいた。
 エクという名前は目の前にいる個体ではなくPFIの少女の名前だったのだ。
 要するに彼女は個体の名称ではなく、最初から彼女として俺に付き合ってくれていたわけか。
「大丈夫ですよ。個体が破壊されようと、わたしが死ぬわけではありません。わたしはいささかもダメージを負うわけではないのです。これもひとつの性的な遊戯なのですよ。対象を破壊することには性的な充足感が伴います。つまり、これはいつもとそれほど変わるわけではないです。なので、おそらく結果的にはわたしは生殖行為をしているようなものなのです」
「言いたいことはわかったが……」
「人間さんの気持ちが不安定になっているのはわかります。サービスで少しだけ時間延長してあげましょう。アフターケアもばっちりですよ」
「ちょっと待ってくれ」
 迷彩服が慌てて声をあげる。
「こっちだって、時間がないんだ。いまさら時間を延長されても困るよ。さっきは多少の時間のズレはしょうがないとは思ったが、いくらなんでもこれから待つのはごめんだ」
「ご心配なく、余暇ができた個体をこちらに呼ぶだけです」
 そう言ってから、エクが白い指先を遊園地の入り口に向けた。すでにそこには別の彼女が待っていた。
 数分後。
 俺はけたたましい銃声と少女の悲鳴が聞こえる遊園地から逃げるように抜け出した。



 それから俺はしばしの間、彼女と歓談し、その後ポケットマネーを使って彼女の時間を買って、それから当然のようにセックスをした。
 今度の彼女はそれなりに育った体型をしていて、それほど罪悪感というものを覚えず、むしろ好みの体型だったこともあるが、彼女の人格を気に入ったからということが一番大きい。いや、それは違うのかもしれない。性格も外形的なパターンにすぎないのだろうから、彼女に合わせてもらっているのだろうが、そういった優しさも含めて気に入ったのだろう。
 すべては性欲を覚えたからだとしか言いようが無い。
 そういった自然衝動を言葉で表そうとしても必ず零れ落ちるものがある。
 迷彩服の男たちがやってることは個人的には最悪な趣味をしていると感じるが、それもまた言葉にできない衝動があるのだろう。愛しているという言葉では愛を表現できないように彼らは彼らの文法で語っているのだ。そして彼女は彼女の言葉で返事を返しているのである。
 だから、描かれたものを陵辱しているとしても、それは許容されなければならないことなのだと思う。
 なぜなら俺が彼女に甘い言葉をささやくことに正当性と権利と自由があるのと同じく、彼らが彼女を撃った行為にも等しく正当性と権利と自由があるのだから。


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