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G・H・E奮闘記

「なぁ、ゴッドフィンガー」
「何だ? ホッカイドウ」
 ホッカイドウがゴッドフィンガーに最後の確認をする。
「本当にやるのか?」
「当たり前だ」
 もう一人、気弱そうな少年が恐る恐る提案する。
「ねぇ……。や、やっぱりやめようよ……」
「エロスは黙ってろ」
「その名前で呼ぶな!」
 気弱そうな少年は、ゴッドフィンガーにエロスと呼ばれた瞬間、それまでの態度からは想像できないような声で叫んだ。
 現在の時刻は午前十時。
 近くの公園で着替えて私服姿の三人の目の前で、レンタルビデオ屋が今日の営業を始めた。
「行くぞ」
 命令口調のゴッドフィンガーが先頭に立って店の中へ入って行く。ホッカイドウとエロスもそのあとについて店の中へと入って行く。
 哀れな級友達に潤いをもたらすために。



 きっかけはゴッドフィンガーの何気ない一言だった。
「エロビデオってどんな物なんだろう……」
 体育の授業が終わり、二年四組の男子一同が更衣室で着替えているときだった。
 密閉された狭い空間。ゴッドフィンガーの声は全員の耳に届いた。
「さぁ、やっぱ男と女の×××とか」「いや、女どうし○○○なんじゃ」「いやいや△△△」「いやいやいや□□□」「いやいやいやいや◇◇◇」「何でこんな話に……?」「さぁ……?」
 などなど、思いもよらぬ大激論に発展した。なぜこんな話になったのか、そんなことは彼らにとってどうでもいいことだった。
 更衣室でいくら議論を重ねても結論は出ない。ならばと学校のパソコンで調べようとしたが、アクセス制御がかかって調べることが出来なかった。
 なら実際に借りて見てみよう。彼らは当然のようにそう考えた。
 しかし、根本的な問題が一つ。彼らはみんな十六、七歳なのである。『18禁』と書かれたのれんをくぐり、戦利品を取ってレジカウンターに持っていってあらビックリ。借りれませんでした。となるのは火を見るよりも明らかであった。
 そこでクラス一の秀才、伊集院潤一郎が秘密裏に行われた『男だけ会議』のとき、画期的な作戦を立案した。
「年の近い兄貴がいるやつは手を上げろ」
 手を上げたのは正直者の二人、ゴッドフィンガーとホッカイドウだけ。
「おいおい、エロスにもいるべや」
「えぇ!?」
 ホッカイドウの悪魔のささやき。
「よし。じゃあ三人で兄貴の会員証を盗んでエロビデオを借りてくるんだ。そしてみんなで見る」
「よ、よしじゃないよ! っていうか歳の近い兄貴がいる人なんてもっとたくさんいるでしょ!?」
「え〜? 俺一人っ子だし」「俺も一人っ子」「僕も一人っ子」「俺、家族いない……」
「ウソだー!」
 こうしてゴッドフィンガー、ホッカイドウ、エロスという超個性派(あだ名が)のチームが出来上がった。
 ちなみにチーム名は「G・H・E」と名づけられた。作戦名は「みんなで借りれば怖くない」である。借りるのは三人だけなのに『みんなで』と付けるのがいやらしい。
 問題はまだあった。
 借りに行く時間である。
 放課後の夕方に借りに行くのはさすがに恥ずかしい。詳しいことはわからないが、夜もどうやら避けた方がいいようだ。かといって休日の午前というのも気が引ける。
 どうしたものか。このままでは作戦を実行することが出来ない。
 しかしその時、悩む四組男子一同に願ってもないチャンスが訪れた。
 それは火曜日の二時間目、日本史の時間。沖田歳三教諭(通称:新撰)のこの言葉。
「来週ワタシは学校に来れない。代わり先生も来ないので静に自習をしているように」
 これしかない。
 男子の目が怪しく光る。女子は薄ら寒いものを感じ、震え上がった。
 この学校の二時間目は十時から十時五十分までである。十分休みの時間を使えば平日の、それも開店直後の店に行くことが出来る。人が少ないので見られる可能性が低く、恥ずかしい思いをせずにすむ。借りに行く三人にとって最高の時間。
 全ての準備は整った。



 目の前には『18禁』と書かれたのれん。
 三人の表情に緊張が走る。
 意を決したゴッドフィンガーがのれんをくぐる。残りの二人もあとに続く。
 中には当然エロビデオの山。
 三人はそれらを直視することが出来なかった。
「と、とにかく何でもいいから借りよう」
 そう言ってゴッドフィンガーは奥へと進んで行く。ホッカイドウは無言でゴッドフィンガーとは違う方向へ進んで行った。
 奥に進む決心がつかないエロス。と、そこへ新たな訪問者が現れた。
「……!?」
 いきなり目の前に現れたその人物はすごい格好をしていた。
 夏なのに分厚いトレンチコート。深々とかぶった帽子に黒いサングラスと大きめのマスク。
 男か女かもわからないくらいに着込んだ怪しすぎる人物。
 普通ならば、この姿を見たものはとっさに通報してもおかしくない。しかし、今のエロスは普通の状態ではなかった。
(しまった! 僕もこういう格好にすればよかった!)
 自分の格好の愚かさに打ちのめされるエロス。
(あの格好なら恥ずかしい思いはせずにすんだかもしれない……)
 自分の格好に後悔しながらも、エロスはそそくさと奥へ進んでいった。いつまでも突っ立っているわけにはいかないのだ。
 奥へ進むと、そこには一心不乱にパッケージからビデオを抜き取るゴッドフィンガーがいた。その姿は、まるで何かに取り憑かれてしまったかのようだ。
「おいエロス! お前まだ何も持ってねーじゃねーか」
「ご、ごめん」
 ゴッドフィンガーはすでに十本くらいのビデオやDVDを持っていた。
「しょうがねー。とりあえずこれはお前が借りろ!」
「え、えぇ!」
 ゴッドフィンガーは持っていたエロい物全てをエロスに押し付けた。そしてまたビデオを抜き取る作業に取り掛かる。
「ん?」
「どうしたの?」
 ゴッドフィンガーが作業の手を止めた。何かを見つけたようだ。
「これ、ハタチに似てないか?」
「え?」
 エロスはパッケージを見ると、そこにはクラスメートと瓜二つの顔があった。
 遠藤美奈子。通称ハタチ。
 噂によると彼女は二十歳らしい。
「……本人ではないと思うよ」
 無意識に声が低くなる。
「わっかんねーぞー。イロイロ噂が多い人だし」
「でもこれはないんじゃないかなー……」
「……まぁ、確かにこれはないよな」
 と言って、戻さず次のビデオを取り出す。
「え? 借りるの?」
「小林が『うちのクラスの女子に似てる子が出演してるヤツを借りてきてくれ』ってうるさいんだ」
「……」
(小林君……。そういう人だったんだ)
「なんか見損なったな……」
「……そういえば前から気になってなんだけどよ、お前なんで『エロス』ってあだ名が付いたんだ?」
「え? えっと……、それは……」
 エロスが何かを言いよどんでいる内に、反対側からホッカイドウが両手にビデオやらDVDやらを持ってやって来た。
「おい、ゴッドエロス。遊んでないで早くしろや!」
『あだ名をくっつけるな!』
 二人同時に叫んだ。
 ホッカイドウに急かされ、三人は両手いっぱいに戦利品を抱へてレジのカウンターへ持って行った。
 ゴッドフィンガーとホッカイドウは男性の店員。エロスは運悪く、女性の店員にぶち当たった。かなり気まずい。
 ビデオ自体は盗んできた会員証を使い、意外とすんなり借りることが出来た。しかし、借りた後に問題は発生した。
「……カバンに入りきらねー」
 うめくゴッドフィンガー。
「僕も……」
 エロスも入りきらない。
 駐輪場で途方にくれる二人。
「俺は入ったぞ」
 ホッカイドウはDVDがほとんどだったのでカバンに入れることが出来た。
 時刻は十時三十分。
「んじゃ、俺は着替えてそのまま学校に行くわ」
 と言い、ホッカイドウは一人で自転車をこいで行ってしまった。
「……どうしよう」
「いったん家に帰ってビデオを置いてこよう」
 ゴッドフィンガーのその提案に、
「うわぁ、嫌だなぁ……」
 とエロスは心底嫌そうに言った。
「グズグズしてる暇はない。急ぐぞ」
 二人は入りきらなかったエロビデオを自転車のカゴに強引に押し込み、全速力で家へと向かった。
 


 四組の男子一同は、二人が戦利品を家に置いてきたと聞いたとき、
「独り占めするつもりかー!」「今すぐ持って来い!」「クラスの女子に似てるのあった?」
 などと好き勝手に騒ぎ出したのは言うまでもない。

 









 遠藤美奈子(通称:ハタチ)はレンタル屋の近くの公園でトレンチコートを脱ぎ捨てた。汗一つかいていない。
 彼女はクラスの男子が何かを企んでいること知っていた。というより、女子全員が気づいていた。だが、具体的に何を企んでいるのかまではわかっていなかった。
 気になった美奈子は、愛しくて愛しくて、恋しくて恋しくてたまらない高橋浩太――エロス――をずっと影から覗いていた。(ちなみに彼女は普段からエロスのことをよく見ている。いろいろなことを……。)
 するとどうだろう。いきなり学校を抜け出して『18禁』へまっしぐら。しかも自分が出演している作品を借りて行ってしまったではないか。
(あぁ、もしかすると学校にバレちゃうかもしれないわ)
 おそらく、学校にこのことがバレたら退学になるだろう。
(でも、……うふふっ。啓太君ったら。私の体を見たいなら言えばいいのに)
「あの時みたいに……」と言ってニッコリと微笑む。
(啓太君にエロスってあだ名を付けた人を探さなきゃ)
 その人物は、あの日のことを知っている可能性が高い。でも、何でわかったのだろう?
(私たちの邪魔は誰にもさせないわ)
 啓太を独り占めできれば学校などどうでもいい。美奈子と啓太の邪魔をする人は絶対に許さない。彼女はそう考えている。
 彼女は学校へと歩みだした。


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