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人は、求める生き物である。
貪欲に、飽くことなく。良くも悪くもなにかを求め手を伸ばす。手中に収めては満足の味を噛み締め、だがその味に瞬く間に飽きてしまう。だから求め続け、歩き続け、進化を続ける 進化は人に、道具を、火を、社会を、文明をもたらした。 幾星霜もの長きをかけて、人が手に入れ、作り上げてきたそれらの産物。何百万年もの時間を費やして至った、無類の英知。素直に素晴らしいと思う。 人がその身に受けた、呪いを考慮しなければ。 霊長として君臨し、今日ある他の動物とは明らかに一線を画した発展。それを手に入れるため、人はその身に呪いを受けたのだ。 頂点であることと引き換えに、幸せを捨てた。 これを愚かと笑うのは、この事実を他のどんな存在よりも理解しているのは―― 自分が、人ならざる者だからだろうか? 事態に、理性が追いつかない。 コウジは何度か瞬きをして、もう一度自分の部屋を観察した。 マンガが数冊抜かれた本棚。そのマンガが重ねて置かれている机。正月に掃除して、彼の部屋はしかしそろそろ散らかり始めてきた。 その中に置かれたベッドに、足を組んで座る見たこともない男がいる。黒いスーツを着た、サングラスの若い男だ。タバコを吸わない――というか吸えない中学生のコウジの部屋で、堂々と喫煙をしてくれている。祖父の蔵で発見して譲り受けた、絵本の中に出てきそうなランプを灰皿にして。 見たものは見たままだった。 ドアを開き、一歩を踏み込もうとした姿勢のまま硬直し、コウジは更にもう一度男の顔を見る。何度確認しようが、知らない男だ。 「よお。ファンシーか?」 男が軽く、よくわからない挨拶した。 その声で、やっと現実の時間に理性が引き戻される。 理性が復活すれば、することは一つだった。とにかく、叫ぶ。 「母さん! 部屋に図々しくて馴れ馴れしくてその上ガラが悪い泥棒が……!」 「うるせぇ」 居間のほうに体を向けて母を呼ぶが、その半ばで男に部屋の中へと引き込まれる。ベッドは部屋の端にあり、二人の間には距離があったのだが、男から視線を外した一瞬でそれが消失した。 ドアから引き離されて、部屋の中央で座らされる。男はドアを閉じると、コウジの隣を通って、またベッドに腰を下ろした。 「久しぶりに会ったら、また随分とフレンドリーな対応をかましてくれやがって」 「え? あ、ええっと、どこかで会いましたっけ?」 コウジは、しどろもどろに聞き返す。 男は、呆れたように頭を抱えた。そのまま、うめく。 「んったくよ。確かに格好は少し変わってるけど、わからないほどじゃないだろ。ほら」 そう言って、男はサングラスを外した。切れ長の目が、その下から現れる。 「どうだ?」 「間違いなく初対面です」 「おいこらコウゾウ。いい加減にしろよ」 「……コウゾウ?」 男が自分に言ったその名は、コウジの名前ではなかった。だが、知っている名だった。 「ぼくはコウジです。コウゾウは、祖父の名前ですけど」 「あん?」 男は、少しの間黙り込む。 それからなにかを思いついたのか、コウジに聞いてくる。 「今、何年だ?」 「平成十九年になったばかりですけど」 「平成? あー、西暦で頼むわ」 「二〇〇七年です」 「ああ、なるほどな」 一人納得して、男はうなづく。 「じゃあ、お前の爺ちゃんは今どこだ?」 「五年前に亡くなりましたけど」 「五年前。ってことは、五十八歳か。結構早いな」 また、男が黙り込む。 何事かを考え込んでいる男は、見たところ二十代前半だった。生前の祖父と関わりがあるなら、その当時男は十代後半ということになる。祖父と接点のある年齢とは思えない。 そもそも、自分と祖父とを見間違える理由がない。 「あの……」 恐る恐る、コウジは男に声をかける。 「なんだ? ファンシーか?」 「違います。意味わかんないですし。そうじゃなくて、祖父とはどういう関係だったんですか?」 その問いに、男はしばらくこちらを凝視する。 ベッドに座る男と床に正座するコウジとでは、自然目線の高さに違いが出た。男は見下ろし、値踏みする。そして、妥協するように言った。 「まあ、お前でもいいか」 男は屈み込んで、コウジの高さに視線を合わせる。前髪が触れ合うほど、男の顔が近づいた。 ゆっくり、言い聞かせる口調で、男は告げた。 「俺はな、ランプの精だ」 「っ!」 予想の中になかった言葉だ。 だが、理性を手放すことはもうしなかった。反応は素早く、迷いもない。息を吸い込み、背後――部屋のドアに叫ぶ。 「母さん! 部屋にいい歳して恥ずかしくて痛い妄想に取り付かれたやたらガラの悪い男が……!」 「うるさい。それにお前、ガラが悪いってのは二回目だろうコラ」 顔をつかまれ、無理矢理ランプの精を自称する男の方へ向きなおされた。 「なにを疑うことがあるってんだ?」 「こんなガラの悪いランプの精がいてたまるか! なんでも願い事を聞いてくれる、あんたと違ってちゃんとしたファンシーなやつのことだろ、ランプの精って! ファンシー連呼してりゃあ子供の人気者になれると思うなよ!」 「ファンシーなだけでなく、クールな一面も持ち合わせたランプの精がいたっていいだろ? それに俺はちゃんとファンシーだ。てかまたガラが悪いってお前」 「黙れ! このこそ泥ヤクザ!」 そこまでまくし立てて―― 部屋に近づく足音に気づき、振り向く。足音は部屋の前で止まり、そして、ノックもなしに扉が開く。そこには、迷惑そうに眉根を寄せた母が立っていた。 「どうしたのよ、さっきから大声あげて」 「母さん、実はこのヤクザが……あれ?」 視界から男を外した一瞬に、彼が姿を消していることに気づいた。ベッドの上から、手品のように跡形もなく。 「なにがあったか知らないけど、とにかくもう少し静かにしてちょうだい」 それだけ告げて、母はドアを閉めてしまう。 「あっ」 なにか言うべきだとわかっていたが、口から漏れるのはそんなうめきだった。結局なにも言えないまま、母の足音が遠ざかっていくのを聞いた。 「危なかったな」 「うわっ!」 突然のつぶやきに、驚いて声をあげる。見ると、男が先ほどまでのようにベッドにふんぞり返って座っている。外していたサングラスをまたかけなおし、それこそ映画に出てくる犯罪者そのものの態度で。 「どこ行ってたんだよ!」 「ふふふ。これが俺のとってもファンシーな一面だ。どうだ、それっぽいだろ」 「いや、全然」 正直に、コウジはそう応える。 「強いていうと、悪い魔法使いだよ」 「少し悪いくらいでちょうど良いのさ。ガキにはわからないだろうけど」 「あんたの悪さは、なんだか塀の向こう側にいなきゃいけない類の悪さだ」 「外見の悪の向こう側を見るくらいじゃなきゃいけないな」 「悪い部分以外を見ようとすると、あんたが見えない」 「お前、コウゾウに似て口が減らないな。本当にガキか?」 「家系なもんで」 「そうか。じゃあ、これも受け継ぐってことでいいな。言え」 男は、言外になにかをコウジに要求する。そういう言い回しだった。 男の意図するところが読めず、コウジは聞き返す。 「受け継ぐって、なにを?」 「ランプの精に言うことつったら、願い事に決まってんだろ。コウゾウは願いをする前に死んだからな。お前が代わりに言え」 「え、ええ!?」 「ないわけじゃないだろ。俺が出てきたってことは、それなりに欲しい物があったはずだ」 男は、自分が灰皿にしていたランプを指差す。ランプの精というからにはそこから出てきたのだろうが、コウジが中身を確認したときは空だったはずだ。 「俺はこいつに住みついてて、なにか欲しい物――ようするに明確な欲望を持った人間が触れると、目を覚ます仕組みになってる。まあ俺は寝起きが悪くて、触ってから何日かたってるはずだけどな」 「中身は空だったけど?」 「アホ。別にこの中で冬眠してるわけじゃない。お前にもわかるように言うと、これは門みたいなもんだ。誰かがノックしたとき、俺が出てくる。今回はお前だろ? 実のところコウゾウの権利を受け継ぐわけでもなんでもなく、ただ形としてそうなったってだけだ。そら、なんか願いがあったんだろ。言ってみろ」 うながされてコウジは正月に、今は祖母だけが住む父の実家に行ったときのことを思い出す。蔵で、亡き祖父の残した――そして、在りし日の祖父が大事にしていたという品を見たときの、自分の想い。 「ぼく……」 意を決して、コウジは口を開く。 「ぼく、お金持ちになりたい」 「却下」 「ええ!?」 「却下だ。くだらねぇ」 男は、コウジの願いを切って捨てる。 「それになんだお前。自分の爺さんの遺品を見て、金になるかどうかを考えたのか? あ!お前さては、骨董品屋にでも売り払うためにランプを盗みやがったな!」 「ばあちゃんに貰ったんだよ! そりゃ、欲しいって言ったのはぼくからだけど」 「でも金にするつもりだったろ?」 「そ、それはまあ、ちょっとだけ。売ったら高いだろうな、って考えたけどさ」 「あー、あー、あー! この国は俺が寝てる間に、随分変わったな! 昔の子供はもっと純粋だったぞ!」 「うるさいなぁ。それより、却下ってなんだよ」 「はっ。お前みたいな奴の願いだから仕方ないけど、どうしようもないくらいくだらねえ。めんどくさいけど、ルールの説明からしてやる」 本当にめんどくさそうに、男が溜息を吐く。首をゆっくり回して、いかにもダルそうな素振りをしてから、説明とやらを始めた。 「まず第一、命を扱うような願いは叶えられない。俺はてっきり、コウゾウを生き返らせてくれと言われるとばかり思ってた。爺不孝者の鬼畜野郎が」 「しょうがないだろ。ランプに触れたときの願いを言えって言うんだから」 一応、コウジはそう抗議する。だが男は完全に無視。 「次、第二に、願いを増やすことはできない。願いは絶対に一つだけだ」 「ランプの精って、普通三つじゃないの?」 昔絵本で読んだ知識から、コウジはそう質問する。 男は、当然のように無視する。ケチ臭い。 「第三、心を変えることはできない。女が欲しいなら自分で落とせ」 「あんたに恋のキューピットは似合わないもんね」 男はコウジの声を、しつこく無視した。 余程力を入れているのか、男はふんぞり返っていた体を起こした。といって、前のめりの座り方になっただけだが。 ともかく男は、声のトーンを上げながら続ける。 「第四、はいこれがラストにして最も大事なルール。俺が気に食わない、ノンファンシーな願いは全て却下! よって金だなんだとかいう銀行でも襲えば済む程度の願いは全てボツ! ようするに、俺がルールだ!」 「なんだよそれ」 「それが俺のファンシーたるゆえんだ。小せぇ願いも、くだらん願いも、ファンシーの化身たる俺が許さん。世界を牛耳るくらいのファンシーでこい」 「とりあえず、ファンシーの意味をかなり履き違えてるってとこからつっこむべきかな?」 それこそ致命的な――ファンシーの化身を名乗る男の存在そのものを揺るがしかねない質問だったはずだが、彼は鼻で笑ってそれを一蹴する。様々な意味で、男に理屈は通じない。 非現実的なもののことをファンシーというのなら、たしかに男はどこまでもファンシーだった。 「で、あんたの言う『ふぁんしー』ってのは、具体的にはどんな願いのことなの?」 「色々あるが、まあ俺でなきゃ叶えられない願いのことだ。物欲は全般的に却下。でっかい願い事をしろ。金が欲しけりゃ、金そのものじゃなくて金を作る方法を願え」 「方法?」 「世界一のロックスターとか、そんな感じの願いなら考えないこともない。多分薬に溺れて、刑務所で最後を迎えることになるだろうけど」 「嫌だよそんなの。あんたの中でロックスターはどんだけ汚れた職業なんだよ」 「例えばだよ、例えば。とにかく、将来の夢とかないのか?」 「まだ決めてないよ。そんなの」 「はっ! つまんねーな。現代っ子は。夢がねえ」 「あんたに言われたくないな。ランプの精のくせに夢がない」 「あん?」 どうも心外だったようで、男は声を荒げた。 「ファンシーな俺こそ夢そのものだろうが!」 「悪夢だよ! 勝手に人の家に上がり込むヤクザなんて!」 「お前が金銭欲丸出しで俺を呼んで、更には家にも招きいれたんじゃねえか!」 「そ、そうか!」 思い至るところがあり、コウジは後悔とともにうめく。 「ぼくがお金が欲しいなんて考えたから、こんな闇金の擬人化みたいなヤクザが……!」 「いや、この格好は現代の服装の中から、俺がチョイスしたんだが。喋り方とかも。ほら俺、四十年ほど寝てたから、リアルに浦島太郎状態なんだよ」 「なんだ、良かった。元々ヤクザか」 ほっと、コウジは胸を撫で下ろす。 ヤクザな男は、呆れたようにつぶやいた。 「まったく。心と共にものの見方まで捻くれてきやがる。もういいから、早く願いを言え。できればその病んだ精神を矯正する方向の願いを言え」 「急に言われても……」 困惑して、コウジは尻すぼみにうめく。 これは不意に訪れた人生の帰路だった。 男の言うでっかい願いというのは、どうも今後の人生をも左右する類のものに思える。無難な路線は、また男に却下されてしまうだろう。自分に残された一生分の時間をどう使うか、ここで決めなければならない。それこそ、数年を費やして選び出さねばならぬ課題だった。会って数分の男に託していいようなものでは、本来ない。 コウジの迷いを察してだろう。男は口を開く。コウジの迷いが、理解できないといった口調で。 「ったく。なにを悩む必要があるんだか」 「だって、あんたが無理言ってるんだよ?」 「無理なことあるか。お前らは欲深いくせして、どうしてこんなことで悩むんだ? どうせ一つや二つ手に入れても、すぐに慣れて飽きるんだろ?」 「だからこそだよ。たった一つしか願いを言えないから、それで困ってるんじゃないか」 「だったらどうしてその一つで、『全て』を望まない?」 なんでもない疑問のように、男は言ったが―― その一言は、コウジにとって衝撃的なものだった。重たいものが頭部を一撃したようであり、同時にナイフの鋭利さで胸をえぐられたような、深く鋭い衝撃。 「……え?」 「だからだな。全てだ、全て。俺の力は全能じゃないから、なにもかも完璧にはできないが、それでも俺の持てる全てをお前にくれてやる。それができるから、叶える願いは一つなんだ。それ以上は全部余計だ」 できの悪い生徒に語りかけるように、男はコウジにそう言って聞かせる。似合わない説教のようだった。 「リスクとかは、ないの?」 「お前自身それを望まない限り、物理法則でもお前を縛れない。超人だな。ファンシー超人だ」 「じゃ、じゃあ……」 最後に、どうしてもこれだけは聞いておきたかった質問を男にする。最初から抱いていた疑問だ。祖父と男が、かつて出会ったことがあるのならば。 「じいちゃんが、あんたに願い事をしなかったのはどうして?」 「コウゾウか。あいつにもお前と同じようなことを話して、それで考える時間をくれと頼まれたんだ。それが四十年前のことだ。てっきり数日程度で答えが出ると思ってたんだが、まさかもう死んでたとはな。正直、驚いた」 感慨すら持たず、本当につい最近の話をするように、男は半世紀近く前のことを語る。外見の若さと口調の軽さでついつい忘れてしまいそうになるが、彼は少なくとも、死んだコウジの祖父より――おそらく、ずっと――年上だった。 「つーか、まさか四十年も寝過ごすとはな。道理でこの国の景色が一変してるはずだ。もう昭和も終わってるんだもんなぁ」 まあ、スケールこそ規格外だが、やってることはガキそのものだったが。 でかく、やたらと歳を食った子供に、コウジは言う。 「それじゃあさ、ぼくも保留ってことでいいかな?」 「お前もかよ」 困ったように、男は頭をかいた。だがその声の中に驚きや失望はなく、どちらかというと、納得に近い響きがある。コウジの答えをあらかじめ想定していたような、そんな響き。 「まあ、待つぶんにはいいんだけどな。死ぬ前に返事だけはしてくれ」 告げて、男はランプを手に取る。 「俺に会いたいと願ってこれに触れれば、お前の選択の結果を問わず俺が出てくる。それまでは、机の引き出しにでも入れておけ」 「っ!」 話しながら、ランプを持つ男の右手が細かい粒子になって崩れた。粒子は更に細かく、煙になって宙に浮くランプに吸い込まれる。激しい風化は手から、腕、肩と広がり、とうとう右半身を侵食した。 微塵の痛痒もない、笑いすら含んだ声で男は話す。残った左目が、サングラス越しにコウジを見つめた。 「それじゃあ、近いうちにな。ファンシーでいろよ」 そんな馬鹿なことを言い残して、男の片目も煙に化けた。彼の全身が、崩壊してランプに飲み込まれる。 糸でも切れたように、ランプがベッドの上に柔らかく落下した。音もなく、空っぽのランプが。 「…………あ」 圧倒されて陥っていた、今日二度目の放心から目が覚める。 もう誰もいない部屋には、コウジの独り言がよく響いた。 「あいつの名前、聞いてなかった」 「名前、か。忘れたな。随分前に」 扉が閉じきる寸前、こちら側の世界に飛び込んできたコウジの声を繰り返す。 今は完全に外とは隔たれた、彼の世界。声はその広すぎる世界に響くこともなく、溶け込むようにして飲まれる。 外の影響を一切受けない、閉ざされた世界。不純な光は入り込めるはずもなく、純粋な闇だけがどこまでも続く。上下左右もなく、時間軸すら外とは異とする。限りなく自由な、彼の檻。彼が作り、彼が入り、彼が閉ざした彼の場所。 時間にして千年ほどか。同属の中では若く、人としては長すぎる時間をここで過ごした。その間、多くの人間の望みを叶えてきた。男もいれば女もいた。望みを言わぬ者もいた。コウゾウがそうだ。 だが、コウジは違う。短い時間であったが、話してみて確信した。コウジには、なりたい自分がない。コウジは強気ではあるが、生きるというのはただそれだけで迷いも挫折もなく過ごすことができるものではない。コウジが壁にぶつかり、そしてその壁の向こうに目指すなにかがないのなら、必ず逃げ道を探す。ランプに再び触れる。 かつてある男がそうしたように、コウジは全てを欲し、全てをつかむ。全知全能に誰よりも近い至高となる。 そして。 「コウジは俺になる」 全てを手にすることは、同時に全てを捨てることでもある。人が望み欲するのは、欠けたなにかを補うためだ。喉が渇けば水を飲み、腹が減れば食事をする。それと同じ道理だ。 人はいつも乾き、いつも飢えている。 ならば全てが満たされていれば、なにも欲せず、なにも手に取らない。 全てを得て、全てを捨てる。 どこにでもいて、どこにもいない。 全にして無。 完成する呪い。 コウジは自分が望んだ姿になって、初めて知るだろう。自分が望んだ全が、無と同義であることを。自分こそが、人にかけられた呪いその究極となったことを。それに耐えられるほど、人の心は強くない。人の心にランプの精は踏み込めないから、コウジは自身の力だけでその苦悩を乗り切らなければならない。 全能に近くとも不死ではない。コウジは望めば、死ぬことはできる。死の安らぎを得るのが嫌ならば、自分に枷をつけることで力を封じるしかない。コウジに許されるのは、その二択だ。 「まあ、死にはしないだろう。生きてれば楽しみもある。俺のように」 己を封じる檻は、どこにでも作れる。特定の時間でも土地でも言葉でも、御伽噺にあるようなランプでもいい。封じた後どうするか。それもコウジの自由だ。仲間を増やすため、甘言をもちいて人に願いを叶えさせることでさえ。 コウジは、どの道を選ぶか。 不意に、その答えが降ってきた。 「……早いな」 世界に、一筋の光が差し込む。彼が眠りにつく暇さえなく、扉が開かれた。 外の時間はどれだけ経過しているのか。数時間程度かもしれない。二、三日経っているのかもしれない。四十年ということは、今回はないだろうが。 光が、徐々に闇を席巻する。枷が壊れ、彼の存在が外へと排出される。彼があらかじめ定めたルールとして、召還される際、力の大半を封じられることになる。力を全開できるのは、人の願いを叶えるときに限る。今のところ、このルールを改変するつもりは彼にはなかった。 その方が、ゲームを楽しむことができた。 前回のゲームは、彼の負けだった。だが連敗はすまい。 勝利を約束するように、光が世界を包んだ。欲望という呪いの鍵が差し込まれ、檻はもうその役目を果たさない。 視界が開け、外界の空気を感じる。 彼は問うた。 誰にでもない、皆に。 「よお。ファンシーか?」 |