高得点作品掲載所     紅月赤哉さん 著作  | トップへ戻る | 


ペラペラボレンゴ

 三種類のおはじきと二本の棒。
 それが自宅の居間へと入った天野新太郎の目に、最初に飛び込んできた物である。
 一瞬、部活の疲れからかと目をこする。そして野球部規定の坊主頭を何度か叩く。それでも入ってくるものは変わらない。それは特別な物ではないのだが、普段見慣れない物だけに新太郎は違和感を覚えたのだ。
 彼から見て、おはじきは奥から赤と青と黄色と並んでいた。
 もしかしたらおはじきではないかもしれないが、少なくとも彼の目にはそう見えている。
 居間の間取りは、ドアを開けて入るとまっすぐ先に小さいテーブルがあり、その周りにソファが配置されている。食事の後の家族団欒を楽しめるような配置。
 問題の一式が置かれているのは、そのテーブルの上――ではなく絨毯の上だ。
 そしておはじき三つを境目にして対称の位置に、妹の美幸とその友人である木村乙女が正座をして座っていた。二人とも肩まである髪が動作に従って揺れているが、美幸は少し丸みを帯びた顔と大きめの瞳を持っているのに対し、乙女は全体的に顔の造詣が小さく、美人の部類に入る。
 いつもはにこやかに笑いあっている二人だが、今の彼女達の間に流れる空気は友好的なものではない。新太郎はいつか友人に連れられて行った剣道部の大会で相対した選手の間に流れる気配を思い出した。
 特に武道系の部活をしていない中学二年の女子が持つには、過ぎた物ではあろう。
 新太郎が現れてからしばらく無言で動かなかった二人は、突然行動を開始した。
「ペラペラ!」
「ボレンゴ!!」
 美幸と乙女は叫んでから下に置かれた棒を掴み、乙女は素早く赤と青のおはじきを叩く。
 残りの黄色のおはじきは美幸が叩いた。
「く……『あんぶるぽりっぱ』の儀式は失敗か……」
「まだまだ甘いよ、乙女ちゃん」
(何をやっているだろう……)
 新太郎の目から見ても何かのゲームではあるようだと分かったが、ルールも言葉も理解できない。そんな新太郎の視線を受けつつ、二人は動作を続ける。
「『もぺーびょ!』」
「『むっさ! ばれ! ぼごりんちょ!』」
 乙女が素早く棒を三つのおはじきの上で三回振る。美幸はそこでおはじきの間を言葉を叫びつつ棒で叩いた。乙女が何かに気づいたかのように顔を青ざめさせる。
「そんな! 『くあーぷりんぽす』はまだ使えないんじゃ?」
「忘れたの? エキスパートルールだと序盤に出された『えくありんだーれす』にカウンターを当てられるの」
「あ! そうだった……これで点差は二百点かぁ」
(点差って! 得点って! いつ取ったんだよ!?)
 新太郎は内心で突っ込みながら、それでも言葉にするのは避けていた。何をしているか全く理解は出来ないが、真剣勝負をしていることは間違いない。勝負の途中で邪魔をすることはやはりいけないことだろう、と新太郎はわざわざ口を抑えて突っ込みを防止しようとする。
 だがそんな新太郎の思いに反比例するかのように、妹達の奇行は続く。
「『まるとりん・ふぁーべんらんちぇ!』」
「『ぽぽっぽぷぷるるん!』」
「『あれさんぶろじゃー!』」
「『くれくれたこまりさ!』」
 乙女が赤いおはじきを棒で弾き飛ばし、それを美幸が打ち返して他のおはじきへと当てる。乙女は弾かれた青と黄色のおはじきをぱぱっと叩いたかと思うと、棒を置いて指で青のおはじきを赤のそれへと弾く。
 美幸はそのおはじきを棒でインターセプトした。
「ぬぬぬ……美幸ちゃん、強すぎるよ〜」
 乙女が憎憎しげに呟く。
 二人の美少女。
 兄の新太郎から見ても美幸は可愛く、乙女も美しい。
 実際、妹には内緒でファンクラブを作って会費を百円ずつ集めている新太郎は、全学年に広がるファンの男達が今の彼女等を見た時に、どんなリアクションをするのかを考える。
 何か大事なものを無くしてしまいそうな感じだった。
 軽い虚無感が新太郎の右足にまとわりつく。
 もう少しで引きずりこまれてしまいそうだった。
「これで六億二千三百七十七万対二十四だね。じゃーんけーん」
「ぽん!」
 やけに巨大になった得点を告げた後になされるじゃんけん。勝ったのは乙女。
「わーい! 勝った〜」
「これで勝敗は五分五分だね……」
 美幸が寂しそうに言うのを聞いて、さすがに新太郎は堪忍袋の緒を緩めた。切れるまでは行かなかったのだ
「今までの点数は何だったんだ!?」
「あ、お兄ちゃんお帰り〜」
「お邪魔してます」
 二人の女の子は今まで新太郎が帰っていたことに気づいていなかったらしい。その事実に肩を落としつつも、彼は二人の傍へと向かった。二人の反応よりも興味があるのは、やはり彼女達が興じていたゲームだ。
「何これ?」
「え!? お兄ちゃん、『ペラペラボレンゴ』知らないの!!?」
 美幸の顔はまるで人ではないものに遭遇したかのような驚愕を表していた。ぽふっ、と音がしたほうへと視線を向けると、乙女がすでに何かを飲み終えていたコップを絨毯の上に倒している。
 視線は無論、新太郎へと向けられているが、その顔にあるのは驚愕と哀れみだった。
「いいんですよお兄さん。たとえお兄さんが小学一年に足し算で負けようとも、赤ちゃんと五十メートル走して負けようとも、私達はあなたの味方ですから」
「いったいどれだけ哀れんでるんだよ!」
 さすがに憤慨して新太郎は怒りを見せる。しかし美幸達は顔を少ししかめただけであまり効果はないらしい。しかめたのは新太郎が怒ったことではなく、小学生に足し算で負けるくらいの理解レベルに対する哀れみだろう。
 新太郎は更に続けようとしたが、美幸が子供に言い聞かせるように話してくる。
「実は、明後日から全国大会への合宿があるんだよ」
「何の?」
「『ペラペラボレンゴ』」
 話の内容は理解していたが、頭のどこかで新太郎は否定したかった。何の意味もない否定だったが、それでも何か抵抗したい気分になる。
 そんな思いも一瞬。
 新太郎は息を吐いて、呟いた。
「つまり、『ペラペラボレンゴ』は競技なんだな」
「うん。今、巷で大流行しているんだよ。去年まで凄くマイナーだったんだけど、去年の終わり頃からブームに火がついて、とうとう先月、全国大会を開くことが決定したの。で、今から二週間後の大会に向けて練習してるってわけ!」
 楽しそうに語る美幸に、新太郎は少し感動していた。
 幼い時から自分の後ろをついて周り、ちょっと倒れるたびに泣いていた妹。
 そんな妹が今は威風堂々と自分に『ペラペラボレンゴ』について語っている。
(……なんとも形容しがたい気持ち)
 嬉しいはずだったが、どこか釈然としなかった。
 威風堂々さが向けられている先が『ペラペラボレンゴ』なのだ。
『ペラペラボレンゴ』が、今は美幸を支えているに違いない。
【今の私があるのは、『ペラペラボレンゴ』のおかげです!】
 新太郎の脳裏に王冠をかぶり、ピンクのレオタードの上に王様の羽織るようなマントを着ている美幸が浮かぶ。
 想像の中の美幸はトロフィーを持ち、涙声になりながらインタビュアーの突き出すマイクに向けてメッセージを送っていた。後ろの垂れ幕には『日本美少女コンテスト』の文字。
【さあ、皆さんも『ペラボレ』を!】
 声高らかに省略形を言う美幸。それから日本全土に『ペラボレ』旋風が巻き起こり、街を歩くと子供が、奥様が、サラリーマンが、お年寄りが、全ての人々が『まるとりん・ふぁーべんらんちぇ』とか『もぺーびょ』とか口にするのだ。
(……なんか凄く嫌)
 凄まじく突飛で嫌な想像を振り払うように頭を振って、新太郎は尋ねた。
「それって一体どこから出てきたんだ」
 答えたのは乙女だった。
「元々は南ブラジルに住む日系人が明日のお天気を占うために始めたらしいです。そしてあまりに的中率が悪いので止めようとしたのですけど、折角道具を用意したんだから別の事に使えないかと考えて、そこから生まれたらしいです」
 説明してくれた乙女は、言葉を終えると同時に傍に置いてあった自分の鞄から一冊の本を取り出す。
 表紙にはでかでかと『ペラペラボレンゴ最強百十手!』と書かれている。
 下に巻かれる帯には『発行部数百万部突破!』とある。
 まさか解説本まであるとはと、新太郎は頭を抱えた。何に対して落ち込んでいるのか自分でも理解出来ず、もちろん妹達も理解出来ていない。
「うーん、まだまだお兄ちゃんにはこれの楽しさが分からないようだね」
「いや分からなくていいからさ」
「なら美幸! お兄さんにもやってみてもらおうよ!」
 死刑宣告を受けたかのような衝撃に、新太郎は座ったままふらついた。それを考えもしないで、美幸はテンションを上げる。
「そうだね! お兄ちゃんやろうよ〜!」
 妹とはいえたった一つだけ年下である美幸のペースに、新太郎は逆らえないことが多い。
 それだけ妹には甘いのであるが……今回ばかりは断りたかった。
「あー、ごめん。別に俺は――」
「やって、くれないの?」
 美幸の胸の前で組まれた掌の震えに見えるのは不安。
 尻上がりの言葉に含まれるのは失望。
 上目使いの瞳に浮かぶのは悲しみ。
 新太郎は即座に言っていた。
「まあ暇だからいいよ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
 言葉の前と後で正反対の表情を瞬時に浮かべる美幸に、新太郎は気づかれないようにため息をつく。
(妹の将来、少し心配……というか、俺が心配)
 妹が男を操るようになるのではという心配と、そんな妹とめくるめく禁断の世界に入り込んでしまうのではという心配。
 どちらに転んでも手痛い結果になるだろう。そんな心配をしている内に『ペラペラボレンゴ』の準備が整っていた。
 準備と言ってもおはじきを挟んで二人ですわり、棒を用意するだけだが。
「口で言うよりも実戦で覚えてもらったほうが早いよ」
「待て待て! 俺、さっきの見てぜんぜん分からなかったから!?」
「いいよ。間違える度に教えてあげるから」
 無邪気な笑みを浮かべて言ってくる妹に何も言えず、新太郎は体勢を整えた。
(えっと……最初はどうするんだっけ?)
 妹達の行動をトレースする。その間に妹が先に言った。
「じゃあ、あたしから先行ね。ぺらぺら!」
 美幸はそう言っておはじきを赤から叩いていく。新太郎はうろ覚えながらも先ほどの乙女の言葉を呟いていた。棒は持たずに言うだけ。
「ぼんごれ」
「――えっ!?」
「な、なに!?」
 美幸のあまりに切迫した声に、新太郎は何か自分がいけないことをしたのではと不安になる。ふと、視線を横で見ていた乙女に向けてみると、感嘆を含んだ視線を新太郎へと注いでいた。
「す、凄い大胆ですね……お兄さん」
「大胆!?」
「『あけろーぼーるす』は諸刃の剣なんだよ……『あんぶるぽりっぱ』の儀式を捨てるって事は後で勝たないと六万点の喪失だからね……」
「え? え? 何かやばいの?」
 とにかくわけが分からない新太郎だったが、美幸達はその辺りを説明せずに更にゲームを続行する。美幸が棒を手にして言葉を言いながら、中空に文字を描くように振る。
「『あんにんまっかろー』」
 新太郎は何をしたらいいのか分からないので、とりあえず棒を持って適当な言葉を言いながら、赤いおはじきを棒でひっくり返した。
「ぽれぽれ」
「そ、そんな――!?」
 美幸が叫び、棒を落とす。その横では乙女も信じられないと言ったような表情で新太郎を見ている。その表情は『完全に予想の外』と言っているかのようだ。
「それはやりすぎですよ、お兄さん! 美幸をぼろ雑巾にするつもりですか!?」
「しょうがないよ、乙女ちゃん。勝負だもの。でもまさか、このタイミングで決められるとは思ってもみなかったよ」
「え? え? え?」
 美幸は肩を落とし、ため息をついた。どうやら勝負がついてしまったらしいことは分かるが、新太郎は全く何がなんだか分からない。妹とその友達が塞ぎこんでしまったことに罪悪感を感じてしまった彼は、ふと思い出したことを言った。
「あれ、やらないのか? じゃんけん」
 確か乙女が負けたと言った後にじゃんけんをして、それに負けた美幸が五分五分と言っていた。それを指摘したことでこのおかしなゲームに入ってしまったのだから覚えている。
「――!」
 だが美幸はその瞬間、涙を浮かべて立ち上がると居間から出て行った。あっけに取られた新太郎の頬を、視覚外から乙女が平手打ちする。衝撃によろめいて、打たれた所を抑えながら新太郎は乙女を見た。
「お兄さん! 酷すぎです!!」
 乙女は吐き捨てるように言うと、そのまま走って美幸の後を追っていった。残されたのは新太郎と三枚のおはじき。そして二本の棒だ。
 ゆっくりと部屋を見回す。ぐるりと一回り。
 たっぷり時間をかけて視線を競技道具へと戻した新太郎は、素直な気持ちを表現することにした。
「――なんなんだー!!」
 まず、新太郎は絶叫した。




 その後、新太郎は二人と仲直りは出来たが、美幸は傷心のまま合宿に参加。しかし、そのまま全国大会に出場した彼女は、見事銅メダルを獲得した。
 そして新太郎は……。
「お前がキング新太郎か。俺とのデュエル! 受けてもらうぜ!」
 赤毛を逆立てた少年が広げた右掌の指の間に三枚のおはじきを挟み、二本の棒を持って新太郎の前に現れる。
「キング新太郎とかそんな恥ずかしい名前付けられても――」
「問答無用! 戦士は勝負で語るのみ!!」

 こうして今日も新太郎は真の王者という称号をかけて戦うのだった。

「か、完敗だ……強すぎる!」
「だからわけわからんて」

 彼に勝てた者は、今日もいない。


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