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お父さんは魔法使い

「パパね、魔法使いになろうと思うんだよ」
 寝言は寝て言おうよ、パパ。
 貴重な日曜日の朝の眠りを奇天烈な発言で邪魔するなんて、余裕で父親失格よ、ダメ親父。
「いいだろう? 魔法使いは便利だぞ、エナだって楽できるようになるんだ」
 へぇー、すごいねー、夢いっぱいだわお父様。
 聞こえないふりで二度寝をきめこむあたしを、パパは許さない。
「ほら、おととい引っ越してきたお隣さん、知ってるだろ? あの人、ホンモノの魔女なんだよ! それでパパにも魔法を教えてくれるんだ。約束したんだよ」
 ああ、なるほど。
 確かに新しいお隣さん、若くて美人でパパ好みよね。
「なあエナ、すごいだろ? すてきだろ? パパにはまだまだ無限の可能性が……」
 あたしはついに睡眠を諦めた。
「うるさいっ!」
 お気に入りの若草色の掛け布団をパパの若々しいお腹めがけて蹴り上げ、顔をうずめていたパイプ枕をパパの顔に叩きつけてやった。
 至近距離での二連攻撃にはさすがのハイテンション親父もひるむ。
「朝っぱらからなに? おかしいでしょ、妙でしょ、間違ってるでしょ?」
「え、あ……」
 私とそっくりな二重の瞳をまんまるにして、口をあけっぱなしのパパは固まった。
 小学六年生ともなれば女の子の体はそれなりに変わってくる。娘のプライベート空間に土足で踏み込む変態親父が硬直しているスキに、あたしはパジャマの乱れを整えた。
 まだ眠りにしがみつこうとする頭を無理やり動かし、私は説教モードに自分を持っていった。ベッドの上に正座して、ひょろっとしたパパを見上げてキッとにらみつける。
「河原家ルールその16、休日の朝は?」
「……貴重な睡眠時間なので相手を起こさない」
「河原家ルールその5、お互いの部屋は?」
「……プライバシーを尊重し、無断で入らない」
 よくできました。覚えてるんなら守ってよね。
 だいたい、河原家ルール自体、社会的人間的に問題がありすぎるパパを更生させるために私が苦心してつくってあげたのに。肝心のパパがこれじゃ意味ないじゃん。
「うぅ、エナ」
 娘を前に肩を落としてしゅんとなるパパ。父親の威厳も何もない。私がしっかりして、パパをまっとうな父親にしてあげなきゃならないんだわ。
「次から気をつけてよね。おはよう、パパ」
「もちろん! おはよう、エナ!」
 娘に許されたのがそんなに嬉しいのかしら? パパのハイテンションは高速復活を遂げた。


 パパがトーストを焼いてコーヒーを淹れてくれる間に、私は目玉焼きを作った。父子家庭も三年目になる。役割分担だって完璧なものだ。
 六人がけの大きなダイニングテーブルに二人っきりで向かい合って座る。パパはいつもどおりコーヒーに角砂糖を六個も放り込んだ……ありえない。こんなのってコーヒーに対する冒涜だ。
「へね、エナ、ふぁふぁの、さっきのふぁなしなんらけろ」
「食べ終わってからしゃべる!」
 まったくもう。パパったら子どもみたいに口いっぱいにトーストをほお張って、ほほ袋ふくらましてるリスにそっくりだ。
 極甘コーヒーでトーストを流し込み、パパはしゃべりだした。
「だからね、エナ。さっきの話だよ」
「話って?」
「パパ、魔法使いになるんだよ」
 まだ言うか、このドリーム中年。
「え、エナ、顔がコワイよ……」
「パパ、お隣さんが好きなら素直にそう言って」
 パパはコーヒー風味の砂糖水を漫画みたいに噴き出した。
「何を言うんだよ、エナ。お隣さんはパパの先生だよ。さっき説明したじゃないか、誤解だよ、勘違いだよ、冗談はやめてくれよ、エナ」
 生活力はないし、デリカシーはないし、常識もない。ないないづくしのクセに外見だけは人並み以上のパパだ。女関係の問題なんてあたしは今さら驚かない。
「お隣さんは魔女なんだ。すっごい力を持っててね、パパにも教えてくれるんだよ」
 魔女に魔法だなんて。いくら非常識なパパでもここまでくると呆れてものも言えない。
「証拠は?」
「へ?」
「証拠。パパがぶっとんでるのにはもう慣れたけど、今回はひどすぎ。本気だっていうならお隣さんを魔女と決めつける証拠をあげて」
 ぴしゃりと言い切ってやった。
 パパは目玉焼きの黄身をフォークでつっつきはじめた。都合が悪くなると子どもみたいな行動にでるのはパパのクセだ。
「証拠がないならあたしは信じないからね」
 あーあ、哀れ目玉焼きの黄身はぼろぼろだ。お皿の上にまで流れ出した黄身を、トーストの耳で作った堤防で堰きとめようとして、パパはお皿を真剣に見つめている。
「証拠は……あるよ」
 え?
「パパ、昨日見たんだ。パパね、朝顔に水やり忘れたの思い出して、夜に庭にでてたんだ。そしたらお隣さんがベランダにでてた。真っ黒いワンピースで、片手にほうきを持って、歌ってたんだよ! もう間違いないじゃん、これで黒猫でてきたら完璧だよ!」
 なーんだ。証拠があるなんて言い出すから驚いたわ……って、一瞬でも信じかけた自分を殴ってやりたい。
「パパ、そんなんじゃ証拠にならないでしょ。お隣さんがそのほうきで空でも飛んだっていうなら別だけど」
「飛んだんだよ!」
 ちょっと! テーブル叩いたからオレンジジュースがこぼれたじゃない! パパの馬鹿っ!
「飛んだんだ! ほうきにまたがって、ベランダからジャンプしたんだよ。パパもほうきで空飛びたいんだ。だから、お隣さんが帰ってくるまで庭で待ってて、直接お願いしたんだよ。そしたら快く応じてくれて」
 こぼれたオレンジジュースをふき取ろうともしないで、パパは熱っぽく早口でまくしたてる。
「すごいだろ? 魔法使いになって、ほうきで空が飛べるようになったら、パパは真っ先にママを迎えにいくよ。パパが魔法使いになったらママだってきっとパパのこと見直して……」
「やめて」
 そういうことか。あたしは自分の声がすごく冷たくなるのを意識した。
「ママの話なんかしないで。あの人は絶対に戻ってこない」
 いつだってそう。パパは現実を見ない。ママは戻ってくるって本気で思ってる。
「まだわかんないの? パパもあたしも捨てられたんだよっ」
「エナ、ごめん」
 パパが、謝った?
 あたしの熱がすーっと冷めていく。ひどいこと言っちゃったな。パパは今気づいたように、ティッシュでジュースをふき取りはじめた。
「ごめんな。パパのせいだよ、わかってる。でも今度は大丈夫だ。パパはきっと魔法使いになって、エナを幸せにしてみせるから」
 こぼれたジュースはパパのティッシュに吸い込まれてきれいになくなった。だけど、減ってしまったコップのジュースは戻らない。
 あたしはパパに答えなかった。パパの焼いてくれたトーストを半分残したまま、自分の食器をまとめて流しにもっていった。
 パパは、愛嬌のある顔に困ったような笑顔を浮かべて私を見ている。ごめんね、パパ。お互い頭を冷やしましょう。
 魔法使いになるとか言い出す前に仕事探そうよ、ニート親父。
 喉まででかかった言葉を飲み込んで、私はパパを残してダイニングを後にした。


 パパは若くてカッコいい。誰にでも愛想がよくて、調子がいい。イロオトコのくせにお人よしで、要領が悪い。
 そんなだから、上司の奥さんとの不倫の噂が原因で会社を辞めさせられて、ママに愛想を尽かされるんだ。
 でもあたしは知ってる。パパ、ほんとは不倫なんかしてないってこと。帰りが遅かったり、休みの日に朝早く出かけたりしたのは、隠れて一人で一輪車の練習してたから。どっちが上手かあたしと競争してたの。急にうまくなったのに驚いて理由をきいたあたしに、パパは秘密練習のこと話してくれた。
 いつだってそう。パパは絶対反論しない。上司の奥さんの浮気相手は全然別の人で、ずるい奥さんはその人を守るためにパパの名前をだした。
 どうして本当のことを言わないの、とあたしは怒ったけど、パパはただ困ったように笑っていた。昨日の朝と同じあの笑顔。自分ひとりが我慢すればみんなうまくいくって馬鹿みたいなこと信じてるパパ。
 そんなパパだから、あたしがちゃんとして悪い人から守ってあげなきゃ。
 何が魔女よ。ほうきで空を飛ぶ? パパったら寝ぼけてたに違いないわ。だいたい、朝顔の水やりは朝にするのが基本でしょ。
 パパをたぶらかしたお隣さんに抗議すべく、ランドセル姿も凛々しいあたしは隣の家の前に立っていた。
 ごくごくありふれた建売の一戸建て。うちとほとんど同じ見た目だから、きっと中も似たようなものだろう。生意気なガキのいる幸せ家族が引っ越して、せいせいしてたところにやってきた新しい住人。お蕎麦を持ってあいさつにきたお隣さんは、色の白い人だった……そういえば、あの時も黒のワンピースだったわね。
 平日の午後に家にいるか心配だったけど、チャンスは今しかない。無職のパパは基本的にいつだって家にいるのだ。お隣さんに直談判しに行くところを見られるのは嫌だ。今日はハローワークに行くと言ってたから大丈夫なはずだ。
 チャイムを鳴らす。ああ、この音までそっくり同じね。
『はい』
「あの、隣の河原です」
 いた。あたしの気が引き締まる。
『あ、はい。ちょっとお待ちください』
 言葉通り、ほどなくうちと同じデザインの玄関ドアがあいて……
「パパ?」
「やあ、おかえりエナ!」
 足の長さを強調するジーンズ姿も眩しいパパが現れた。玄関口の階段を二段とばしで飛び降りて、あたしを抱きしめる。
 ハローワークはどうしたんだ、嘘つきめ。
「エナちゃんも来てくれたのね」
 パパに続いて現れたお隣さんはやっぱり黒いワンピース姿だった。長い黒髪を活動的にまとめあげている。柔らかな微笑みを浮かべた眼差し。切れ長の一重だ。
「わかってくれたんだね、エナ! 魔法使いの弟子デビューしたパパを応援しにきてくれたんだね!」
「ちょっ、離れてよパパ!」
 あたしをきつく抱きしめるパパからはいい匂いがする。勝負香水なんかつけやがって、しっかり色気づいてるじゃない。
「どうぞ、あがって」
 お隣さんの生暖かい笑顔が嫌だ。微笑ましい親子愛の光景だとでも思ってるんだろう。
「そう、それがいい。いらっしゃい、エナ」
 あんたの家じゃないでしょ、パパ。
 あたしは小学生らしくない溜め息をつき、陽気なパパの後に続いた。
 はじめて見るお隣さんの家の中。女性の一人暮らしにはちょっと広すぎる家だと思うけど、意外とものが多い。
 とにかく目につくのは絵だった。額縁に入ったものから、キャンバスのまま積み上げられてるものまで、お隣さんが描いたのかしら?
 家の中を満たす絵の具の匂い。どう考えても魔女ってイメージじゃない。
「散らかっててごめんなさいね」
 じろじろ見すぎたかもしれない。恥ずかしそうなお隣さんの言葉に、あたしは少し反省した。
「すごいだろ、エナ。お隣さんは魔女で画家なんだ」
 なるほど。画家なら昼間っから家にいるのもうなずける。てゆうか、面と向かって本人の前で魔女よばわりするなんて、パパ非常識にもほどがあるよ!
 うちと同じで日当たりのいい居間に通されて、お茶をごちそうになる。壁に飾ってある絵は自信作なんだろう。誰もいない部屋の絵。明るくて、かわいらしい部屋が柔らかなタッチで描かれている。優しいのに寂しげな印象の絵だった。
「ごめんなさい、お茶菓子きらしちゃってて」
 申し訳なさそうにキッチンからでてくるお隣さん。
「お構いなく」
 礼儀正しく答えるあたしを、パパがさえぎった。
「あ、じゃあうちから持ってきましょう! ほら、昨日エナが焼いてくれたクッキーがあったろう?」
 予定より早く起こされて、時間ができたから焼いたクッキーがあるのは確かだ。パパったら喜んで焼きたてを食べようとして危うく火傷しかけてたわね。
「あれがいい! ちょっと待っててくださいね、すぐ戻ります」
「ちょ、ちょっと待っ」
 止めるスキもありゃしない。パパは子犬みたいな勢いで飛び出していった。自由すぎるよ、パパ。
 残されたあたしとお隣さんは言葉を失ってしばし見つめあう。こらえられなくなってふきだしたのは、お隣さんが先だった。
「面白いお父さんね」
「……すいません、変な父で」
 もう、穴掘ってでも入りたい。
「いいえ、素敵なお父さんだわ」
「いえ、魔女だなんて言い出して、びっくりしたでしょう?」
 あれ、なんであたし謝ってるんだろう? あたし確かお隣さんにパパをたぶらかすなって文句言いに来たんじゃ……調子狂うなぁ、もう。パパのせいだ。
「お父さん、魔法使いになりたいんですってね」
「あの、無視してください。ってゆうか、忘れてください。ご迷惑かけてすみませんでした。私が責任持って連れて帰りますので」
「気にしないで、本当のことだから」
「いいえ、本当に……本当?」
「お父さんの言ってることは本当よ。私、魔女なの」
 えーっと、つまり、そういうこと? この人もパパと同じ? つまりキテるのね……神様、どうして私のまわりには普通の人間がいないんですか? 試練ですか? あなたの息子さんと違って私は人類を救おうなんて崇高な志ないです。小市民です。お願いです、平穏と平凡をください。
「馬鹿にしないでください」
「エナちゃん?」
「そんな子ども騙し、パパならともかくあたしはひっかかりませんよ」
 お隣さんが文字通り魔女に見えてくる。もちろん、魔性の女って意味だけど。
 大人の女はやっぱり信用できない。ママだって、本当は自分が浮気してたくせに、全部パパのせいにして出ていった。お金持ちの旦那さんに乗り換えて、今頃きっと幸せなんだろう。今でも毎月あたしの養育費とかいって相場から考えれば多すぎるお金を振り込んでくるのが、後ろめたい気持ちの証拠だ。
「エナちゃん、待って」
 待つもんか。あたしはソファの下に置いてあったランドセルを引っつかみ、居間のドアを力任せに……開かないんですけど!
「待って、お願い」
「何したんですか?」
「ごめんなさい、話をきいてほしくて」
 にらみつけるあたしの視線を受けて、魔女は小さく指を鳴らした。途端に、さっきまでびくともしなかったドアが手もふれてないのに自動的に開く。
 ……どんなトリックがあるんだろう?
「お父さんは信じてくれたんだけどな」
 困ったような笑顔。どうしてパパと同じような顔するの? それじゃまるで私がわがままで困らせたみたいじゃない。
「……ほうきで、空を飛ぶんですか?」
 おかしいよね、変な大人に子どもがあわせてあげるなんてさ。
「空が飛べたら信じます」
 パパもそれで信じたんだから。
「わかったわ」
 お隣さんの笑顔が変わる。心から嬉しそうな顔。魔女の笑顔だなんて思えない。
「まだ明るいから目立っちゃうかもしれないけど……じゃ、晩御飯のあとにしましょう」
「晩御飯?」
「一緒に食べましょう。お父さんもちょうど戻ったみたいよ」
 なんか、向こうのペースに乗せられた気がするわ。
 お隣さんの言葉通り、特大のクッキージャーを抱えたパパが玄関から飛び込んでくるのが目にはいった。
 いいわ、困った大人たちにつきあってあげる。


「いやぁ、おいしかったです」
 晩御飯のメニューはハンバーグ。父子家庭の娘、すなわち小学生にして家事のエキスパートたるあたしから見ても、かなりイイ線いってる料理だったと認めざるをえない。
 パパに至ってはテンションあがりっぱなし。あたしだって、三人で囲む食卓はまるで家族みたいで……悪い気はしなかったよ。
「さあ、それじゃそろそろはじめましょうか?」
 お隣さんに続いて、ベランダにでるあたしたち。パパが見たベランダだ。ちゃんとほうきも立てかけられている。
「昼間は目立っちゃうからね、飛ぶのは夜って決めてるの」
 ほうきを手に取り、おもむろに柵を乗り越えるお隣さん。
「あれ、歌わないんですか?」
 目をきらきらさせながらその様子を見ていたパパが言う。
「あれは、趣味です」
 恥ずかしいのか、ちょっと頬を赤らめてお隣さん。
「あれが呪文かと思ってました。呪文なしかぁ、すごいな、エナ!」
 パパはお隣さんが飛べると信じて疑ってない。あたしはそんなに気楽じゃないわ。勢いで飛べたら信じるなんて言ったけど、どう考えても飛べるわけがない。二階のベランダから落ちたら冗談じゃすまない。
「あの、本気ですか?」
 やめた方がいいよ、やっぱり。
 しかしお隣さんは余裕の笑みだ。
「もちろん。いつもやってることよ」
「いい! 夜の空中散歩! ロマンチックだな、エナ!」
 パパは黙っててほしい。
「ええ、気持ちいいですよ。そうだ、エナちゃんも一緒に飛びましょう!」
 は?
「良かったな、エナ。パパ羨ましいよ」
「ちょ、待って!」
 あたしの悲痛な訴えは二人の夢見る大人の前には無力だった。
 お隣さんに手をとられ、パパに軽々と抱えられて柵を越えさせられる。気づいた時にはお隣さんの腰に手をまわし、あたしはほうきにまたがっていた。
「行きます!」
「え、やだっ」
 お隣さんがベランダを蹴る。
 もう駄目だ、無理! あたしはぎゅっと目をつぶった。
「エナ、すごいぞ!」
 子どもみたいな歓声をあげるパパ。平和すぎるその声に、あたしはおそるおそる目を開けた。
「うそ……」
 目を開けると同時に、緊張もとけたのだろう。全身の感覚がいっせいに目を覚ました。顔に体に吹きつける風。おそるおそる見下ろすと、二階のベランダにいるはずのパパが、ずいぶん小さくなって手を振っている。
 飛んでる! あたし飛んでる!
「これで信じてくれる?」
 嘘じゃなかったんだ、お隣さんは魔女だったんだ。
「あ、はい」
「怖くない?」
「大丈夫です」
 高所恐怖症じゃなくて本当によかった。
「じゃ、もうちょっとつきあってね」
 お隣さんの背中にしがみつき、あたしは夜空を飛んでいく。パパの姿ももう見えなくなった。
「どうして、こんなことできるんですか?」
「魔女だから。エナちゃんだってできるようになるかもよ」
「魔女って、なれるもんなんですか?」
「あら、お父さんはなるつもりよ」
 お隣さんが魔女だっていうのはわかる。でも、それはやっぱり特別なんだと思う。パパみたいな人には無理だと思う。
「魔法は特別なことじゃないの。お父さんは素質あると思うな」
「パパが?」
「魔法を信じてくれるし、エナちゃんのことすごく大事にしてるからね」
 パパが親馬鹿なのはよくわかるけど、それと魔法使いの素質とがどう関係するんだろう。
「信じる気持ちが魔法を作り、誰かを想う気持ちが魔法を強くするの」
「お伽話みたいですね」
「かもね。エナちゃんは信じる?」
 そんなお伽話、あたしは信じられない。だからあたしはきっと魔女にはなれないだろう。
 でも、パパなら確かにぴったりだ。
「あたしは……パパを応援することにします」
「エナちゃんは強いね」
「あたしがしっかりしなきゃ駄目なんです。パパ、いい人すぎて頭悪いから」
 この状況って、相手の顔見ないで話せるからいいな。
「ほんっと馬鹿なんです。魔法使いになればママが戻ってくるって信じてる。そんなことありえないのに。ママ、もう再婚してるんですよ」
 今のあたし、ちょっとおかしい。こんな愚痴、誰にもこぼしたことないのに。
「お父さんは、お母さんを愛してるのね」
「おかしいですよね。ママはパパとあたしを捨てて違う人のところに行っちゃったのに。パパだって、ママがいなくなってからは平気で女の人にくっついてっちゃうくせに。何で今さら……ママなんかいなくたって、あたしはパパがいれば十分なのに」
「エナちゃん?」
 うまくしゃべれない。なんで泣くんだ、あたし。
 お隣さんは優しい。その後も、何も言わずに空を飛び続けてくれた。
「そろそろ、戻ろっか。お父さん心配しちゃうからね」
 ああ、あたしの涙が乾くまで、待っててくれたんだね。そういう気の使い方もパパそっくり。お伽話の魔法使いって性格悪い人ばっかりだけど、本物の魔法使いはみんな優しいのかもしれない。
 ねぇ、お隣さん。お隣さんの魔法はどこからやってきたの?
 胸に湧き上がってきた自然な問いかけを、あたしは口にはださなかった。今はまだ、お隣さんの優しさに甘えていたかったから。
「おかえり」
 あたしが戻ってくるなり抱きしめてくれるパパ。
「ただいま、パパ」
「な、お隣さんはすごいだろう? すぐにパパも立派な魔法使いになるからな。魔法使いになったら」
「ママを連れ戻すんでしょ」
「……エナはママに戻ってきてほしくないのか?」
驚いた。上機嫌のパパが私の様子に気づくなんて。珍しいことが起きたから、あたしも珍しく本音を伝えることにしよう。
 あたしは黙ってうなずいた。
「そっか。じゃ、ママに戻ってくれるようお願いするのはナシにしよう!」
 即答だった。
「えっ、だ、だってパパ、ママのこと好きなんじゃ」
 この反応は予想外だ。あたしらしくもなく動揺してしまう。
「もちろんママのことは好きだよ。でもパパはエナのことがもっともっと好きだからね。エナの幸せがパパの幸せに決まってるじゃないか」
 黙って成り行きを見ているお隣さんが微笑んでいる。もう、パパったらなにこっ恥ずかしいこと言ってるのよ。
「だからエナがママに帰ってきてほしくないなら今の話はナシだ」
 パパったら、なんて親馬鹿なんだろう。
「ありがとう、パパ」
 あたしから抱きしめるなんて、思えば久しぶり。パパの体は意外と大きくて、あたしは守られてるみたいで安心した。変なの、パパを守るのはあたしの方だったはずなのにね。
「パパは、エナだけの魔法使いになるよ」
 うん、大好きだよパパ。きっとすごい魔法使いになってね。


 こうして、あたしのパパは魔法使いになった。厳密にはまだ魔法使いの弟子なんだけどね。パパの師匠でもあるお隣さんとの交流が増えて、河原家はずいぶん賑やかになったと思う。これはいいことだ。ただ、パパが覚えたての魔法を家中で実験するもんだから、うちの中は悪意のない罠だらけ。危なっかしくてかなわない。
 それでも、パパが大好きだから許しちゃうんだけどね。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。

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