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素直になれない子供達

 一年で一番好きな日と、嫌いな日はいつか?

 これは全国のPTA連盟が、小中学生を対象に実施したアンケートの一つである。
 戯れのようなこの質問から、実に興味深いデータを得る事ができた。
 好きな日がある程度人によってばらつきがあったのに対し、嫌いな日は半数以上の子供がある一日だと答えたのだ。
 ある一日とは?
 八月三十一日である。
 好きな日は元旦やクリスマス等に多少の偏りが見られたものの、自分の誕生日を挙げる子供も多く、かなりのばらつきが生じた。しかし、嫌いな日は八月三十一日におよそ票の六割が集まった。
 その理由は、
「夏休み最後の日だからか?」
「仰る通りです、総理」
 第百八代目内閣総理大臣である山崎徹に、秘書である北条玲奈は丁寧に返した。むしろ丁寧過ぎて慇懃無礼とも取れるくらいだが、さすがにそれはないと山崎は信じている。
「まさかこの難題をいとも容易く正解するとは、さすがは総理です。それでこそ日本のリーダーです。わー、すごいすごい」
「……そうか」
 たまに疑いたくなるけど、いや、常々疑問に思ってるけど、山崎は信じている。なにしろ、山崎がここまでの地位に就けたのは北条のおかげと言っても過言ではないからだ。山崎が外務大臣時代に携わった、日中韓の関係を積極的に向上させる通称トライアングル政策の成功は、当時二十五歳だった彼女の影の働き無しにはあり得なかったのだから本当である。将来有望な若きスーパーエリート、山崎の信頼は厚い。
 右手の中指で自身の銀縁メガネの位置を直しつつ、北条はアンケートの報告を続ける。その姿は正に『できる女』といった風情だ。
「この結果を受けて、委員会はさらに『八月三十一日にどのような印象を持っているか』という新たなアンケートを行いました」
「ほう」
「アンケートの結果を見ると、やはりマイナスな感想が目立ちました。例を挙げましょうか?」
「言ってみたまえ」
「わかりました」
 淀みなく返事をする北条。だが山崎はその一瞬、北条からちっと舌打ちが聞こえたような気がした。無論、思い違いだろうが。
「最悪の日、まじ鬱になる、死にたくなる、こんな日なければ良い、総理うざい。以上が主な例です」
「……最後のは?」
「子供の言う事ですから、どうかお気になさらず」
「いや、そうじゃなくて」
「どうか、お気になさらず」
 北条の迫力に圧され、山崎は口をつぐんだ。最後のは北条の本音ではないかと感じたが、これも勘違いだと思い込む事にした。
「今の子供達はそんな意見を持っているのか……」
 悲しい現実に山崎は眉を顰めた。
 そしてさらに、北条からもっと悲しい見解を告げられる。
「はい。総理がゆとり教育を撤廃したおかげで、夏休みの宿題が飛躍的に増大したのが、原因の一つに考えられます。それを鑑みれば、文句が『総理うざい』だけの現代の子供達は随分と豊かな心を持っていると言えるでしょう。私だったら『死ねクズ野郎偉そうに発言すんじゃねえくたばり損ないのハゲ親父が』くらいは迷いなく書き散らしますね」
「……」
「もちろん、良い意味でですけれど」
 何をどうやったら良い意味に取れるのか不思議でしょうがなかったが、山崎は誉め言葉として受け取っておいた。
「私が幼い頃八月三十一日と言えば、明日になったら学校で友人に会えると喜んでいたぞ」
 過去の自分に思いを馳せて、山崎は嘆くように呟いた。
 そこに北条が合いの手を入れる。
「外で遊びまわって真っ黒に日焼けしてればそれで良かった、あなたの時代とは違うんですよ」
「……」
 嫌な合いの手だった。
「言わずもがなですが、良い意味でです」
 便利な言葉だな、良い意味でって。
「さて、そこで一つ、提案があります」
「なんだ?」
「最近低迷している支持率を復活させる政策です」
 北条は淡々とその政策を説明した。
 それは一言で言うと、子供達が大嫌いな八月三十一日をカレンダーから無くすという内容だった。
「減らした一日の分は二月でまかないます。そうすれば総理は、子供の事を良く考えていると、たちまち世間で讃えられるでしょう」
「なるほど。うまくいくかね?」
「私が今まで間違った事がありますか?」
「いや、失礼」
 たしかに北条が失敗を犯した事はなかった。
 そして山崎は北条を信頼して、翌日記者会見で八月三十一日を無くすと発表した。
 だが、
「どうなってるんだ!? 全国の子供から苦情が殺到してるぞ!」
 山崎は声を荒げて北条を糾弾した。
 山崎の台詞通り、会見の後すぐに各地から「夏休みが一日減った!」と非難の声が続出したのだ。
「ま、まさか、こんなはずじゃ……」
 北条は珍しく狼狽したように言った。
「総理、どうやら私達は大変な誤解をしていたようです」
「何!?」
「子供達は八月三十一日が嫌いじゃなかったんです。彼らは皆ツンデレだったんです!」
「なんだと!」

 三日後。
 山崎は責任を取って総理を辞任した。


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