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吉沢さんと私

 死体が転がる。
 勢い良くごろごろと。
 約50度の角度の坂は、上から見下ろすと垂直の崖に見える。
 こんな凄い坂を、吉沢さんは青い死体袋に入って恐れもせずに転がり落ちて行く。
 200kgの巨体は吉沢さんの気合の様に勢いを加速させていく。
 すごいよ吉沢さん。
 頑張って吉沢さん。
 私にはこうして送り出すしか出来ないけど、ずっと応援しているからね。
「助走介添人の方々は、ゴールゲートへ移動してください」
 係員さんの指示に従って斜面エレベーターに乗り込むと、窓外に坂を転がる死体袋の集団が見える。
 規定の青い袋に色とりどりのゼッケンが映えていて、氷点下に近い凍った斜面を勢い良く滑ったり跳ねたり、死体袋が活躍しているわ。
 この斜面の遥か下、ゴールゲートにはたくさんのギャラリーが集まって、予選の様子を見ているはず。
 吉沢さんのピンクのゼッケンを探す、私の他の介添人達は自分の選手を見つけてしきりに応援しているけど、私は早い動きに彼女を見つける事が出来なくてだんだん不安になってくる。
 大丈夫かな吉沢さん。途中の岩や木に引っ掛かったりしてないかしら。
 ドキドキしていると遥か下の方から大きな歓声が響き渡った。
 エレベーターの電話が鳴り係員さんが応答すると、彼は驚いたような声を上げた。
「ゼッケン48番の介添人の方」
 私だ。ああ、やっぱりアクシデントだわ。吉沢さん大丈夫かな。
「はい」
 返事をすると係員は興奮して手を振り回した。
「新記録です。48番ゴールしました!」
 回りの人達がどよめく。
 私は声も出なくて、選手移動用の棺桶キャリーの取っ手を握り締めた。
「おめでとう、予選通過です」
 にこやかに頷く係員さんと、口々に労ってくれる人達に御礼を返しながら、選手達より遥かに遅いエレベーターの扉が開くのを待った。
 すごいよ吉沢さん。やっぱり貴女はやる時はやる人だわ。

 ローリング・デッド選手権ってしってる?
 1年以内に死体になった体重100kg以上の方々によって競われるスピード競技。
 世界的な大会もあり、日本での選手権には日本中の有志が名乗りを上げてエントリーする人生最後のイベントで、この白馬スキー場近くの特設会場で、今年の日本の覇者が決定されるの。
 私と、親友の吉沢さんは今年の大会に出場したわ。
 予選は断トツの1位。しかも大会記録を30秒も更新した大記録で。
 吉沢さんって本当に凄い。
 私は沸きに沸く会場を、棺桶キャリーに納まった吉沢さんを押しながら、選手バドックへと意気揚々と進んで行った。

 パドックでは、監察医の検査を受けて損傷の程度を調べられる。
 この度合いの軽重で更に記録が変わっていくの。
 速くて無傷。これが優秀な選手の決め手。
 吉沢さんは勿論かすり傷一つ無い、完璧な状態だった。
 これで記録にメディカルポイントパーフェクトが追加されて、吉沢さんの記録は不動の物となったわ。
「こんなに凄い選手は看たことがありませんよ」
 そう言ってくれる監察医さんに大きく頷く。
「ええ! 彼女は最高なんです」
 微笑みを返してくれる監察医さんのコーナーから、次の場所へと急ぐ。
 ここが1番大事なの。
 だってこの記録を吉沢さんと喜ばなくちゃ。
 バドックの一番奥にはイタコさんが数珠をちゃらちゃら鳴らしていた。
「トモちゃん」
 クチヨセされた吉沢さんはイタコフィルターのせいでほんの少し津軽訛りで私を呼んだ。私が今のところの順位と記録を興奮して報告する。
「えがった〜優勝狙えっがな?」
 嬉しそうな声に私も大きく頷く。
「うん! 絶対だよ。凄いよ吉沢さんは」
 感極まった私は、吉沢さんの巨体に抱き着いた。ひんやり冷たいけど、いつものように弾力のあるお腹が私を受け止めてくれる。
 ああ、死んでるなんて信じられないよ、吉沢さん。
 

 本選でも、吉沢さんは快進撃を突き進む。
 第1次も第2次も、吉沢さんは1位、メディカルパーフェクトだった。準決勝でほんの少し死体袋が切れたけど、そんなのたいした事じゃ無い位の記録を叩き出したわ。
 そして次はいよいよ決勝戦。
 パドックで最終戦のための補修メンテナンスを受けている吉沢さんを眺めながら、私の頭の中で彼女との3年間が走馬灯のように駆け巡る。
 内気で引っ込み思案な私には、吉沢さんは憧れで理想だった。出会いは入学式。
 新入生総代で謝辞を読む吉沢さんに、私はものすごく感動したわ。
 170を越える高い背に、200kgの重量感。トップ入学の知的な黒い瞳が銀縁眼鏡の奥で光ってた。ほんとに素敵だと思ったのよ。
 薄茶の天バーに色素の抜け捲くったちびで痩せっぽちの私と比べて凄く堂々としてた。でも私には遠い人、そう思ったのになんと彼女が隣の席になったの。
 あの時は嬉しかったなぁ。
 吉沢さんは気さくで面倒見が良くて、私はすぐに大好きになったわ。彼女も私を気に入ってくれて、親友って言えるようになるまですぐだった。それから三年。夏休みや冬休みだって遊びに行ったし、勉強を見てくれたり、私に言い寄ってくる男子を撃退してくれたり、吉沢さんは凄く優しい自慢の親友だった。
 でも、吉沢さんは二週間前に死んじゃった…
 マラソン大会の最中、巨体過ぎて走れないからって走る私の応援をしていた彼女は、心不全で倒れてそれっきり。
 悲しくてずっと泣いてたけど、ご両親から彼女が自分が死んだらローリングデッド選手権に出たいと日記に書いていたって聞いて、助走介添人になろうって決めて、火葬を待ってもらったの。
 これが、吉沢さんと私が最後に出来る事だもん。
 大会が終わったらお別れだけど、頑張ろうね、吉沢さん。

 決勝戦は強豪どうしのせめぎあいだわ。
 でも吉沢さんのライバルと思えるのは一人しかいない。
 ゼッケン29。
 身長189体重320kg
 自分の重さで死んじゃったって人。
 青い死体袋がパンパンだわ。だめよ私。吉沢さんは負けない。絶対優勝するんだから。
 この日の為に私だって頑張ってダンベルで腕を鍛え上げたのよ。いまなら片腕で10kg持てるもん。ついでにバストアップもできたから、これも吉沢さんのお陰だね。
 スタートランプが赤から青に変わる。
 私は渾身の力を篭めて吉沢さんを押した。
 コースを見極めて、吉沢さんがもっとも転がりやすいルートに押し出してやると、死体袋は勇躍飛び出していったわ。
 選手達が坂を転がる。そしてエレベーターの中で、私は必死で神様に祈ってる。
 神様。吉沢さんを勝たせて。
 吉沢さん頑張って。
 今までにないほどに会場が沸き返るのが聞こえてきた。
 思わず両手を組んで胸を押さえ、電話に応答する係員さんの背中を見つめて、小さく震えちゃう。
 吉沢さん。吉沢さんっ! どうなったのかな、怖いよ。
 係員さんが振り向くまでが長い時間に感じられたけど、振り返ると私を見つめて満面の笑顔を向けてくれた。
「48番。優勝です!」
 私の回りでも、歓声が沸き起こった。

 そして、今日。
 私と吉沢さんはアンカレッジへと出発する。
 飛行機の貨物室へ吉沢さんの冷凍棺桶が収まっていくのを確認してからゆっくりと搭乗ゲートへむかう。
 表彰台のシャンペンシャワーの後で、吉沢さんの袋についたシャンパンを拭いていると、大会委員会の会長さんがやって来て、半月後にアンカレッジで開かれる世界選手権に出ないか? って聞いてきたの。
 私はびっくりしてそしてイタコさんの所へ走ったわ。もちろん吉沢さんの意思を聞くためよ。
「おら、いくだ」
 イタコさんを通して、吉沢さんは二つ返事で世界大会出場を決めた。当然介添は私の役目よ。
 それにね、来年の大会ポスターのモデルにって、私と吉沢さんへオファーも来ているのよ。私には後、ヴォーグなんていうところからもモデルのオファーが着てたけど、そっちは世界選手権が終わってから考えるわ。

 だから今日、私達は旅立つの。
 世界に向かって。
 これからも、ずっと一緒だね、吉沢さん。


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