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ニートのやめ方

 私こと香奈子は一年前までニートだった。
 一生懸命勉強したのに大学に落ちて、やる気をなくしてしまった。
 けれど調度一年前のあの日。私は変わった。
 私は、テレビを見ながら時折笑う父を見る。
 父の後頭部には小さいけれど傷がある。その傷を見ていると、あの時の感情がじわりとこみ上げてくる。
 そう。この傷が私が立ち直るきっかけになったんだ。

 一年とちょっと前。
 食卓を母、父、私で囲みテレビを見ていた。
 テレビではニートの特集をやっていた。
 なんか家族の視線が痛い。
 母はテレビに目を向けながらチラチラ私を見るし。
 父は父でテレビを食い入るように見つめていた。
「ごちそうさま!」
 私は食事を途中で切り上げ、逃げるように自分の部屋へと戻った。

「タイミング悪いなぁ……。なんであんな特集するかな」
 部屋に戻り、さっきの特集に文句を言いながらパソコンの電源を入れた。
 こういう気分の悪いときにはメル友と連絡するのが私だった。
 メーラーを立ち上げると、新着メールが一件。一番長く付き合っている親友のような子からだった。
『おはよ〜。今日も相変わらずニートしてるぅ?』
 開いてみると、それは今の私の神経を逆なでする内容だった。
 この子、奈緒とは掲示板で知り合った。性格が似ていることもあり、私にとっては他の人に言えないようなことも話せる仲だけど。
 唯一奈緒と対立したのは私がニートだってこと。奈緒は私に社会復帰して欲しいらしい。
「うるさい。何から何までタイミング悪いな今日は……と」
 返信メールを書き綴り送信する。その後ため息をついていると、奈緒からすぐに返信があった。
『タイミング悪いってさっきやってた特集? しょうがないじゃんニートなんだからさ。嫌だったらやめようよニート』
 奈緒もあれ見てたんだ。それはそれでなんかムカつく。
「嫌だよ。だってもう努力するなんてバカらしいもん。報われないことが多すぎるよ」
 理不尽な怒りを覚えつつ返信。またすぐに奈緒から返信があった。
『それはそうだけど。そんなこと言ってたら社会が成り立たないでしょ? そうだ。あの特集でやってたけどパソコンもいけないらしいよ。パソコンやめたら? 私とは携帯で連絡して』
 パソコンをやめる、ねぇ。確かに暇なときはこれいじってるけど……。普通に出かけたりもするし一概にこれがいけないとは思えない。
「パソコンが壊れたらやめるんじゃない? まあこれがなくなっても私がニートやめるってことにはならないと思うけど」
 再び返信メールを送る。今度はすぐに返信がこなかったため、私はテレビをつけた。
 さっきの特集は終わり、スポーツニュースが始まっている。
 こういうニュースに出る人は努力が報われた人。でも、それだけじゃない。凡人にはどうしたって敵いっこない才能というものの上に努力が重なった結果だ。私にはそれがない。だから私はこんななんだ。
 気分が悪くなってきてチャンネルを回す。その直後、奈緒から返信があった。
『だったら私が壊してあげる』
 なんて物騒な子だろう。人のものを臆することなく壊すと。
「やめてよね。私の家押しかけて壊すつもり? 言っとくけど住所教えないからね」
『違うよ。とりあえず口に水、含んで』
 水……? どういう意味だろう。
 意味はわからないけど、私は台所に行ってティーカップに水を注いで戻ってきた。
「含んだよ」
 カップの水を口に含み、返信する。するとすぐにメールが返ってきた。
『隣の家に囲いができたって。かっこいー!』
 私はメールを見たまま固まってしまった。なんだろうこの子。何がしたいんだろう。バカにしてるのかな?
「バカにしてんの?」
 私は水を飲み込み、返信する。
『笑わなかったかぁ。思いつきは駄目だね。四日だけちょうだい。一日一回私のメールを口に水を含んでみること。四日以内に香奈子が噴出してモニター壊したら私の勝ち。そしたらニートやめること。いい?』
 奈緒からの返信は妙に挑発的だった。
 もちろん、私がこんなことに従う必要もないわけだけど……。この程度なら楽勝だと思うし。
 笑ったにしたってそれをきっかけにしてみるのもいいかもしれない。私は多分、理由が欲しいんだ。
「いいよ。奈緒のセンスは大体わかったから。やれるものならやってみなさい」
『言ったなぁ? じゃあ今七時だから明日もこの時間、期間は今日含めて四日。私が勝ったら絶対やめるんだよ?』
「はいはい勝ったらね。それじゃ、また明日」
 私は適当な返信をして、メーラーを閉じた。この勝負が後に大変なことになるとも知らずに。

 そして二日目の夜七時。
 私は言われたとおりメーラーを立ち上げる。新着メールが一件。
 今日はどんなくだらないことが書かれているのか。私は前もって用意していたカップの水を口に含む。
 そしてメールを開封した。
『ある学生が有名な哲学者に尋ねました。宇宙の果てはどうなっているのかと。哲学者は答えます。果てになってるんだと』
 今日も私はニートみたいだ。意味がわからず私は水を飲み込む。
「何これ。面白いの?」
『ええー。わかんないの? あ、ごめん。香奈子バカだもんね。前のがくだらなすぎたからちょっと高度なのにしたんだけど。ごめんね。明日はバカ用の用意するからね』
「こ、このっ……!」
 私は思わずモニターを叩き割ってしまいたい衝動に駆られた。
 が、なんとか思いとどまる。これで割ってしまったら私の負けじゃない。
 気を落ち着けるために深呼吸をする。そしてメールに返信した。
「とにかく笑わなかったんだから私の勝ち。奈緒って笑いのセンスないね」
『図にのんなよー? 明日は絶対笑わしてやる! 笑って死ねばいい!」
 奈緒は少し怒っているようだ。まあこの分じゃ私はニートのままかな……。
 メーラーを閉じると、自然にため息が出た。
 もしかしたら、私はこれに期待してるのかもしれない。
「……でも、ねぇ」
 無理な気がする。

 三日目の夜七時。私は期待せずにメーラーを立ち上げた。
 いつものように口に水を含んで、メールを開ける。
『今日のは昔の教科書から出典。和訳問題だから辞書片手にね』
 バカにしてる……。和訳くらい出来るっての。
『”Is that a desk?” ”No. It is Bob”』
 あれは机ですか? いいえ。それはボブです。
「……っ」
 ちょっと面白かった。けど噴出すまでにはいかず私は水を飲み込む。
 しかしその直後、事件が起こった。
『笑えよー! ボブどんな顔してんだよって思うでしょ!』
 まだ、返信もしてないのにメールが返ってきた。
 ちょっとどういうこと……? 私はまだ笑わなかったなんて言ってない。
 混乱して、背筋がぞっとした。追い討ちをかけるかのごとく、続けざまに奈緒からメールが来る。
『もう怒った。奥の手使うからね。それでも駄目なら殴り倒してだって更生させてやる!』
「ちょっと落ち着いてよ奈緒。っていうかなんで私が笑わなかったって知ってるの?」
『明日、覚悟してなさい!』
 私の質問には答えず、メールは一方的に打ち切られる。これ以上メールを送っても無駄だろう。
 呆然とモニターを見詰める私。何か得体の知れない恐怖を感じる。
「……なんなのよ」
 私はメーラーを閉じて、深くため息をついた。

 そして、四日目がやってきた。
 今日は外出したが、妙に周囲の目が気になってしまった。
 誰かに見られてるような気がして落ち着かなかった。
 そのせいで何人もの人間と目が合った。その中に奈緒がいたかもしれないと思うと少し怖い。
 メーラーを立ち上げると、いつものように新着メールが一件。
 鼓動が高鳴ってきた。落ち着かず、呼吸も心なしか荒い。
 気を落ち着けるために深呼吸する。そして、意を決して口に水を含み、メールを開封した。



 後に思ったこと、それは。これほど読んで後悔するメールは二度と来ないだろうということだ。




『実はお父さんでした〜』
「ぶっふぅっ!」
 メールの内容に、私は盛大に噴出してしまった。目の前にはずぶぬれのモニター。リビングの方からやったー、という声まで聞こえやがる。
 その瞬間、私の中で何かがキレた。恥、怒り、憎悪。様々な負の感情が私を突き動かす。
 私は手にしていたカップを持ったまま全速力でリビングに向かう。そして、勢いに任せて父の後頭部を殴りつけた。

 そういうわけで父の頭には傷がある。でもまぁ、約束は約束。私は負けたわけだし素直にニートをやめた。
「なんだ? まだ根に持ってるのか?」
 父は私の視線に気づいて、顔をこちらに向ける。
「まあそれなりに」
 女友達だと思って私を赤裸々に語ってしまったんだし。
「でも感謝もしてる。傷痛くない?」
「ああ。娘のための名誉の負傷だ。全然痛くもなんともないさ。それより久しぶりに一緒にテレビでも見ないか? 面白いぞこれ」
「いい。お父さんにセンスがないってことはいやってほどわかったから」
 私ははっきりと断る。対する父はそんなに悪かったかな、とうなだれていた。


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