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「あきら君……」
由美の口から俺の名前が漏れる。 その後に、君はどんな言葉を続けてくるのだろう? そう考えると、知らず俺は緊張してくる。 「……二人きりだね、あたし達」 他には誰もいない教室。 ここは特別教室のための別棟、その中の空き教室だから、 彼女の言う通り、二人っきりだ。 閑散とした教室の中で、俺たちは一つの机を挟み、向かい合って座っている。 開け放していた窓から、初夏の風が吹き込んできた。その風に、彼女の長い髪がふわりと揺れる。 「こんな場所、あえて来る奴いないしな」 とりあえず俺はそんな受け答えをしておいた。 彼女とは高校に入って同じクラスになり、なんとなく気が合った仲だ。同じクラブに入り、よく話をするようになった。二年生になりクラスが分かれた今でも、こうやって放課後や休み時間に会っている。 俺にとって、そんな時間は何より大切なものなんだ。 「どうだろう、誰か来たりはしないかな?」 「――俺たちの邪魔は誰にもさせないさ」 不安そうにまなじりを下げた彼女の瞳を、俺はじっと見つめた。 そうさ。俺たちの間に、誰も入ってこさせるものか。 由美が少し、照れくさそうに笑う。 「あたしもね、ずっと話を続けたい」 「この場には俺たちだけだ、大丈夫」 ここは切り取られた世界だ。 俺たちだけの世界なんだ。 誰にもこの世界を崩させはしない。 そう、思った時だった。 不意に教室の戸が開けられた。 「あれー? 二人とも、なにやってんだーっ?」 そんな台詞とともに一人の男子生徒が入ってくる。俺のクラスの鈴木だ。一年の時も同じクラスだった。だから由美もお互いに知っている。 こ、こいつ……! 「鈴木君――久しぶりだね、元気かな」 由美が、椅子から立ち上がって鈴木に声をかける。 その声に困惑が混じっていることが、俺にはわかった。歓迎しがたい闖入者に、由美は戸惑っている。 「はは、久しぶり。忘れもん取りに通りがかったんだけど……おいおい、あきらと二人っきり? まさか、ちちくりあってたとか?」 鈴木がそんなことを言って下品に笑った。 「やだ待って、ちょっと言葉を選べない?」 鈴木の言い草に、由美は不快そうに眉をひそめる。 そうだ、不快だ。 俺も鈴木に対し、怒りすら覚えていた。 部外者とはいえ、俺たちの世界の和を乱すことは許せない。 「おいてめえ! 俺らの世界、壊すなよ!」 俺は鈴木に近寄り、指を突き付けた。 「邪魔だからすぐにここから出て行けよ」 「は? なんだそりゃ。ひどいこと言ってくれるじゃんか」 鈴木は俺の言ったことが気に食わなかったらしい。むすっとして俺を睨む。 「あー、なるほど。テレ隠しか? お前は由美サンのこと、本気で好きなわけだ」 ……好き、だって? にやにや笑って言った鈴木の言葉に、俺は戸惑った。 いや、そりゃ確かに由美のことはいいな、とは思っているが。 だが、それをこんな場面で打ち明けることなんて…… ふと由美に視線を向けると、何か言いたそうな、いや、何か待ちわびるような瞳で俺を見ていた。 その彼女の瞳に俺はどぎまぎする。 由美は何が言いたい? 何を待っている? 「…………」 由美に見つめられたままで、俺は何かを言おうと口を開いた。 何を言うかしっかり考えることは出来ず、俺は自分の口が言うに任せることになってしまった。 そして、出てきた台詞は。 「馬鹿言うな、俺は由美なんか好きじゃない!」 ………… 「――っ!」 言ってから、俺ははっとした。 しまった、言い過ぎた……! 俺は全身の血が引くのを感じた。鈴木が「あちゃぁ」と小さく呟いている。 そんな。俺は、なんてことを言ったんだ。 まずい、何か言わないと。今のはただの言い間違いだ。 「由美のこと嫌いじゃないさ、もちろん」 俺は慌ててフォローしようとした。が、今度は言葉が足りなかった。 それに気づいて俺は声を詰まらせた。心臓がどくどくしている。 どうしよう。 こんなことになるなんて。 由美。由美は―― 「…………」 俺は由美を見た。 由美が俺を見ている。 その彼女の顔から、表情が消えていた。 怒りも嘆きもなかった。 ただ、まるで見知らぬ人間を見るかのような関心のない目をしていた。 「違うんだ、今のはちょっと焦ってて……」 言い訳をしようとした俺を、由美は目を伏せて拒絶した。 「あなたとは、続けられると思ってた」 低い、冷めた声が彼女の口から漏れる。 『思ってた』――過去形。 つまり、由美はもう、俺と続けることは出来ないと言っているのか。 ――くそ! 俺はなんてバカなんだろう。いくら動揺していたからって、あんな言い方するなんて。 自分が情けなくなり、うつむいて歯噛みした。 「もう駄目ね。あなたはこれでお終いよ」 由美が言う。 そんな。終わり、だって? もう由美と、こうやって話をすることが出来なくなるって言うのか。 そんなのは嫌だ! 「待てよ由美! 俺は終わりにしたくない!」 顔をあげて俺は叫んだ。 「頼むから名誉挽回させてくれ! もう二度と言い間違いはしないから! お願いだ、俺を見放さないでくれ!」 言い募り、俺はひたすら請い願う。 今俺は胸の内でも頑張った。 だがそれが無駄であるとは分かってた。 たとえもし百の言葉を並べても。過ちを取り消すことは不可能だ。 由美はただ、物言わぬ目で俺を見た。首を振り、振り切るように背を向ける。 「さようなら。あなたのことは忘れない」 そう言って由美はここから立ち去った。音をたて教室の戸が閉められた。 俺はただ、なすすべもなく立ち尽くす。閉められた戸がこの俺を拒絶する。 戸の前で、がっくりとしてうなだれた。 「おいあきら、どうしたんだよ? お前たち」 後ろから鈴木が声をかけてきた。奴なんかどうでもよくて無視をする。 俺はただ、この状況を嘆いてた。 わかってる、間違えたのはこの俺だ。 この俺が、世界を崩し、終わらせた。 だがしかし、これはあまりに理不尽だ。 言い方を確かに俺は間違えた。 でもわずか一文字だけの間違いだ。 一言の間違いだけで終わりとは。 理不尽だ、掟はとても理不尽だ―― ――わが校の、俳句クラブの会則は。 『十七の ルール破りは 即除名』 ……このオキテ、いくらなんでも厳し過ぎ。 うらめしや あぁうらめしや うらめしや…… |