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ねみぃ。だりぃ。そんでもってかったりぃ。
退屈すぎんぜ。少しも笑えねぇ。初っ端からこれじゃ、この後も期待できねぇな。 唯一の面白ネタは、木魚を叩くおっさんの眩しいくらいの禿げっぷりだな。おっさん、朝日か。ライジングサンか。誰か、サングラスを、タモサンばりの濃いやつよろしく。 あ、おっさんの声が裏返った。 やばいってうけるから。やれば出来るじゃん、おっさん。ウィーン少年合唱団ばりじゃんよ。終始そのハイトーンヴォイスで、お経を攻めてくれ。 オレは思わずニヤケ面を浮かべ、喉を鳴らし、低く笑う。オレの声を耳にした、周りの連中から、じろりと音がしそうな視線が集まる。まるで不謹慎な奴を見るような視線だ。 まぁでも、しごく当然の反応だろうね。 だって今、葬式中だもん。 * 坊主はお経を熱唱して、すすり泣きのハミングつき。24時間テレビのエンディングばりの、ライブが、目の前で繰り広げられてる。 何だったら、オレがフルマラソンしてきましたみたいな勢いで、汗だくになって会場入りしてぇくれぇだ。 それにしても時化た空気だな。どいつもこいつも冴えない顔してやがる。同じような黒い服着やがって、ファッションかぶってるつぅの。その辺、事前に相談しとけってぇの。ピーコさんが、激怒してますよ? 全く、葬式じゃねぇんだから。 まぁ葬式な訳だ。むしろ葬式でセーフだな。仮装パーティだったら、欣ちゃんが中指立ててんね絶対。 そんな風に馬鹿面したやつらに、いろいろ突っ込みを入れていたら、ちょっと楽しくなってきた。 オレはうっかり、鼻を鳴らして笑う。そしてさっきのリプレイ映像。 オレは、「屁をしたのはオレじゃありません! 隣の人が怪しいっぽいよ?」ってな仕草で、危機を回避する。 オレは次なる面白ネタを探しがてら、会場中をぐるっと眺め回す。 はぁ。ったくよ。あんたら揃いも揃って、同じようなリアクションしか出来ないわけ? 辛気臭い面するか、すすり泣くか、それ以外の発想ないわけ? 全く分かってねぇよこいつら。なぁ相方。お前ならオレの気持ち分かってくれんだろ? いや、むしろお前の方がオレよりこの状況に、イラついてんじゃねぇの? 誰より笑いが好きなお前だもんな。 おし。他の誰もが止めても、オレが許可する。後世に語り継がれる、爆笑ネタを、棺おけの上で披露してくれ。 安心しろ、フォローはバッチリ入れてやる。仮に他の誰もが笑わなくとも、オレは腹の底から大爆笑してやんぜ。 オレはすぅっと視線を祭壇に移す。花に囲まれたメルヘンチックな、色白のお棺を見やる。 まぁ無理な話ってやつか。 何せこれ――お前の葬式だもん。 * 人間ってびっくりするくらい、呆気ない存在なのな。つい一週間前まですこぶる元気だったじゃん。見た目だって寝てるみたいなのにな。 でもさ、死んでんもんなお前。 本当にお前死んでんの? 振りしてるだけじゃねぇの? まぁ良いよ。仮に死んだこととするよ。 それでも、お前の死に方は頂けねぇよ。オレから言わせれば、0点だな。追試確定だ。「明日までに面白い死に方、考えてくるように」ってオレたちの担任風味で、お前に宿題プレゼントだ。 何だよ? 文句あんのかよ? お前が一番分かってるだろうよ。 だってよ、ただの交通事故なんだからな。1ミリの笑いもねぇ、つまんねぇ死に方だ。将来、お笑い芸人になりたいって言うお前だからこそ、オレは辛口なんだぜ。 仮に子犬を助けるために、車の前に飛び出して、死んだんならプラス10点だ。さらに相手が車じゃなくて、車団吉だったらプラス30点だぜ。 だけど、飲酒運転の車に引かれて死ぬのは、ベタ過ぎてつまらねぇよ。そんなの流行ってねぇから。それじゃ売れねぇよ。 本当につまらねぇ。がっかりするくらいつまらねぇ。飯が喉を通らないぐれぇつまらねぇ。テンション下がり過ぎて、吐き気がするくらいつまらねぇ。 ……少しも笑えねぇよ。 だけど安心しろよ。まだ敗者復活戦が残ってるぜ。もちろん挑戦するよな? 誰よりも笑いに貪欲だったお前が、これを良しとする訳ねぇもんな。 今すぐ立ち上がれ! お棺の蓋を蹴破って、飛び出せ! そこで一言! 大丈夫だ。そのノリなら大体何言ってもうけるから。舞台は整ってんぜ。「なぁんちゃって!」でも良し、「コマネチ!」なんてベタなのでも問題ねぇな。 オレ的に一押しなのが、「だっふんだ!」だな。きっと会場中の人間が、手足を動かして、あたふたしてくれるさ。 少なくとも他の誰もが笑わなくても、オレは声を張り上げ大爆笑してやる。ついでに目の端っこに涙を浮かべて、転げまわってやんぜ。 オレは一瞬たりとも、お棺から目を離さない。そうこうしてる間に、ビーズならぬ坊主の読経ライブは終了。最後まで聞いてくれたファンに感謝ってな勢いで説法を始める始末だ。 おいおい。このタイミングじゃダメなのか? お前欲張り過ぎじゃねぇ? 驚く坊主を前にして、爆笑コメント、これで会場は揺れるぜ? ……まさか、お前? お前んとこの、親父さんが締めの挨拶する瞬間狙ってる? それはちょっと引っ張り過ぎだろうよ。 それにお前家じゃ、寡黙キャラで通してたはずだろ? 行き成り息子の晴れ姿見せられたら、親父さんがびっくりして死んじまうんじゃねぇ? 今度はこの舞台装置そのままで、親父さんの葬式開始じゃんよ。さすがにそれは笑えねぇだろ。 それに言っとくが、オレは二度もあの坊主の読経ライブを聞く気はねぇ。 あ、分かったぜ。はぁ。お前はいつもそうだ。そうやってすぐオレを頼る。 お前、良い笑いのセンスしてんだから、たまにはピンでやってみんのも良いと思うぜ? 未だに、お棺の扉が開く気配はない。それどころか、ピクリともしない。 ったくよ。しょうがねぇな。それじゃいつもと変わらねぇじゃねぇか。 目の前の光景は、何ら劇的な変化もなく、式は滞りなく淡々と進んでいる。 ……ちぇ! 負けたよ! オレが友人代表の弔辞をする時に、飛び出して来いよ。その代わり、こういうのはインパクトが大事だから、ヒーロー戦隊よろしく激しいアクションで登場しろよ。 誰かがオレの名を呼ぶ。オレは声の先に、視線を送る。そこには手招きする葬儀屋の姿があった。 * 葬儀屋からは段取りについて、説明があった。そしてスタンバイよろしくオレは、相棒の親族が並ぶ席の近くにいた。 目の前では、深々とお焼香が行われている。相変わらず会場全体の空気は、どんよりしている。 お焼香をする人間、それに列を作る人間、すべからく当然のように辛気臭い顔や、涙で濡れた顔をしている。 オレはやれやれと首を、小さく振る。 こいつらまったく分かってねぇよ。なぁ相方。 お焼香の際には、一発ギャグのひとつでもするのが、お前にとっては最高の餞(はなむけ)なのにな。 誰よりの笑いが好きで、誰よりもみんなの笑顔が好きだった、お前だもんな。悲しい雰囲気なんて嫌だろ? みんなに笑顔でいて欲しいだろ? オーケー心配すんな。オレの友人代表の弔辞はもうすぐだ。そこで、オレとお前でデッカイ笑いのビックウェーブを作ってやればオールオーケーだぜ。しんみりムードもそこでお終いだ。 もう少しの辛抱だからな。 その時、司会進行の女性から、オレの名が告げられる。 どうやら、弔辞の始まりだ。それは伝説に残る爆笑弔辞の始まりと、同意義に違いない。 おし。いっちょやってやるか。お前、スタンバイしとけよ。ただでさえ、死んで体冷えてんだから、しっかり準備運動しとかねぇと怪我すんぞ。 オレは学ランのポケットから、弔辞用の紙を取り出す。そして薄暗い会場の中、スポットライトに照らされた、祭壇脇のマイクスタンドの前へゆっくり歩き出す。 あ、そうそう。今思い出したけどさ、オレさ、前からお前にひとつ文句言いたいことがあったんだよな。 いい加減、オレの下の名前を覚えろ! 相方のオレに対して、失礼ぶっこきすぎだろよ。まぁ葬儀の終わった後で、ごっつり説教な。覚悟しとけよ。 まぁ取り合えずは、爆笑弔辞に集中しようぜ。 オレはマイクスタンドの前に立つ。会場全体の人間がオレを見守る中、深々と会釈をする。 そしておもむろに、弔辞の内容が書かれた白い紙を広げる。 さぁ準備万端だ。相方、いつでもいいぜ。 オレの右脇にある祭壇。その中で一際目立つ、お棺は静かなまま。 どうした? 来いよ。まさかオレのことを心配してんじゃねぇだろうな? オレを舐めんなつぅの。伊達にお前と高校入学時から、つるんでる訳じゃねぇぞ。お前がどんなギャグをかまそうが、見事に突っ込んでやるぜ。 会場中が静寂に包まれている。 スポットライトに照らされ、黙り続けるオレに、すべての人間の視線が集まっている。 おいおい。お客さんが首を長くして待ってるぞ。みんなは主役の登場を期待してんだよ。分かるだろ。今日の主役は間違いなくお前だ。何せお前の葬式だしな。主役が居なくちゃ、幕は上がらねぇよ。 おい。ここしかないって。オレを信じろよ。お棺から飛び出すなら、このタイミング以外ないぜ。オレとお前が組んで、笑いを外したことがあるか? ないだろ? 自信を持って、飛び出せよ。 確かに今までにない、大舞台で客の数も半端ねぇけど、ここでびびってたらTVとか出られねぇぞ? 高校を卒業したらオレとコンビを組んで、一緒にお笑い芸人やるんじゃなかったのかよ? 1分ほど過ぎても未だに口を開かないオレに、周りがざわつき始める。会場全体も何事かと、小さな黒い波を作っている。 焼け付くようなスポットライトの明かりが、オレの額に汗の粒を作る。その汗が一筋つぅっと流れる。 急げよ。もう限界だ。これ以上、ひっぱても逆効果だ。 それに分かってんのか? このままお棺に入ってたら、お前、燃やされるんだぜ? 髪の毛が、アフロになる程度じゃすまないんだぜ? ダチョウ倶楽部の竜ちゃん程度の、リアクションじゃすまねぇくらいホットだぜ? ……最後は灰と骨だけになっちまうんだぜ? 言っとくがオレはキムタクのドラマみてぇに、お前の灰を舐めて「苦かった」なんてセリフ吐かねぇぞ! そんな体を張った、前振りいらねぇから! オレは嫌だぞ! 漫才コンビの相方が、骨なんて! 痺れを切らしたように、会場の喧騒が先ほどよりさらに大きくなる。 なぁ頼むよ! 起きてくれよ! もうギャグなんてやらなくても良いからよ! 今までみたいにオレの傍に居てくれよ! それでさ、今までみたいに馬鹿やって、くだらねぇことで笑いあってさ、一緒に毎日を過ごしてくれよ! オレの弔辞の紙を持つ手が、小刻みに震える。奥歯と奥歯をギリギリと噛み締める。ここ数日何も食えなくて、空っぽのはずの胃から中身が逆流しそうになる。 お願いだ起きてくれ! 笑えなくても良い! つまんなくたって構わねぇ! ……ただオレの傍にいてくれるだけで、良いんだ。 ……それだけで、良いんだ。 慌てた様子で、葬儀屋の人間がオレの傍に駆け寄ってくる。そしてオレの開かれた弔辞用の紙をみて、大きく目を見開いた。 そりゃ驚くだろう。オレの開いた弔辞用の紙は――白紙なのだから。 次の瞬間、オレは声を出して笑った。会場中に響くほどの大きな声で笑った。 唖然として会場のすべての人間が、言葉を失う。今までの喧騒が、嘘みたいにどこかへ行っていまった。そんな静寂に支配された会場には、オレの笑い声が良く響いた。 オレはふと思い出したのだ。それが妙におかしくて、思わず笑ったのだ。 よぉ相方。オレもひとつ謝らなければならねぇことがある。悪りぃ、オレもお前の下の名前さ、はっきり覚えてねぇわ。 オレは尚も笑い続ける。そして弔辞の紙を細かく破り始める。それを両手に包むと、天井に向かって一気に放り投げた。 まるで花びらが舞うように、ひらひらと薄暗い宙を、紙吹雪は漂う。 紙の雪が降る中でオレは、相方が眠るお棺に振り向き、こう言った。 「あばよ!」 そう、それだけ。だけどそれだけで十分なのだ。 オレはズボンのポケットに両手を突っ込み、歩き出す。会場のど真ん中を、出口に向かって進む。 オレや相方には、相応しくない、陰鬱な会場を後にする。 * 斎場の入り口の自動ドアを抜ける。オレは外の眩しさに目を細め、ぴたりと足を止める。 頭上には雲ひとつない、澄み切った青空が広がっていた。 秋口の少し冷たい風が、オレの頬を、髪を撫でるように、通り過ぎていく。 オレは再び歩き出す。どこへ行く訳でもない。ただ、田んぼに囲まれたあぜ道を、前へ前へと進むだけ。 オレは遥か遠くの地平線を見据え、最後にこう告げる。 おい相方! お前の所為で、明日あたりオレは先生なんかから、ごっつり説教受ける破目になりそうだぜ。責任取れよな。 まぁオレがあの世に行ったとき、”コンパのセッティングをする刑”くらいで、手を打ってやろう。心配すんな。まだ当分先の話だ。 何せオレは、これからお前の分も生きなきゃならねぇからな。お前の分も旨いもの食って、可愛い子と付き合って、怒って、泣いて、それで笑わなきゃいけねぇんだからよ。 言っとくがお前をこれから先、思い出してもオレは泣かねぇよ。むしろ思い出す度に、笑ってやる。大爆笑してやる。 でも今日は勘弁してくれよな。今だけは許してくれよな。 明日からはいつも通りのオレに戻るからさ。お前の相方だった、お前が好きだと言ってくれたオレに戻るからさ。 だから――――泣くのはこれが最後だ。 あばよ、相方。 |