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『オレンジフィルム・キッス』
人気の無い校舎裏、薄暗い体育館倉庫、静かな自習室……。 今日は立ち入り禁止の屋上だった。 吹きつける秋風が啼いている……。 綺麗な水を探す魚のように、風は赤い空に留まる場所を探してるようだった。 「いい風だよね」 「いい風だね……じゃないでしょ!」 僕がそう言うと、友香はイライラしたように長い髪を掻き毟る。 「風彦!! アンタねぇ……。いつもヘラヘラしてるからそうやってイジメられるのよ!!」 友香の細い指先が僕の頬に絆創膏を張った。 その大きな双眸は、屋上に座ったままの僕を見下ろしている。 「うん……でも手は出さなかったから。僕の勝ちだよ」 「少しは反撃しなさい!! 私がここにたまたま来なかったらどうなってたか……アンタは、もう」 「偶然ってなんかロマンチックだよね。どこにいても出会う運命なのかなぁ」 「バカか!」 友香は八重歯をむき出しにして怒鳴ると僕の両ホッペを引っ張った。 「うん。ばひゃらよ」 「っく。バカだバカだとは思ってたけど……」 僕が満面の笑みで答えると友香が手を離す。 「アンタは女の子みたいな顔してるし、華奢だし……弱いのも分かるけど少しは男らしくしてよね」 「あはは。そうだね」 僕はゆっくりと立ち上がった。 確かに身長も体格も友香とあまり変わらない。 「あはは、じゃない!! 元はといえば、アンタのお人好しのせいなんだから。イジメられてる子をかばってイジメられるなんて……バカじゃないの!?」 「でも友香だってそうするよね?」 「当たり前でしょが!!」 一点の淀みも迷いもなく、友香は言い切る。 僕は友香のそういう所が僕は好きだ。 思わず微笑んでしまうと、友香は顔を赤くして背を向けた。 「まったく、アンタは……。でも、まぁ、その、嫌いじゃないからね……アンタのそういうとこ」 ボソリと友香がつぶやいた。 友香の不器用な言葉は……優しくて暖かい。 「ん。僕も友香が大好きだよ」 「!!」 友香が驚いた顔で振り返る。 僕はいつも通り満面の笑みで答えた。 僕達の言葉のない会話。 「そ、そういうのは……もっと、あ、あの」 友香の指がフェンスをつつくように弄ぶ。 「もっと言って欲しい?」 「……バカ」 オレンジの輝きが世界を、校舎から見える町を、彼女の後姿を染めていた。 華奢で儚い輪郭が緋の中に溶け込んでいく。 秋風は優しく柔らかく……そして冷たい。 そっと、僕は背後から友香の細い首筋を抱きしめる。 「ちょ……風彦!! ここでそういうことは、いや、ここじゃなければいいわけではなく…」 「無理しないで」 ゆっくりと友香の体から力が抜けていく。 友香のビート、僕のビートが互いに重なり合う。 「無理って……」 「してるよ」 そっと右手で友香の細い右手首を触る。 指先に感じるセーラーに隠された包帯の感触……。 僕が本当に気づいてないと思ってたのだろうか。 「何度でも言うけど、友香が好きだから……」 「な、何度でもバカって言ってやるからね……」 友香が躊躇いながらゆっくりと瞳を閉じた。 瞳を閉じたアイズの後……僕達の唇が重なる。 僕の右手をつかむ友香の左手に少しだけ力が入った。 互いに柔らかな熱を感じて、惜しむように離れていく。 「……バカ」 「うん。バカ」 赤面してうつむく友香に、僕は微笑み返す 体にかかる友香の重み。 僕は友香が身を任せてくれたのを感じた。 「風彦にはバレバレだった……?」 「ん。気づかないわけないよ」 理由は知っている。 それを口にしても意味がないことも。 「あはは。私の方が弱いのばれちゃったね」 僕は触っていた右手首を手の平へ握り直す。 友香の細い指が僕の手を握り返した。 「弱いね……」 呟く声は弱く、儚く、風の中に消えていく。 「離したくない……離せないよ。私、いつからこんなに弱くなっちゃったんだろ……」 「友香……。友香は弱くないよ」 つないだこの右手は弱さの証なんかじゃない。 あの日、友香がつないでくれた手……。 子供の頃……こんな風に夕日がきれいだった日。 イジメられて泣いてた僕に、友香が微笑みながら右手を差し出してくれた。 あの日、交わした約束はいまでも続いてる。 「友香がいたから僕は強くなれたから……」 僕は知ってる。 セーラー服に隠れた君の傷も。 それを気づかせない君の強さも。 「だから今度は僕の強さが友香を守るよ」 あの日、友香から貰った強さを今度は僕が友香に。 もう一度、僕は約束する。 「風彦……」 「ん?」 「……もう少し、このままでいい?」 「ん……いいよ」 キープアウト……立ち入り禁止。 まだ僕は君の心に踏み込めないけど……。 抱きしめた友香の体は柔らかくて、儚くて……。 友香のこぼした涙とつないだ右手が暖かかった。 ゆっくりと、オレンジのフィルムに包まれて、僕達はもう一度キスをする。 そして、僕たちはつないだ手をゆっくりと、離す……。 |