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ノンフロン6型冷凍冷蔵庫、と私

「……ごめんね、サキちゃん。気付いてあげれなくて」
 後ろから、包み込むような感じで抱きしめられた。
 あったかかった。冷蔵庫の温かさじゃない、それは人肌の熱だった。
「そうだよね。幾らサキちゃんでも大丈夫なわけ、無いよね」
 直の肌の感触が、冷蔵庫と違う温かい感触が伝わってくる。弟を蹴り倒すときや、お母さんに抱きついた時と同じ感触。
 それは、目の前に置いてある冷蔵庫なんかよりとっても温かかった。



 リーチの短い弟の足は、やっぱり私こと高島サキの身体には届かない。それでも懸命に、
「姉ちゃん死ねやぁっ!」
 と叫びながら回し蹴りをする小学六年生、短パン使いの高島ケンゴはどう見てもクソ生意気な弟だった。スポーツ刈りの頭に、私の胸元ぐらいまでの身長。その小さな身体を精いっぱい伸ばして足を上げ、私の身体へと振りかぶる。
 左前面から迫り来る弟なりのハイキック。それを一歩身を引いてゆるりと避けた。ハッキリ言ってかなり余裕だ。
 弟のキックは見事に空振りし、バランスを崩して冷蔵庫にぶち当たる。キッチンの中に鈍い衝撃音が響いていった。
「くそっ! 避けんなバカ姉貴! アホ! 何で俺のケーキ勝手に食うんだよ鬼ババァ!」
 所詮は小学生、リーチも脳内構造も単純だ。そもそも女子高生たるこの私、高島サキに短パンのガキんちょが適うと思うのが、最初から間違いなのだ。
「姉ちゃんの鬼! 非道っ!」
「なんでよ。冷蔵庫にあったケーキ、勝手に食べちゃ悪かったの?」
「俺の名前書いてただろ、ちゃんと!」
 うん、確かに書いてあった。高島、って。
 所詮は小学生だ。
「そんなに怒らないでよ、ケーキ一個でさ。ねぇ、ケンゴ?」
「うるせぇ胸なしAカップ!」
「……なんだって?」
「あ、やべ。今の嘘ごめんだからあの姉ちゃん許し」
 慌てる弟の目の前で、今度は私が足を振り上げる。天高く上げた踵をフローリングの床の上に叩き落すと、轟音と共に弟の背筋がびくりと揺れた。
「もう一回言ってみる? ケンゴ」
 にこりと頬の端をつり上げて、笑いかける。
 ケーキが好きだからって、一個二個でわめくな弟。そんな事より、十七になっても一向に成長しない私の胸の方が一大事だという事がこの弟には何故に理解できないのか。
「ね、姉ちゃん……」
「なによ。まだ文句あるの?」
「いや。……今パンツ見えた」
 下からアッパーのように掬い上げた足先が、弟の顎を吹っ飛ばした。



 私――高島サキは現在、超クソ生意気な弟および能天気な両親と一緒に生活中である。
 どれ位能天気かというと、私が弟にあんなことを言われても隣でうはうは笑うぐらい能天気だ。
 身長やらなにやら色々と小さくて密かに悩んでいる私としては、隣で笑う父母に一言告げたい。私がこんな風に成長したのはひとえに貴方達のDNAか、あるいは食生活が問題です、つまりあんたらのせいであると。
 ……と答えると、私の愛すべき能天気な父と母は、そんなものは愛があれば問題ないと仰られた。高島家は愛と笑いがあれば、べつに色々と小さくても問題ないと。
 それでいいのか。そりゃあ結婚してこんな立派な娘さん持ってるあんたらは、今後困らないだろうとは思うけれど。
 そんな高島一家、今日の予定は東京ディズニーランドである。弟および私の熱烈な要望による家族旅行が実現する本日。家族旅行は随分と久しぶりなので、私はとてもご機嫌だった。弟の二度に渡る暴言を、踵落とし&トーキックだけで抑えられたのもこのためだ。本来なら追加コンボでチョーク・スリーパーを叩き込みそのまま天国まで落とす所だが、今回は許してやったぐらい機嫌が良い。
「準備できたわよー!」
 母の声に促され、私は鞄を片手に軽自動車へと乗り込んだ。ハンドバックとしては少し大きめなその手提げ袋。空っぽの中身は、帰る頃にはネズミさんの群れが出来ているはずである。出来ればアヒル人形とかも加えてあげて。
 隣では、まだ少しぶすっとした弟の姿が見えた。
 ……仕方が無い、弟には今日のケーキ一個分、何か奢ってやることにしよう。そういうと、弟はあっさり機嫌を直す。所詮は小学六年生。
「ねえ、姉ちゃん。前に座る、後ろに座る?」
 弟は私にそう尋ねながら、軽自動車の前座席でシートベルトを着用する。
「……アンタが前でいいわよ」
「よっしゃあ!」
 ガッツポーズを決めて乗り込む我が弟の姿は、小学生らしい生意気な態度。それでも時々可愛く思えてしまうのは、やっぱり弟だからかもしれない。あるいは、こんなクソ生意気な弟でも血が繋がっているせいか。
 軽自動車が、音を立てて発進した。マンションの通りから車を走らせ、幹線道路へと向かう。目の前の信号が青になったのを確認して、私の父は軽快に車を発進させた。
 ――猛スピードで隣から飛び出してきた車に、真横から追突された。
 信号は、確かに青色だった。





 気がついたら、私は病院の中にいた。
 包帯を頭に巻かれ、清潔な白シーツの敷かれたベッドの上。
 そこに寝ていたのは、私だけだった。




  ――ノンフロン6ドア冷凍冷蔵庫、と私――




「サキちゃん」
 囁くような音で、岸川七海の声が聞こえてくる。
 七海は、普段はとっても明るい子だ。名前の通り、普段は夏場の海のように輝いている。小柄でショートな髪を揺らし、蝶々のように飛び回る子。いつも強気な私とよく気が合う、一番の友人にして相談相手。あとはとっても、友達思いで凄くいい子。
 その彼女は今しがた、私の前で歪んだ顔を作っている。せっかくの可愛い丸顔が、それこそ全部台無しになるぐらい。
「あの、さ。あの……ね。サキちゃん」
 さっき軽く飲んだ清涼飲料水が、まだ喉にでもつっかえているのだろう。七海はその先を口にしない。
 だから、代わりに答えてあげた。
「……私なら大丈夫よ、七海」
「でも」
「私は大丈夫だから。心配しないで」
 七海の前でそう答えるのは、彼女とあまり変わらない身長の私。小奇麗な化粧室の中、喪服に着替えるための丸鏡を覗くと尖った三白眼がにらみ返してくる。黒髪を左右に分け、肩の辺りまですらりと伸びた姿。らしくもない黒一色のワンピースを着込み、無表情で立っている。
 ――もっと背筋を伸ばせば、少しは大人びて見えるだろうか。
 少なくとも、家族を失い泣きはらしている悲劇の少女、とは遠い印象を与えるはずだ。
「……行こう、七海」
 紳士のように背筋を伸ばし、靴音を響かせる。もう一度だけ鏡を確認すると、そこには確かに大人っぽく見える私の顔が映っていた。
 間違っても、泣いてるようには見えない。
 そして事実、私は家族が死んでから一度も泣いてなんかいない。
 多分これからも、絶対に泣いたりしない。
 ……泣いてなんかいたら、弟に怒られながら心配されるからだ。
 何泣いてんだよ姉ちゃん! そんなの姉ちゃんらしくねえぞ! って。あの超クソ生意気だった弟に。
 それだけは絶対に避けてやる。高島家の姉として。



 私の家族を奪った事故はまあ、よくあるものだった。信号無視による飛び出し。真横から追突された事、赤信号だった事を考えても、私達の方に非は無かった。なのに殺されたのは私達の方、というのは一体どういう事だろう。ディズニーランドに行く事が、そんなに悪い事だったのか。それともこれは、私が弟のケーキを盗み食いした天罰か。だとしても、この仕打ちは余りにも酷いと思う。――それが率直な感想だ。

 四角い額に並ぶ三人の遺影の前に立ち、一輪の花を添える。氷のように硬直した顔のまま、片手に掴んだ花束を一つずつ棺の前に並べていく。
 棺の中には、私の家族が生前大切にしていたものが入っている、とだけ聞いた。写真とか、ポケモングッズとか。
 ――中は見ないほうがいい、と七海に言われた。……だから、見ていない。
 一礼をして振り返ると、葬儀場全体が見渡せた。プラスチック椅子を並べた座席と白黒の幕で彩られた葬儀会場には、予想以上の弔問客が訪れていた。親の勤めていた職場の方々に、高校のクラスメイト。それに弟の同級生だろう、小学生らしい小さな姿が幾つか見える。
 小学生というのは皆よく似ていて、結局はどれも弟みたいな奴だった。親御さんに連れられて、家族みんなで座っている。
 その光景から視線を逸らし、私は再度葬儀場の右端へと腰をかけた。


 ……なんと声をかけていいのか、分からないのか。私に会釈をする人は、口々に色々なことを言う。
 元気出してね、とか。大体がそんな話。それらの言葉に、私は頬の筋肉を硬くしたまま会釈をする。軽くもならず、さりとて重くもならず。
 ――時々、不意に喉からこみ上げてくる変なものは唾と一緒に飲み込んでやった。
 私は。高島サキは、そんなに弱い女じゃない。
 高島家に、涙は似合わない。私の家にあっていいのは、ふざけた笑いと愛だけで十分。そう父と母に教えられた。だから、泣かない。
 それが、私の家族に対する最大の手向けだ。
 私なりの、だけど。



 葬儀は近場の公民館を借りて行った。煩わしい手続きとかも、できる限りは自分でやった。
 もちろん、伯父や祖父母も手伝ってはくれたけれど。あんまり人の手は借りずにやったつもりだ。喪主としての挨拶も、全部自分で行った。通夜ぶるまいの時の会話や、祭壇の線香の火も自分で一晩、守ってみせた。大好きな家族のことを、最後まで自分がやりたかったのだ、私は。
 やがてその葬儀も終わり、後片付けもようやく……終わってしまった頃。
 公民館の外は、どしゃ降りの大雨になっていた。春先の香りに湿気が混じり、甘い香りとなって私の鼻を刺激する。
 傘を持たない私は、仕方なく濡れて帰ることにした。左右に分けた髪に降り注ぐ雨は、むしろ心地よささえ感じられる。
 足を進めていくと、ぴちゃりと音を立てて水溜りが跳ね上がる。透明な水面に、うっすらと映る私の顔。鋭利な三白眼。母さんによく似ていると言われた。実はお母さんも昔は凄く強気で、今の私みたいだったと父が――。
 口元を押さえて、すっぱいものを飲み込む。水面に映った顔はすぐにぐにゃりと歪んで、消えていった。雨粒が目に入り、一瞬だけ視界がにじむ。
 水溜りを弾き、雨の中を走っていく。幹線道路に面した大通りを駆けぬければ、すぐに私達のマンションだ。私達? 違う、私の家だ。3LDKマンションの一室。弟から逃げるには幾らあっても足りなかった部屋だけど、一人で過ごすにはちょっと広すぎる家。階段を昇り、すぐにその305号室に辿り着く。
 鍵を開けると、家の中から家族の匂いが漂ってくる――
「ただいま……あ」
 思わず言ってしまった。つい反射的に、バカの一つ憶えみたいに自然と口から出る、この馬鹿みたいな言葉。
 ぽたり、と頬から雨雫が落ちる。その雫を拭って、濡れた靴下を玄関へと持ち上げた時。
「へい、お帰りお嬢!」
 家の中から、返事が返ってきた。



 どさっ、と音を立てて、片手に持っていた鞄が落ちた。
 ドア先は真っ直ぐに伸びる廊下があり、手前左が母愛用の台所、奥が家族皆でくつろぐリビングになっている。聞きなれない威勢のいい声は、その台所の方から響いていた。
「だ……誰? 誰かいるの?」
「ん、何驚いてんだお嬢? こっちだよこっち」
 靴を脱ぎ、濡れた靴下を這わせてキッチンへと歩いていくと。
「うっす、お嬢。何だよそんなにびしょ濡れで。水も滴るいい女、ってか?」
 ペットボトル二リットル入り烏龍茶が、顔を覗かせていた。
 先日購入した、我が家の最新式冷蔵庫のふたが開いていた。その中からはお茶に限らずマヨネーズ、雪印マーガリンなどが仲良く並んでいる。その冷蔵庫の蓋が、何故か開いていて。
「へいお嬢、改めてお帰り!」
 喋った。
「……。……あう」
 どさっ、と音を立てて。今度は私が倒れた。
「おおおおおお嬢っ! 大丈夫かオイ!」



「おぅ、お嬢! 生きてるか? 起きてるか? とりあえず何だ、これから俺様のことよろしくな」
 ダウン状態から蘇った私の前で、冷蔵庫が喋っている。六蓋式の、上段が大きめな冷蔵庫、下段は野菜室や冷凍庫になっているそれが、フレンドリーにトーク中だ。
「ん、何だその目。おめぇは一体何なんだって目ぇしてるな、お嬢。見てわかんねえか、冷蔵庫だぜ、冷蔵庫! あ、もしかしてフルネーム希望か? 照れるなぁ」
 妙にノリのいい冷蔵庫だった。
「フルネームはGR−W46FA、ノンフロン6ドア冷凍冷蔵庫だ。詳しくは取扱説明書を読んでくれ」
「はぁ……」
 それは一応読んではいる。感電注意は書いてあったが、喋る冷蔵庫だという注意書きは無かったと思う。
「身長180.6センチ、体重99キロの超イケメン」
「どこが」
「おっと、俺様のスリーサイズ? 聞いて驚け、上から順に275、275、275」
 それは驚くよ。人間だったらだけど。
「とりあえず、お嬢のぺちゃぱいには負けねえぜ! お嬢のバストはAカップ〜」
「……な、何で知ってるのアンタ」
「ケッケッケ。冷蔵庫を甘く見てもらっちゃ困るねぇ? っていうかお嬢は小さすぎるんだよって前からここで騒いでたし」
「うるさい。弟みたいな事言うな……」
 反射的に拳を振り上げ、けれどそれを振り下ろせずに固めてしまう。どうも今日の私は頭もおかしくなったようだ。冷蔵庫が喋ってるように聞こえて仕方が無い。
 ――ダメだ。とりあえず今日は寝よう。考えるのはもう明日。
「おっと、お嬢。俺様のナイスバディに見とれて声も出ないか?」
「違うから。……それとあんた、何で喋ってるの」
「へいお嬢! そんな無粋な事は聞いちゃダメだぜ」
「……あっそ」
 もう考える気力も残っていなかった。
 足元をふらつかせながら立ち上がり、リビングから繋がる洋室へと向かう。
「そんなに濡れてると風邪ひくぜ! お風呂に入るのがベストチョイスじゃねえのかな?」
 喋る冷蔵庫を無視し、私はドアを閉じベッドにそのまま倒れこんだ。
 頭が――痛い。



 一夜が明けて。私は死んだ幽霊のような身体のまま、スーパーへと買い物に出ていた。
 頭痛が酷い。おなかも痛い。身体がだるい。あの冷蔵庫のこと聞いとけばよかったかも、と今さらながら後悔した。発熱、39.4度は、さすがの私でもしんどかった。それでも、誰も私のことを看病してくれる人はもういない。
 食欲といえるほどの気力は正直、無かったけれど。とりあえず適当に買い込んだ。
 烏龍茶と森永牛乳1リットル。山型食パン二つに、レンジで暖めるだけの冷凍チャーハン、あとはお昼ご飯のために買った、牛丼二つ。
「あ……」
 ちりりと、頭が痛む。
 買い込んで、家に辿りついてからふと気付く。買い込みすぎた。間違いなく、四人分ぐらい買っている。
「バカだ、私。何やってんのよ」
 頭痛が酷い。風邪のせいだ。幾ら身体が丈夫でも、濡れた服のまま寝込んで大丈夫なほど、私の身体は強くは無い。
 家に帰りつくと、手に掴んだ牛丼を冷蔵庫にしまう。そのまま背中を預けて、力無く座り込んだ。身体がだるい。熱っぽい肌に、背中から冷蔵庫の冷たさが伝わってくる。ひんやりとした、気持ちのいい感触。
「お、最近の牛丼はスーパーのでも結構美味いなお嬢!」
 背筋がびくりと引きつった。
「へい嬢ちゃん、生きてるかい? 生きてたら是非、次は吉野家の牛丼食わせてくれ。あれ一度喰ってみてぇんだ、実は」
 目の前に佇むノンフロン冷蔵庫は、今日もまたハイテンションだった。蓋を租借するように動かし、相変わらず何をとち狂ったのか喋っている。それから暫くして、今度は冷蔵庫の中蓋をごくごくと鳴らし始め……ちょっと待て。
「……あんた、まさか」
 冷蔵庫の扉を開くと、先ほど放り込んだ牛丼は中身だけが綺麗に消えていた。
 ついでに、間違いなく脇に置いた烏龍茶も減っている。ペットボトル四分の一ぐらい。
「ふぅ。ご馳走様でした、と。うむ、七十点かな、お嬢」
「ち、ちょっと、あんた何勝手に食ってんのよ冷蔵庫のくせに!」
「え? 今のって俺様への昼ご飯じゃねえの?」
「違うから。っていうか勝手に食べるな馬鹿!」
「……あー、悪い。てっきり俺様の昼食かと思ったんで」
「どこに冷蔵庫の昼ごはん買うバカがいるの! っていうかあんた一体何! 何なの!」
 熱にうなされてか、私は殆ど悲鳴に近い絶叫を上げていた。
 誰が冷蔵庫に昼飯を食わせる奴がいるのか。大体、冷蔵庫に食わせて私に何の得があるのか。
「いや、冷蔵庫だけど」
「そうじゃなくて……ああもう」
 頭を掻き毟り、考えるのが段々鬱陶しくなってくる。熱のせいで、頭が随分とぼんやりしていた。
 そんな私の手元には、まだ冷蔵庫に入れていないタマゴ十個パック。一瞬悩んだ末に、私はそれも恐る恐る冷蔵庫へと仕舞い込む。
 ……ちょっとだけ待ってみた。
「――あー、なあお嬢」
「何よ」
「俺的には茹でる事を希望する。生で十個はちと厳しいっていうか高カロリーすぎな」
「だったら喰うな!」
 何なんだこの冷蔵庫。



 事故から一週間が経った。その間、私は学校をずっと休んでいた。
 風邪で寝込んでいた、というのが正しい所だ。七海にもたまに世話に来てもらいながら、何とかしんどい一週間を乗り切った。
「ほんと、無理しないでね、サキちゃん」
 口癖のように、それこそ本当にお母さんみたいに、七海は私の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれた。
 彼女の柔らかな丸顔が目の前に来るたび、もう言いようの無い感覚に襲われる。
 ちなみに七海がいるときだけは、何故かあの冷蔵庫は喋らないらしい。私が前にいる時だけ陽気に喋るらしい。
 ……そんな生活を何とか一週間続けた後。学校に通える程度には復活した。
 とりあえずお金に関しては幸いと言うべきだろうか。私には父の保険金が残っているし、私の家族は大分裕福な方だ。高校を出る分ぐらいまでのお金には、何とか余裕がある。
 だけど――
 教室に戻ってきて感じたのは、腫れ物に触るかのような空気だった。
 べつに苛められたり、変なことを言われた訳ではない。私が休んでいた間のプリントやノート等を七海以外の人にも貰ったし、七海を筆頭に、みんな優しかった。柔らかにこう、私のことを気遣ってくれる雰囲気が伝わってくるぐらいに。
 ――それがちょっと、優しすぎただけで。
 その日を何とか乗り切った帰り際、ノートを受け取り七海に軽くお礼を言う。
「ううん、別にいいから」
 その七海の言葉遣いからも、心配してくれているのがひしひしと伝わってくる。ふっくらとしたパンに包まれたような言葉はとても柔らかくて、でもちょっと、伝わりすぎる。
 嫌いじゃないし、嫌じゃないけど……なんか、嫌だ。
「一週間、休んでごめん。色々ありがと」
「ううん。サキちゃんも、その」
「分かってる」
 言わなくても大丈夫。私は大丈夫。
 だから、そんなに心配しないで。
 高島サキは、そんなに弱い子じゃないから。
 だから、私をそんな弱い子のように扱わないで、七海。



 ノンフロン冷蔵庫は、やはり私が帰ってくると同時に口を開いていた。
「へい、お嬢! おかえりぃ!」
「……ただいま」
「お? どした。元気ないな。苛められたか?」
 冷蔵庫に慰められる私って一体なんだろう。
「……べつに」
 鞄を玄関脇に置き、冷蔵庫の前に立つ。
 生意気なこいつは今日もまたすぐ、蓋を開けて語りだした。
「へいお嬢! 今日は元気の無い君に、プリンを買ってきておいたぜぃ! 俺様偉い! とりあえず褒めてくれ」
「あたしが買ったんでしょ、それ。勝手に食べて無いわよね?」
「もちろん! プッチンプリン三パック、ちゃんと一個残したぜ」
「二つ喰ったんかアンタは!」
「んな細けぇ事気にすんなって、お嬢。それでも玉ぁついてんのか?」
「ついてないわよ、このバカ!」
 扉を開けて笑う冷蔵庫。
 勢い任せに、そのボディへトーキックをぶち込んだ。
 最近、こんなやり取りばかりだ。生意気な冷蔵庫は、何故かいつもあたしの気持ちを逆撫でする。今度お隣のベスト電器に持っていこうか、本当に。
「まぁまぁ、お嬢。プリン一個で怒るなって。な?」
「お前が言うか!」
 手にした鞄を投げつけ、目の前のノンフロン冷蔵庫を睨みつける。
「んー、やっぱお嬢は怒ってるほうが可愛いぜ? あんま眉潜めて下向いてっと白髪増えるしな」
「……あっそ」
「へいへい、ファイト!」
 相手にするのが疲れたので、わめく冷蔵庫を無視して部屋へと戻ることにする。
 ――こいつのせいで、ちょっとだけ元気の出る自分が嫌だった。
 この冷蔵庫、何となく弟に似てるのだ。口調とか、態度とか。もっとも、冷蔵庫の分際で生意気さは遥かに上なのだが。
 それに少なくとも、こいつがいると私は独りにならなくて済む。それは、今の私にとっては、とても大切な事だ。



「あんたさぁ。お父さん、っているの?」
「東芝」
 聞いたあたしがバカだった。



 三週間ぐらい経った。
 学校帰りに、七海と一緒にお勧めのケーキを買った。
「ねえ、サキちゃん。ケーキ二つ買ってどうするの?」
「ん? ああ、一個はうちの冷蔵庫にあげるのよ」
「……は?」
「買ってかないと怒るから、あいつ」
「さ……サキ、ちゃん?」
「――あ。何でもない。忘れて」



 一ヶ月プラス七日間が経った。
 満月が綺麗に輝いている、そんな金曜日の夜のことだった。
「へいお嬢! 今日はいつにも増して元気が……って、ちょっとまてお嬢! 何買ってんだおめぇ!」
 普段は挑発する冷蔵庫が珍しく、先に悲鳴をあげる。その私の手には、コンビニ袋に包まれた焼酎があった。
 もちろん私は未成年だ。今の私は高校三年生で、お酒なんて飲んじゃダメに決まっている。買ったのも当然、初めて。学校の先生に見つかれば謹慎処分を受けるだろうし、犯罪行為だという事は一応自覚している。
 でも、家の中には私一人しか今はいない。飲んでも叱る人もいない、泣く人もいない。
「へい、お嬢。あんた未成年じゃねえのかい? 未成年がお酒飲んだら、お巡りさんに捕まっちま」
「うっさい。付き合えノンフロン有害冷蔵庫」
 親父くさい事を言って、冷蔵庫の前で焼酎を開ける。その半分を、父が使っていた愛用のグラスに注いで。
「お前も飲め」
 残りを冷蔵庫の中に押しこんだ。
「え、俺様? っていうか俺様ってまだ製造から一年未満だし……っておい! お嬢!」
 冷蔵庫の叫びを無視して、ガラスに注いだ酒を一気に煽る。喉に絡む、焼け付くような感触に一瞬びっくりしたけど、そのまま喉の奥へと流し込んだ。
「なな、何一気飲みしてんだお嬢! なんか学校で嫌な事でもあったか! っていうか明らかにヤケ酒だろそれ!」
「……いや、無いけど」
「じゃあ突然どうしたよ、お嬢。らしくねえだろ、どう見ても」
 冷蔵庫がわめいている。ちょっと快感。それと心地よい浮遊感のような感触。
「……色々忘れたいのよ、あたしだって。お酒って飲めば忘れられるんでしょ? そう聞いたし」
「忘れる? お嬢、酒に逃げるのは――」
「いいから飲め、このバカ冷蔵庫! それでも男かアンタは、ええ?」
 冷蔵庫の一番下を蹴り飛ばし、酒瓶をドンと置いて睨みつける。
 この小憎たらしい生意気な冷蔵庫、実は肝が小さいんじゃないだろうか。肝というかバッテリーというか何というか。
「おぅ? んだとお嬢。そう言われちゃあ立つ瀬がないなぁ、俺としてもよ!」
「……そうこなくちゃ」
 私の挑発に、冷蔵庫は簡単にのってきた。
 最近、少し分かった事がある。この冷蔵庫、挑発にすぐ乗ってくる。
「お嬢に負けるほど、こちとら伊達に冷蔵庫やってねえぜ俺様はな!」
 ……馬鹿だ。私もだけど、こいつ馬鹿だ。



「おげぇぇぇっ……」
「氷を吐くなぁぁぁっ!」
 冷蔵庫と私の悲鳴が響く。一番下段の冷凍庫から、ガラガラガラガラ、激しい音。
 そう絶叫する私も、既に随分と視界が回っていた。
 思考はできるのだが、論理的な会話に繋がらないような気がしてる。まあ、冷蔵庫と会話してる時点で既におかしいから問題ない。
 フローリングの床の上に、氷の粒がばら撒かれる。脇に置かれたゴミ袋には、いつからそこに置いてあったのか、プリンの欠片や牛丼が転がっていた。
 目の前の冷蔵庫に手をかけ、力任せに扉を開く。
「うっせえな、お嬢! 大体てめーだってヘロヘロじゃねえか! 酔いつぶれ寸前のヘタレのくせによぅ!」
「なに? あたしがヘタレ? んな事はない!」
 脊髄反射で立ち上がり、足元の氷を踏みつけて即座にひっくり返る。スカートが翻って転ぶ姿は、まさしく酔っ払いそのものか。
「ほぅらみろバーカ。未成年が酒なんか飲むからだ」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! あたしの勝手だそんなの!」
 殆どやけっぱちに近い叫び声を上げ、胡坐をかいて座り込む。そのまま勢いで三本目の焼酎をあけ、目の前の冷蔵庫へとぶち込んだ。
「……んでよぅ、お嬢。一体どうしたんだ?」
「あぁ? 何が」
「やっぱ、らしくねえだろ。お嬢は気丈っつーか、どっちかって言うと格好いいタイプじゃん? あんまりこう、酒に逃げるタイプにみえねえけどな」
 酒の勢いが、冷蔵庫の余計な言葉で一気に冷める。覚ますなこのバカ冷蔵庫。
「んなに嫌な事があんのか?」
「……別にいいじゃない、そんなの。余計な事言うなこのバカ冷蔵庫」
 酒瓶を脇にどけ、視線が自然とカレンダーへと向く。明日、五月十六日。土曜日。
 ――四十九。
「ああ、そうか。明日、四十九日か? お嬢。体調不良で初七日とか行けなかったみたいだしな」
 私の目の動きを、冷蔵庫は読み取った。こいつの視界って一体どこにあるんだろ。
「もしかして、行きたくないのか?」
「……うるさいなぁ」
 冷蔵庫に問われて、焼酎片手にふいと横を向く。
 夜の十二時を過ぎた時計の秒針が、チクタク音を立てて針を動かしていた。一秒一秒、それはゆっくりと私の目の前で刻まれていって、全く遅れることもなく早まる事もなく針を進めていく。
「やっぱ行きたくないんだろ、お嬢。そうだろ」
「何でよ。あたしが家族の法事に行きたくない理由なんてあんの?」
 膝を立てて顔を上げ、冷蔵庫を睨みつける。
 苛立つ私の前で、そいつは小さく扉を開けた。
「……んー、そうだな。多分だけど」
 ゆっくり、小声で喋るように。
「泣きそうになるから、か? お嬢」
「……っ! 何でそんな事」
「お嬢ってさ。本当は涙もろいほうだと思うわけよ、俺。でもお嬢は――」
 がちゃん、とガラスの割れる音がした。
 反射的に、手にしていた酒瓶で殴りつけていた。
 何でだろう。何でかは分からないけれど、私は冷蔵庫の一言に腹の底からムカついていた。
「誰が。誰が涙もろいって? このクソ冷蔵庫。私が泣いてるの、見たことあるの?」
「いや、見た事はないけどよ」
「私は涙もろくなんか無い。私は、高島サキは、家族が死んだぐらいで泣くほど女々しい奴じゃない」
 手に痺れるような痛み。粉砕したビンの破片が、床の上に散らばっていく。
「……そっか。そうだったな」
「何よ。その何か言いたげな顔っていうか雰囲気は。何とか言いなさいよ」
「んー、じゃあ一つ、いいか?」
「何よ」
 新しく取り出した焼酎を口に含み、軽く一杯飲み干す。
「お嬢さ。何つーか、変な我慢の仕方してないか?」
「――――――――――――何を」
 一口飲んだ焼酎が喉に焼き付いて、返事が遅れた。
 その焼酎と一緒に余計なものを飲み込んで、冷蔵庫を無言のまま睨めつける。
「いやまあ、それ以上は言わねえけど」
 私の顔を見て、かもしれない。冷蔵庫はそこで言葉を止めた。
「まあ何だ、お嬢。俺から言えるのは、あんま無茶するなって事か」
「べつに、無理なんかしてないし」
「意地っぱりだねぇ、お嬢も」
 けっけっけ、と妙にけったいな笑い声を上げる冷蔵庫。
「ああ、それとさお嬢。お嬢がもっと大きくなったら、冷蔵庫なんかと飲んでないでもっといい男捜せよ? 友達でもいいけど」
 酔いが一瞬だけ冷めた。
 私の気も知らず、冷蔵庫は少し真面目くさった感じの声で話してくる。
「確か七海ちゃん、って言ったっけ? ほら、お嬢が熱出してたときに見舞ってくれた友達。いい奴じゃん。今日だってその子と飲めば良かっただろ? な?」
「……できるわけ無いでしょ、そんな事」
「何でだ? 俺とは飲めて、あの子とは飲めないってか? それは違うだろ、お嬢。人間なら人間同士で飲めや。俺様みたいにダンディーな冷蔵庫は、普通は出てきちゃいけねぇ」
 偉そうに語るノンフロン冷蔵庫。
 その口調は何故か、妙に私の心に染みる。これも酒のせいだろうか。
「本当はな、お嬢。冷蔵庫ってのは喋っちゃダメなんだぜ? ほら、冷蔵庫ってのは、俺を買って下さったお客様の食材を冷やして保存するのが最大の仕事な訳だ。俺様の体内で保存された最高の食材を、料理に使ってみんな幸せになるのが仕事。お酒の相手やお喋り相手は専門外。本当は分かってんだろ? お嬢」
 言うな。それ位分かってる。
 本当は少しだけ、理性の中では分かってる。冷蔵庫が喋るのがおかしいことぐらい。
 でも私は話し相手が欲しいんだ。そうしないと、私はウサギのように寂しく死んでしまいそうで。
「……それは、分かってるけど。でも」
「まあでも、ちっとぐらいは業務外サービスもいいかな。たまには」
 絶妙なところで、ノンフロン冷蔵庫は話題を遮った。
「もう暫く付き合うぜお嬢。お嬢が普段のお嬢に完全復活するまで、俺様は喋る冷蔵庫だ」
 普段のお嬢。どうだろう、私は本当に戻れるのかな。
 冷蔵庫から視線を外す。戸棚から落ちたアルバムが、床中に散乱しているのが見えた。
「……ありがと」
 何故かお礼を言ってしまった。冷蔵庫相手にお礼を言ってる人なんて、多分私ぐらいなものだろう。
 でもまあ、いいか。今ぐらい。
「あのさ。あんたって」
「ん」
「意外と優しい?」
「お? 今ごろ気がついたか、俺様の魅力」
 自慢げに答える冷蔵庫は、少し照れくさそうだった。
「そっか。優しいのか」
 冷蔵庫の返事に頷いて、納得して。
「よし分かった。じゃあとりあえず飲め」
「え? いやちょっとまてお嬢。話が繋がってないような気が」
「うっさい! いいから飲めクソ冷蔵庫!」
 もう何本目かの焼酎を開け、冷蔵庫へと押し込む。
 慌てるコイツの姿は、何故かとっても可笑しかった。

 ――なんだよこの生意気な冷蔵庫。
 冷蔵庫のくせに、時々あったかい。



「おげぇっ……」
「おおおおおおお嬢っ! 冷蔵庫の中に吐くなバカバカバカ! お、俺様のミラクルバディがっ! ナノ光プラズマ除菌機能がぁっ!」



 四十九回忌は、つつがなく終わった。もちろん、前日酔っていた状態などおくびに見せることなく、黒のワンピースに身を包んで。
 滞りなく、泣くことなく何事も。
 ただやっぱり、七海にはばれた。彼女は鋭い、というより私との付き合いが長いからか。
 とりあえず、お酒の事は全部白状した。少し怒られて、とっても心配された。
「ほんと、そんな事してたら謹慎処分になるよ? っていうか、あたしが心配するから止めて」
「……ごめん」
 とりあえず、酒は高校卒業するまで止めておこうと思う。
 そうやって一通り、先生代わりに七海から説教を受けた後。
「それとさ、サキちゃん。……変な言い方だけど、最近ちょっと変じゃない?」
 突然、変なことを言われた。
「おかしいって、何が?」
「……気付いてないの? 学校にいる時とか、たまに独り言ぶつぶつ言ってたりするけど……」
「あたしが?」
 全然記憶に無かった。確かに学校の授業はろくすっぽに聞いていないが、それでも独り事を言っているつもりは無い。
 テストの点数も、まあ少しは落ちたけれど。先生に何か言われるほどでもない。
 小柄な彼女は私の前で、不思議そうに首を捻る。私に似たショートの髪が、風を浴びて僅かに揺れた。
「あ、それとさ。今度、久しぶりにサキちゃん家行ってもいい?」
「ん? ああ、いいけど……」
 結局、七海とはそんな口約束をしてから別れて家へと帰ってきた。
 マンションのエレベーターに乗り、眩しい西日を受けながらドアノブを空ける。
 いつもの室内に入ると、妙に甘酸っぱい臭いが漂ってきた。
「……うわ。何これ」
 フローリングの床にはビンの破片が散らばり、冷蔵庫には何故かあまり好ましくないものがへばりついている。
 ついでに、目の前では顔を見ずとも半泣きのアイツ。
「何これじゃねえだろお嬢っ! 遅刻するから後でとか言って勝手に出て行きやがって! もう絶交するぞマジで!」
「あー、ごめん。そだったね」
「そだったね、じゃねえよボケ! もっと俺様大切にしろ? な? 俺マジで泣くぞ」
「うん、よしよし。悪かった悪かった」
 半泣き状態の冷蔵庫を宥め、仕方なく雑巾で拭いてあげることにする。
 最近買ったはずの冷蔵庫は、何故か酒やら食べカスやら、その他色々なもので随分と汚れていた。その脇には受話器の外れた電話が転がっていたり、棚から散乱したアルバムが散らかっていたりする。その中から、数枚の写真がはみ出していた。
「今拭くから、ちょっと待っててね」
 そう冷蔵庫に伝え、台所においてある雑巾を取りに行く。途中、写真のようなものを踏んだ気がしたが、それは多分気のせいだ。
 冷蔵庫の脇に座り、念入りに力をこめて擦る。随分乱暴な使い方をしたせいか、新品に近かったはずの冷蔵庫は随分と格好悪くなっていた。新しく買ったはずの、我が家のノンフロン冷蔵庫。
「……あのさ」
「んだ?」
「アンタの事、レイトーって呼んでいい? 冷凍冷蔵庫の、レイトー。いつまでも冷蔵庫じゃ、あれだし」
 いつもより丁寧に力を入れると、埃なども色々と拭き取れた。
 普段気付かない汚れとか、色々。
「んー……レイトー、ね。随分安直だなこれまた」
 冷蔵庫は少しぎこちなく、呟いて。
「まあ、悪くはないや。仕方ねえ、そう呼ばれてやるか」
 レイトーは少し恥ずかしそうに、答えた。
「……この意地っ張り。本当は嬉しいくせに」
「うっせ。お嬢だって相当な意地っ張りだろうが」
「まあ、ね」
 それは認めてもいいだろう。私は意地っ張りだ。
 そして、こいつも私によく似て意地っ張りだ。時々、自分を見てるんじゃないかと思う時がある位――
「で、お嬢。今日の法事どうだった?」
「……大丈夫、だったよ」
「泣いたか?」
「あたしが泣く訳ないでしょ」
「……そっか。まあ、それもそう……かな」
 小さく呟くレイトーの声は、何故かひどくしょげた感じの響きに聞こえた。



「いいか。絶対喰うなよ。喰ったらアンタ、本気でベスト電器に持ってくからな」
 そう、レイトーに念を押す。彼の中には今しがた、二人分のチーズケーキが入っているのだ。
 一つは私ので、もう一つは七海の分。
「オーケー、お嬢。じゃあ一個は残しとく」
「二個とも残せ!」
 玄関にチャイム音が鳴った。
 今日は先日の約束通り、私の家族が亡くなってから初めて七海が遊びに来た。
 以前はよく、私の家は友達みんなでの溜まり場になっていたのだけれど。家族が亡くなってから、遊びに来る友達は誰もいなかった。遠慮して、だろう。多分。
 何となく懐かしい感じを受けながら、七海を家の中へと案内していく。
「なんか久しぶりだね、サキちゃんの家」
「そだね。そういえば久しぶり」
 何か感じるところがあるのだろう、七海の視線は彷徨うように室内の中を見渡していく。
 やがて、その足がリビングへと進んだ頃。
「……え」
 七海の顔が固まった。
「どした?」
 問い返す私。
 室内には特に、変わった所がある訳では無い。
 ただ家族が亡くなる前から使っていたソファーが、一つを残してひっくり返っているだけだ。本棚からはズタズタに切り裂かれたアルバムが落ち、その中の写真が床に散らばっているだけ。受話器の外れた電話は、コードを揺らしながら地面のあたりを揺れていた。その脇に飾ってあった家族四人の写真は、真ん中を銃弾で打ち砕いたかのような亀裂が走っている。そういえば、床に叩きつけたんだったっけ。葬式が終わった頃。
「サ……サキちゃん?」
 べつに何も変わった所はない、私の家だ。
 足元に散らばる、小さな家族写真の破片。それを足裏で踏みつけながら、私は振り返った。
「どうかしたの? 七海。そんな顔して。なんか変なものでもあった?」
 何故か呆然とする七海は、何だか真っ青になって私の顔を見つめている。
「……サキちゃん? あの」
「あ、そういえばさ。チーズケーキ、あるよ。レイトーが食べてなきゃ、多分大丈夫。ね、レイトー」
 久しぶりに七海が来たせいか、私も少し機嫌よく冷蔵庫を空ける。
 レイトーは大人しくしていたらしく、チーズケーキは二つそのまま残っていた。
「……さ、サキ、ちゃん。誰に話してるの?」
「え? 誰って……ああ。あのさ、七海。うちの冷蔵庫、どういう訳か喋るのよ」
 べつに今さら、不思議でも何でもない。七海は驚くかもしれないけど。
「ま、人前ではあんまり喋らないみたいだけどね、レイトーは」
 機嫌よく、冷蔵庫の中からチーズケーキを二個取り出す。
 その脇に置いたゴミ箱には、腐った牛丼やケーキがそのまま捨てられていた。
「サキ、ちゃん」
「どうかしたの、七海? 寒い?」
 七海は何故か、唇を真っ青にして震わせていた。
 何でだろう。
「そうじゃない。そうじゃない、けど」
「じゃ、とりあえず座ろう?」
 ひっくり返ったソファーを戻し、その上に何事もなく座る。
 そのまま、私はケーキを差し出し笑ってみせた。
 何となく、乾いた笑いで。
「あ、ああ……」
 七海は結局、ケーキを一口も食べず――ふらりと、後ずさりした。



「ねえ、レイトー。今日の七海、ちょっと変だった」
 残されたチーズケーキを皿に乗せ、レイトーの前へと持ってくる。
 七海は結局、すぐに帰ってしまった。残された私はただ一人、ぽつんと冷蔵庫の前に座っている。
 寒気のするような冷気が、私の髪を揺らしていった。
「何でだろ。あたし、何かしたかな」
 ケーキの乗った皿を片手に、冷蔵庫の戸を開ける。
「レイトー、食べる? 好きだもんね、ケーキ」
 その開いた扉、皿を入れた。
 上に乗せたチーズケーキは、私が皿を傾けると、するりとゴミ袋へと落ちていった。
 私には見えない。
「うわ、ちうか食べるの早っ! もうちょっとゆっくり噛んでよ、レイトーってば」
「……なあ、お嬢」
 神妙な、冷蔵庫みたいな声だった。
「あのさ。そろそろ自分でも思ってるんだろうけど、終わりにしねぇか?」
「……何を?」
 首をかしげて、レイトーに話しかける。 
 目の前の冷蔵庫は、零れた烏龍茶や食べ物でいっぱいになっている。
 今までは見えなかったはずのそれが、段々と視界に入ってくる。
「俺様はトークは専門外業務だ。そろそろ、自分に嘘つくのは止めようぜ。この前も言ったけどよ。冷蔵庫は喋ったりしないぜ」
「……何言ってんのよ。実際にあんた喋ってるじゃん。扉動かして」
「本当にそうか? ヘイヘイ、お嬢。じゃああんた何で、右手で俺のドアを開け閉めしてるんだい?」
「……うっさい」
「それで喋ってるように見せかけてるんだろ? この前の氷だってそうだ。自分でばらまいて自分でツッコミ入れて」
「うるさい!」
 右手を冷蔵庫から放し、扉を叩きつける。
 レイトーは何も変わらず、私に冷気を突きつけてきた。
 どうやら今日のレイトーはご機嫌斜めのようだ。さっきから随分と訳の分からないことを言っている。
「なあ。そろそろ限界が来たろ? 今日、七海ちゃんを家に入れたのも、そう思ったからだろ? 自分がぶっ壊れてるのに気付きたかったからだろ、お嬢」
「うるさいって言ってるのよ、このクソ冷蔵庫!」
 余計なことを言うな。
 それ以上、余計な事を言って――私の楽園を壊すな、クソ冷蔵庫。
 高島家には、ふざけた笑いと愛があれば十分なんだ。
 日下らないことを話して笑える、それだけでいいんだ。それが私の家。
「そりゃあな。家族が亡くなって寂しいのは分かるぜ。お嬢がめっちゃ無理してるのも知ってるさ。でも話し相手が冷蔵庫ってのはやっぱり、なぁ? 自分で言うのもあれだけど」
「……じゃあ何。あんたの喋ってる事は全部、自分の妄想だって言うの?」
「さぁね。答えはお嬢の心の中」
「私は信じない、そんな事」
 高島家は、いつも幸せいっぱいなのだから。
「だったらお嬢、まず右向きな」
 右を向く。
 家族写真の貼ったアルバムが、汚れた顔を覗かせていた。
「続いて左」
 左を向く。
 レイトーが食べたはずのものが、全部その汚いゴミ箱に詰まっていた。
「最後に正面」
 目の前には、ただ大きな冷蔵庫だけが佇んでいた。
 その戸に手をかけ、冷蔵庫の口を開かせる。
「こうして俺の大好きなお嬢は、現実に戻っていきました」
「ふざけんな!」
 冷蔵庫の扉を閉じ、両手に力をこめて蓋をする。
「私は、高島サキは、そんな妄想に浸るほど弱くない!」
「――って、思い込みたかったんだろ? お嬢」
 ぐさりと来た。
 苛立ちを紛らわせるように、扉へ拳を叩きつける。滲むような痛みしか帰ってこない。
「でも実際、高島サキは、新しい冷蔵庫の家族を作らないと心が壊れてしまうぐらい、か弱い女の子でした」
「そんなの違う」
 レイトーの辛辣な言葉に、イヤイヤと首を振って否定する。
 現実に、レイトーは喋っている。そりゃあ確かに、食事をしたり酒を飲んだのは嘘っぱちだったかもしれない。でも私の中から聞こえてくるこの冷蔵庫の声だけは、確かに耳に届いている。
 それが嘘だったら、私はこの広い家でどう過ごしていけばいいのか。
「お嬢。ここが踏ん張りどころだと俺は思うぜ」
 私の右手は、それでもレイトーの蓋を掴んで開いている。
 脇にはゴミ屑が散らかっていて、切り刻まれた写真が置いてあって。それが全部見える私がいる。
「俺の声がもし、お嬢の妄想だったとしたらさ。こうして俺が喧嘩売ってるって事は、お嬢の、高島サキの中に迷いがあるからだと思うな、俺は。このままじゃダメじゃん私、っていう前向きな気持ち」
「……それ以上喋るな。私を壊すな、冷蔵庫」
「本当に強いお嬢の真心って奴が、ようやく目覚めようとしてるんだと思うぜ、俺は」
「……それ以上喋るなって言ってるの。殺すよ、あんた」
「だからもう一歩頑張れよ、お嬢。お嬢ならそれができる。んで、そうなれば俺はお役ゴメン――」
「それ以上喋るなぁっ!」
 勢い任せに立ち上がり、冷蔵庫の裏側に回ってコンセントをひっつかむ。
 何の躊躇いもなく、直に引き抜いた。延長コードを引っ張りあげ、そのまま床に叩きつける。
 カツン、と小さな音が一回鳴って、冷蔵庫の電源は引っ張った毛糸みたいにプツンと切れた。
 ――それっきり、冷蔵庫は喋らなくなった。



 三十秒。いや、一分ぐらい経っただろうか。
「ああ……」
 意識が抜け殻たかのように、呟く。手の震えが止まらない。
 私の指先では、黒色の電源コードが僅かに揺らいでいた。
 時計の針が、音を立てて動き出す。秒針はいつも右回り。絶対に左には回らない。
「抜い、ちゃった」
 震える手先で、冷蔵庫のケーブルを延長コードへと刺し直す。
 口うるさい冷蔵庫は再度光を灯したが、しかし一言も喋らなかった。
「……レイトー?」
 冷蔵庫の戸をあけて、再び閉める。私の前においてあるのは、ただのノンフロン6ドア冷凍冷蔵庫だった。
 汚れに汚れた、ただの四角い大きな箱。
 ぴんぽーん。玄関で、チャイムの音が鳴る。ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。
 繰り返し響いた後、やがてドアが臆病気味に開いていった。
 多分。色々なものが、壊れていたんだと思う。
 あの日、五十日前のあの日から。
「……サキ、ちゃん。ごめん、さっきは慌てて逃げちゃって……」
 そう謝りながら部屋に入ってきた七海の目には、冷蔵庫の前で呆然とへたり込む私の姿が映っていた。



「レイトー。ねえ、レイトー」
 私が声をかける話し相手はもう、電源を引き抜いてから喋らない。
 何だよお嬢! と、弟にちょっと似た生意気な口を聞く理想的な冷蔵庫はもういない。
 何でだろう。何でみんな、私を置いていくのだろう。
「ごめん。私が悪かった。だから喋ってよ、レイトー。ねえ……」
「サキちゃん!」
 後ろから、七海の声が聞こえてくる。でも今はレイトーと話がしたい。
 誰か家族と話をしないと、私はこの家の静けさに耐えられない。
「ねえってば。ねえ喋って! ねえ!」
「サキちゃん――」
 声が聞こえたけれど無視する。
 冷蔵庫の縁に両手で掴みかかり、狂ったように上下へ揺らした。冷蔵庫は重たすぎて動かない。体重99キロ。イケメンな彼は喋らない。
 いつも弟みたいに生意気なレイトーは、今日はもう怒って黙っているのだろうか。そうに違いない。電源を抜いたから怒ってるんだ。死んだ訳じゃない。
 私が悪かったから。だからごめん、レイトー。
「……ごめん。喋ろう? レイトー。お願いだから。お願いだから、私をもう独りにしないで。お願いだから――」
「っ――高島サキ!」
 怒声が聞こえた。直後。
 おもいっきり、頬をひっぱたかれた。強烈な平手打ち。ねじれるように視界が回り、身体が床に倒れこむ。
 床中に、アルバムに挟んだ写真がばら撒かれてあるのが見えた。
 笑った顔、怒った顔、喧嘩中、旅行中。色々な写真の納まったアルバムの中身――
「……ごめん」
 不意に。
 背中から、七海にぎゅっと抱きしめられた。



「……ごめんね、サキちゃん。気付いてあげれなくて」
 後ろから、包み込むような感じ。
 とてもあったかかった。冷蔵庫の温かさじゃない、それは人肌の熱だった。
「――そうだよね。幾らサキちゃんでも大丈夫なわけ、無いよね」
 直の肌の感触が、冷蔵庫と違う温かい感触が伝わってくる。弟を蹴り倒すときや、お母さんに抱きついた時と同じもの。
 それは、目の前に置いてある冷蔵庫なんかよりも温かかった。
「七、海」
「ごめんね。私も、もっとちゃんと見てれば良かった。サキちゃん、学校では普通なんだもん」
 両手を回して、私の身体を後ろから支えるように抱きしめてくれる。
 足元には、破れたアルバムの欠片や砕けた瓶の破片が散らばっていた。
 それは、私がレイトーと話し始める前に全部破いたものだ。写真を見るのが辛くて、破り捨てたアルバムの欠片。
 壊れた口元が、仮初の言葉を紡ぐ。
「あたしは、七海、あたしは大丈夫――」
「ウソつき。意地っ張り。こんなになるまで、誰にもばれないように頑張ってたのに」
「大丈夫だ、あたしは大丈夫だって」
「……もういいから泣きなよ、サキちゃん」
 髪を撫でられ、力を込めてぎゅっと後ろから抱きしめられる。
「頑張りすぎなんだよ、サキちゃんは。それにほら、泣いても多分、サキちゃんが悲しんでるとか思わないから。ね? サキのお父さんやお母さんは、そんな人じゃないと思う」
「……でも、でも私は、私はほら、頑張らないといけない」
 そうだ。頑張らないといけないのだ、私は。
 悲しんだりしないで、いつもバカみたいに騒いで、喧嘩して。
 そうしないと、私は、私は――
「そんな無茶してると、弟のケンゴ君に怒られるよ?」
 ぐちゃぐちゃに歪んだ顔を覗きこんで。
 七海は、小さく頬を上げて笑った。
「姉ちゃんなに無理してんだよ! って」
 小生意気なあの弟によく似た、笑顔だった。
「っ……」
 私の中にある、意地の塊でできた鋼鉄の扉。それが音を立てて崩れていく。
 強がってた訳じゃない。高島サキは強がっているわけじゃなくて、私は高島サキとして精一杯の手向けをしようとした。
 死んだ家族を悲しませないようにと頑張ってた。笑いをいつも残しておこう。
 ――いつ、みんなが帰ってきてもいいように。
 だから、頑張らなきゃいけないと思ってた。
 泣いたら全部、ダメになると思ったから。
 気がついたら、冷蔵庫と喋っていた。何の変哲も無い、この冷蔵庫と。
 無理やり酒を飲んで飲ませて、誤魔化して、最後には壊してしまったこの冷蔵庫――
「う……うぁ」
 抑えきれなかった。
 五十日間、必死に溜め込んだものが溢れてくる。必死にせき止めて、抑えて、私の中で壊れそうになるぐらい溜まったそれは――
 その日、決壊した。
 一度ヒビの入ったダムは。もう止まれなかった。
 五十日分ずっと溜めていたものが、溢れていく。
 溢れていく――

 七海は、私が収まる最後まで付き合ってくれた。



「家の片付け、しよう。サキちゃん」
 俯く私にそう話しかけてくれた彼女が、そっと首元に回した手を放そうとする。
 あったかいそれから、離れくなくて。慌てて両手で捕まえた。
「サキちゃん?」
「……ごめん。もちっとだけ待って、七海」
「うん」
「ちょっと、もうちょっと泣かせて」
「……うん」
 ――私って、わがままかな。



 部屋中にばら撒かれていた写真を集め、一枚一枚アルバムへと戻していく。
 床に落ちた写真は、大半は原型を留めていた。引き裂いたのは写真を閉じたファイルだけで、写真は無事なものが多い。それに、ネガも机の引き出しに綺麗にしまってあった。
「写真、もう見ても大丈夫?」
「……うん」
 以前は直視できなくて、完全に破いてしまったそれ。今度は大切に、一枚ずつ直していく。整理が終わってから、掃除機をかけて細かな破片を吸い上げた。ひっくり返った電話の受話器を戻し、ひび割れた家族の記念写真を新しい写真立てに取り替える。
 ひっくり返したソファーを戻して、散らかしたままのゴミを片付け終わった頃。
 私はただ一言も喋らず沈黙している、大きな冷蔵庫を見上げた。
「これはもう、使えないかな……」
 隣で七海が、困ったように頬をかく。少し、バツが悪くなった。
 新しいはずの冷蔵庫は、一体どう使えばこうなるのか。開閉部は何度も酷使したように疲労し、中には殴りつけたような後や酒瓶の破片などが転がっている。無理やり電源を抜き差ししたせいだろう、もう電源を差し込んでも光すら点灯しない。
 例えウソでも、私を励ましてくれたノンフロン冷蔵庫。
 私がかつて、レイトーと呼んだ。それは冷たく温かい冷蔵庫。
 けれど、今はもう。
 一人で使うには少し大きすぎる――それは、ただの悲しい粗大ゴミだった。
 そう。ただの大きな冷蔵庫――



 本当は少し迷ったけれど。冷蔵庫は、お隣のベスト電器に依頼して引き取ってもらうことにした。
 ベスト電器の店員さんは妙に手際よく来てくれて、私の目の前でせっせと冷蔵庫を運んでくれた。ただその途中「どういう使い方をしたんですか?」という問いかけられた時は、さすがにお茶を濁すしかなかった。
 一緒に酒盛りした仲です。
 ……いえない。口が裂けても言えない。
 汗をかく私の前で、冷蔵庫が運び出されていく。マンションから運び出され、エレベーターを乗って下の階へ。
 私もそれを追いかけるように、階段を下りていく。
 マンション前に停車したトラックに積まれ、その壊れた冷蔵庫はいとも簡単に荷台へと乗っけられていた。
 幹線道路から少し外れた脇道にある、私のマンションの前。トラックにエンジン音がかかり、唸り声を上げ始め――
「最後に一言、サービスだ。元気で頑張れよ、お嬢」
「……あ」
 幻聴が聞こえた。レイトーの声だった。
 太陽の光が、雲の合間を抜けて差し込んでくる。
 ボロボロに壊れた冷蔵庫は、照りつける日差しを浴びて。
 随分と、温かそうだった。
「……うん。そだね。頑張る」
 そのトラックを、私は一人で見送っていく。
「ありがと、レイトー」
 手を振る私の前で、トラックの車輪が加速する。
 冷蔵庫を載せ、のろのろと走り出したその車体の姿は。
 目の前の幹線道路を右に曲がり、やがて私の視界の外へと消えていった。



 今度、新しく買う冷蔵庫は。
 もう、喋ることは無い。


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