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「ええっ! 2000ゴールドもするの、こんなのが?」
あたしは思わず力いっぱいに叫ぶ。 驚愕と非難の入り混じった大声は、店中に響きわたって店員や他のお客さんの注目を集めた。 「ソ、ソニア。声が大きいですよ」 親友の声で、ようやくあたしは我にかえった。 隣に立っていたメリーが、顔を真っ赤にしながら小声で非難する。 「ご、ごめん」 あたしも声をひそめて謝るが、でもどうしても納得いかない。 「でもさ、これってありえないよね? なんでこんなに高いの、ただの布の服が?」 明るく清潔な店内に、所狭しと並べられたカラフルな洋服たち。 店員さんも他の客もみんな若い女の子ばかり。 今まで魔界やら魔王の城やら冒険してきたけど…… ここはあたしにとって一番の異世界のようだ。 あたしの名前はソニア。 職業は魔法使い、いや、元魔法使いというべきか。 子どものときから魔法の修行にあけくれ、最近は勇者たちと一緒に魔王退治の旅に出ていた。 思えばつらい日々だった…… 普通の女の子がペットの犬と遊んでるあいだ、あたしは狼型モンスターと戦っていた。その娘が犬にほっぺをペロペロされて「きゃ、くすぐったい」とか笑ってるあいだ、あたしは頭を噛まれて顔面を血だらけにしていた。 普通の娘が恋のおまじないに夢中になってるあいだ、あたしは究極破滅呪文の修行中だった。 普通の娘が彼氏の部屋に招待されてドキドキしているあいだ、あたしは魔王の城に潜入してドキドキしていた。 でも、それもようやく終わり。 魔王との最終決戦から一週間。結局魔王を倒すことはできず引き分けに終わってしまったけど、世界はとりあえず平和が戻った。 となれば、やることは一つ! 魔法使いから普通の十六歳の女の子にジョブチェンジ。 髪型も動きやすさなんて気にしなくていい。いつもの長い三つ編みから、ロングストレートに。 あと必要なのは充実した装備。 やるわよ。血塗られた青春をばら色に変えてやるんだ! と思って、おしゃれな洋服屋に来たのはいいけれど…… どうやら冒険をしているあいだに、あたしと同い年の娘のあいだには大きなレベルの差がうまれてしまったようだ。 あたしは手に持った白いワンピースを睨みつける。 こんな防御力皆無といえる布の服が2000ゴールドもするとはとうてい信じられない。同じ代金で鉄の鎧も買えるというのに。 メリーは隣から覗き込んで、値札を確認した。 「ああ、これはですね、有名なブランドの物なんです」 なるほど。やはりメリーについてきてもらってよかった。 彼女はあたしの友達、というか仲間だ。魔王を倒すために一緒に旅をしてきた。 職業は僧侶。あたしと同じように子どものころから厳しい修練の日々を送っていたそうだ。ただし、あたしは人里離れた山奥。メリーは町の教会というのだから、あたしよりは女の子としての経験値が高い。 「ブランド、かぁ……」 布地の表面をなでる。そう言われると、いい物のような気もしてくる。 「で、ブランドって何?」 「えっと要するに、世間からの評判が高い、腕のいい職人さんが作った、ということです」 メリーは出来の悪い生徒を相手にするように教えてくれるが、正直いまいち飲み込めない。腕のいい職人? 誰が作ったところで、素材は結局ただの布なのに。別に着たら魔力が上がるわけでも、魔法を跳ね返せるわけでもない。普通の娘はこれのどこに価値を見出しているのだろう。 「きっとソニアには似合うと思いますよ」 「……似合う?」 似合う。それは、あたしにとって全く新しい概念。 似合う……これが、あたしに? ワンピースを見つめ、次に自分の服を見下ろす。真っ黒くて裾の長い魔女用のローブ。いかにも妖しげだけど、あたしには一番似合ってると思ってた。でも…… 「ちょ、ちょっと待って」 財布の中を確認する。子どものころからコツコツと貯めてきたお小遣い。なんとかこの服を買えるくらいはある。 家に帰れば王様からいただいた報奨金が山のようにある。でもそんな大層なお金を女の子ショッピングに使う気にはなれず置いてきた。 「ほ、本当に似合う、かな?」 あたしはワンピースと不安な気持ちを一緒に胸に抱きながら問いかける。メリーは自信満々にうなずき返した。 「似合いますよ、絶対!」 「本当? あたしのこと、からかってない?」 「僧侶は嘘をつきません」 う……そう言われると説得力あるような。 あたしはゴクリと生唾を飲むと、決死の覚悟で言った。 「これ、か、買うわ!」 「いい? 絶対にあたしから離れないでよ!」 「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ」 「べ、別に恥ずかしがってるわけじゃないけど」 試着室でさっそく着替えさせてもらったあたしは、メリーと一緒に大通りを歩いていた。 いつものローブと違い、裾が短すぎてスースーする。どうにもこうにも落ち着かない。 あたりをキョロキョロと見回しながら、メリーのかげに隠れて歩く様子はまるっきり不審者だ。 「ソニア、歩きにくいから、もう少し離れてくれませんか?」 そう言われても、あたしの手は迷子のようにメリーの服をぎゅっと握っている。自意識過剰なのは分かってるけど、すれ違う人たちがみんな自分を見ているような錯覚を覚える。 「で、でもさ、こんなときにモンスターが現れたら……」 「現れません」 「それに白いから、モンスターを倒したら返り血が……」 「倒しません」 メリーはあきれながら、深くため息をつく。 「まったく、世界は平和になったというのに。その一番の立役者が平和を楽しめないなんて変ですよ」 うん、あたしも分かってはいるんだ。 魔王軍とは一時休戦の状態にあるため、よっぽどの辺境に行かないかぎりモンスターとは遭遇しない。ましてや、いまは町のど真ん中。 分かっちゃいるんだけど、ずっと油断できない生活を送ってきたあたしには、油断できる生活なんて逆に疲れる。 「ほら、早く行かないと。彼はもう待ってますよ」 腕をひっぱってせかそうとするメリー。 「うん、ごめん……って、彼?」 あたしは腕をひっぱり返して引き止めた。 「メ、メリー? 彼って誰?」 「忘れちゃったんですか? こないだ『男友達を紹介して欲しい』って言ってたじゃないですか」 「は、はあ〜? そんなこと、いや、たしかに言ったけど」 どっかにいい男いないかな〜、メリー紹介してよ〜みたいなノリで。冗談半分、むしろまるっきり冗談だったのに! 「っていうか、あんたに男友達なんていたの?」 「失礼ですねー。いますよ、それくらい」 むうっとほっぺたをふくらませる。 かわいい女の子はすねてもかわいい。そう思った。 そう、一緒に冒険しているときから思ってたけど、メリーはかわいい。 髪も明るい茶色でふわふわの巻き毛だし、笑顔も優しく上品だ。あたしみたいに大口を開けて笑ったりしないし、つまらないことで怒ったりもしない。 今は黒を基調にした地味な修道院の服を着てるけど、この白いワンピースは彼女にこそ似合うだろう。 女の子初心者として同じ仲間のつもりだったけど、実は大きな勘違いかもしれない。男友達なんてあたしには勇者と師匠(今年で八十歳)くらいしか思いつかない。 「ま、そういうことですから急ぎましょう〜」 強引に歩き出そうとするメリーを、あたしは再び引き止める。 「ちょっと待って! この格好で行くの?」 「もちろん」 「恥ずかしいよ! もっとちゃんとした、いつものローブとか鉄の鎧とか……」 「……そっちのほうが恥ずかしくないですか?」 いつの間にか大変なことになってしまった。 男。男友達。ボーイフレンド。 普通の女の子レベル1のあたしが初戦からそんな強敵を相手にできるのだろうか。 (……目に見えない結界を感じる) 圧倒的な迫力をもって目の前に建つのは一軒の喫茶店。 清潔感のある白い壁。窓ではレース編みのカーテンが揺れている。店内からかすかにクラシック音楽が聞こえてきた。 今までのあたしにはもっとも縁遠い場所。全くの未知の領域。 何を食べればいい? 何を飲めばいい? そして何より、男の人と一体何を話せばいい? 考えることが多すぎて、そして大きすぎて、頭の中はぐしゃぐしゃになる。 「おじゃまします〜」 そんなあたしに構わず、メリーは物怖じもせずにドアを開けてしまった。チリンチリンと涼しげな鈴の音が響き、店員らしきおじさんが振り向いた。 「いらっしゃいませ。待ち合わせのお客様ですか?」 「はい、そうです。来てますか?」 「ええ、中央テーブルにどうぞ」 中央テーブル。たしかに、そこに男の人が一人座っていた。 すらっとスマートな長身と、肩ほどまで伸ばされた銀髪。年齢は二十代前半くらいだろうか。そっち方面に疎いあたしだが、きりっとした彫りの深い顔立ちは素直にかっこいいと思った。 メリーのやつ、一体どこでこんな……! 「おお」 男の人があたしたちの姿に気づいた。彼とあたし、お互いの目が合う。それだけであたしの心拍数はさらに上昇した。 えっと、とにかく、とりあえず、あいさつ、挨拶を! あたしは赤くなった顔を隠すように、勢いよく頭を下げながら、 「あ、あの、はじめまして! あたし、ソニアっていって、その、」 「ふはははははッ!」 「……はい?」 突然、彼は大きく笑い出した。ぽかんとするあたしの前で、ばっと立ち上がり叫ぶ。 「遅かったな、勇者の仲間たちよ! 余を愚弄する気か?」 彼の声が高らかに店中に響く。 そ、そのしゃべり方は、まさか! 「あはは、ごめんなさい」 メリーは微笑みながら軽く頭を下げる。そして、あたしに向き直ると、 「ソニア、一応紹介しますね。こちらが魔王さんで、」 すぱこーん。 言い切る前にあたしのチョップがメリーの頭に炸裂していた。 今となっては懐かしい……あの最終決戦からまだ一週間しかたっていないというのに。そのときの結果は引き分けだった。きっとまた会うことになるだろうとは思ってたけど、まさかこんなに早くになるなんて…… 「相変わらず凶暴な女だな」 「うっさい!」 喫茶店のテーブルにつきながら、悠然と水を飲む魔王。そう、言われてみれば確かに魔王だ。 くそぅ、ドキドキして損した! なんで気がつかなかったんだろう。魔王の城で会ったときは、いかにもな黒いマントを身につけ、こめかみからは二本のツノがはえていた。今日はそれがなかったから分からなかったんだろう。それよりなにより、魔王がこんな街中にいるはずないという先入観もあったし。 「で、なんで魔王なんか呼んだのよ!」 「だっていきなり知らない人じゃソニアも緊張すると思って顔見知りを……」 「あほかー! 魔王よ、魔王! 百倍緊張するわ!」 「あぅ、ごめんなさい」 しょんぼりとうなだれるメリーから視線を魔王に移す。 「あんたもあんたで、なんでメリーに呼ばれてのこのこ出てきたの?」 「暇だったからだ」 たいした理由でもないのに魔王は堂々と答えた。 「それに、食事もおごってくれると言われたからな」 魔王のくせにケチくさい。ただ飯目当てに敵の本拠地に一人でやってくるのだから、ある意味大物ともいえるけど。罠という可能性は考えなかったのかしら。 「もちろん、それなりの備えはしてきているがな」 あたしの考えを読んだように、魔王はニヤリと笑う。そして右手を広げて見せた。その指には妖しげに光る赤い指輪。 「そ、それって、まさか!」 「そう。守りの指輪だ」 守りの指輪。古文書か何かで読んだことはあるけど、実物を見るのは初めてだ。まさか実在してたなんて。 どんな窮地もくぐりぬける力を持つ究極の自衛アイテム。これがあるなら、なるほど、人間のテリトリーに一人で来られるだろう。 「とはいえ、一度しか使えぬこの指輪をこんな場面で使いたくないというのも本音である。今日はお互いに休戦といこうではないか」 魔王はそう言うと椅子に座り、メニューをぱらぱらとめくり始めた。 一度しか使えないのか。それは初耳だわ。それってけっこう重要な情報だと思うけど、ばらしちゃっていいの? 敵ながら心配になる。 「ま、あたしも今は戦いたくないけどね」 あたしも魔王の向かいについた。 メリーはあたしたちをニコニコと眺めながら、二人の間に座る。 「やっぱり魔王さんを呼んで正解でした。ソニアもすっかり緊張がほぐれたようですし」 「そういうわけじゃないけど……」 でも、喫茶店に入る前あれほど高鳴っていた心臓が落ち着いてるのも確かだ。いずれ倒す相手に気をつかってもしょうがないしね。 「いらっしゃいませ、ご注文よろしいですか?」 ちょうどいいタイミングで店員のおじさんがやってくる。 「では、余は火吹きドラゴンの丸焼きをいただこう」 魔王の注文に、おじさんはあっけにとられてしまう。 この馬鹿……あたしは無言で魔王の頭にチョップを食らわす。ごつっと鈍い音が鳴った。 「痛いぞ」 「あんたね……喫茶店にそんなもんあるわけないでしょうが」 「ないのか! 何もない店だな!」 ごつっ。 大声で失礼なことを言う魔王に、あたしは再びチョップした。 「えっと、お客様、注文は……」 おじさんがおずおずときいた。顔には苦笑いが貼りついている。 「ああ、ごめんなさい。じゃあ、あたしは焼き魚定食を」 取り繕うように笑顔で注文。おじさんは困ったように首を振った。 「……ありません」 「ないの? 何もない店ね!」 こつん。 今度はあたしにメリーのチョップが飛ぶ。 「すいません、コーヒーを三つください」 メリーが申し訳なさそうに頼み、おじさんはようやくホッとしたようにカウンターへと戻っていった。 「喫茶店の料理なんてサンドイッチくらいしかありません。定食屋じゃないんですから」 メリーは心底呆れているようだ。 全然知らなかったわ……じゃあ、おなかが空いたとき、どうするんだろう? 「まったく、ソニアも魔王さんももっと一般常識を身につけてください」 魔王といっしょくたにされた! 正直、ショックだ。 重くなりはじめた空気に気づいて、メリーがぽんと手を叩く。 「さてと、気を取り直して、じゃあ自己紹介タイムにしましょう。魔王さん、どうぞ」 「うむ、よかろう!」 魔王は再び勢いよく立ち上がり、バッと手を広げる。 「勇者の仲間たちよ、よくぞここまでたどりついた!」 「家から徒歩五分よ!」 「余が魔王である!」 「知ってるわよ、いちいち立ち上がって叫ぶな!」 魔王のむなぐらをつかみ、無理やり座らせる。 店の奥からはおじさんが不審そうに見つめている。魔王というセリフも聞こえているはずだが、さすがに本気にはしていないようだ。変人のたわごととでも思っているのだろう。それはそれで嫌だけど。 「しかし、自己紹介とはこういうものだろう」 魔王はすねたように腕を組んで言った。 「最終決戦のときはね。ここではもっと普通でいいのよ。趣味とか特技とか」 「趣味は世界征服、特技も世界征服だ」 自慢げに言う魔王。あたしはため息をつき、冷ややかな視線を送る。 「最低ね」 「なぜ!」 「もっと役に立つ特技はないわけ? 暗算が早いとか」 「世界征服のほうが役立つだろう! じゃあ、貴様の趣味や特技はなんだ?」 びしっと魔王の指があたしに向けられた。 えっと、特技……ここでお料理とかお裁縫とか言えればいいのに。そんなものは触れたことすらない。別の意味でモンスターたちを料理してやったことならあるけど。 趣味も……経験値稼ぎ、とか女の子としてはどうかと思うし…… 「そうだ! 趣味はかわいい洋服を買うことよ!」 実際にはまだ一着しか買ってないけど。でもいいんだ。今日から趣味にしてくんだから。 「洋服?」 魔王が首をかしげながら、あたしの服装をしげしげと眺める。 「そういえば、さっきから気になっていたのだが……今日はずいぶんと貧弱な装備なのだな」 「ひ、貧弱って言うなー! 高かったのよ、2000ゴールドもしたんだから!」 「そんなにするのか!」 目を丸くする魔王。意外に経済観念あるのね…… 「2000ゴールドといえば魔王軍兵士の給料三ヶ月分だぞ」 安っ! 「しかし、ただの布の服に見えるがなぁ。なぜそんなに高いのだ?」 ちくしょう、あたしと同じこと言いやがって。あたしのセンスってモンスターレベルだったのか。 「で……どう、なのよ?」 あたしは目をそらしながらきいた。 「どうとは?」 「だから、その、似合う、とか、かわいい、とか……」 「似合わん」 魔王が一言で切り捨てた。 「いつもの地味な黒い服のほうが、よっぽど合っているぞ」 「な、なんですって!」 頭に血が上り、がたっと立ち上がった。椅子が勢いよく倒れる。 「うわ!」 あたしのすぐ後ろで、おじさんの声がした。直後、カップが割れる音が店に響いた。 「あ……」 あたしはなすすべもなく呆然と見下ろしていた。 床に散らばったカップの破片。 あたしのワンピースに広がっていくコーヒーの染み。 「ソニア!」 メリーがすぐにナプキンでふき取ろうとしてくれる。でも、もうどうにもならない。 黒い染みのついた白いワンピース。 こつこつためたお小遣いで買った白いワンピース。 初めて防御力以外で選んだ普通の女の子が着るワンピース。 ふん、と魔王が馬鹿にするように鼻を鳴らす。 「それみろ。だからいつもの黒い服にしとけばよかったのだ」 「……ッ!」 カッとなって、テーブルの上にあったコショウの瓶をつかむ。そして、それを振り上げて、魔王の頭めがけて、 「……ぅ」 投げられなかった。手から力が抜け、瓶がこぼれおちる。同時にあたしの目からも一滴の水がこぼれおちた。 「う、うう、うああああああああん!」 堰を切ったように、もう止まらなかった。 なに泣いてるのよ、あたし。ばかみたい。これじゃ子どもだ。かっこわるい。情けない。そう思えば思うほど涙は後からあとからあふれてくる。 「ソニア……」 赤子をあやすようにメリーの手があたしの頭をなでている。それでも大声で泣き続けるあたし。 魔王はそんなあたしに戸惑いながら、 「ど、どうしたのだ? たかが服くらいで」 たかが服くらいで。 あたしは後ろも見ずに、店を飛び出した。 「ソニア!」 後ろからメリーが走ってくる。あたしは振り向かずにずんずんと歩いた。 「ソニア、どこに行くの?」 「帰る。帰ってこんな服破り捨てる」 「そんな」 メリーの困り顔を横目に見ながら、あたしの足は止まらない。 「いいの、どうせ似合わないもん。あたし一生黒いローブで過ごす。海も山も結婚式も全部ローブで行く」 「ソニア」 メリーは強引にあたしを引き止めると、 「はい、これ」 あたしの手をぎゅっと握った。何か小さな固い物が手に握りこまされる。 「え……?」 おそるおそる手を開くと、そこには微かに光る赤い指輪。 「ま、守りの指輪!」 「はい。魔王さんが使ってくれって」 メリーはニッコリ微笑むが、あたしはぶんぶんと首を横に振った。 「使えないよ、こんな貴重な……っていうか、これ売ったら同じ服が百着は買えるわよ?」 慌てて返そうとするが、メリーはやんわりとそれを拒む。 「でも、この服はソニアがためたお小遣いで買った大切な宝物、でしょ?」 「メリー……」 止まったはずの涙が、一滴だけ零れ落ちた。 守りの指輪。 それは究極の自衛アイテム。 局地的に時空をゆがめ、指定した物体の時間だけを巻き戻すことができる。 これがあれば、どんなピンチも怖くない。 あらゆる傷もあらゆる怪我も、一瞬で元に戻るのだから。 そして……あらゆる破損も。 「……すごいわね」 「はい、さすが魔王さんのアイテムです」 一瞬強い光があたりを覆い、次の瞬間にはもうワンピースは元の白さに戻っていた。 指にはめた指輪は、いつの間にか赤から青に変わっている。さっきまでの不思議な存在感ももうない。カラになった、ということなのだろう。もう、ただの指輪だ。でも、あたしにとっては…… ぎゅっと指輪をはめた右手を胸に抱きしめる。 「あいつに……謝ったほうがいい、よね?」 「謝る必要はないと思いますよ」 メリーはそっとあたしの肩を押しながら、 「それよりも……ありがとうって。そう言うべきだと思います」 ありがとう。どこまでも素直じゃないあたしだけど。この真っ白な服を着てなら、言える気がする。 「……ちょっと、行ってくるね」 「一人で大丈夫ですか?」 「うん。あと、メリーも……ありがとう」 優しく微笑み返すメリーの顔はまさに聖母の笑顔だった。 おそるおそる喫茶店のドアを開く。そっと顔を出すと、中にいた魔王と目があった。 「ソニア!」 魔王の顔がぱっと笑顔に変わった。 あ……ちゃんとあたしの名前を呼んでくれたのって初めてじゃなかったっけ? いや、うん、別にどうでもいいんだけど…… 「よかった、戻ってきてくれたのだな」 「うん、あの、あたし、お礼を……」 やっぱり言い慣れてないから緊張する。 ごにょごにょと口ごもるあたしをさえぎるように、魔王はあたしの肩を優しくつかみ、 「なに、礼には及ばぬ」 「あ……」 「そんなことよりも……」 魔王があたしの耳元にささやきかけた。 「早くコーヒー代を払ってくれ」 「……は?」 「余は一文も持ってない」 「……で、なんでこうなるのよ」 「それはこっちのセリフだ」 十分後、あたしたちは店の奥に並んで皿洗いをしていた。貸してもらったエプロンはおそろいのピンクのフリル。 「こんな姿を部下に見られたら、余の権威もおしまいだな……」 「あたしだって似たようなものよ。勇者の仲間がただ食い捕まって皿洗いだなんて」 「というか、なんで金をもっていないのだ!」 「ワンピース買うのに全部つかっちゃったのよ!」 「売ってこい!」 「いやよ!」 「どうせ似合わん!」 「似合うっつってんでしょ!」 言い争うあたしたちの肩を、店のおじさんがぽんと叩く。 「二人とも、仲がいいのは結構ですが、口よりも手を動かしてください」 「別に仲がいいわけじゃ……!」 「ほら、口よりも手を動かす!」 あたしと魔王は顔を見合わせ、そして力なくつぶやいた。 「……はい」 勇者一行対魔王の戦い、第2ラウンド。 結局はまた引き分けに終わった。決着はまだまだつきそうにない。 |