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| 目次 はじめに |
はじめに 小説は基本を覚えると飛躍的にうまくなりますが、 ある程度すると成長が頭打ちになる時期が来ます。 ここで限界を超えられるか、そのままズルズルと停滞してしまうかが、 プロになれるか否かの分かれ目だと思います。 限界を超えるためにはどうしたら良いのでしょうか? 研究したことをまとめてみました。 |
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技術のパラドックス
『賢人は先人から学ぶ』という諺があります。 創作の世界には、古今東西の膨大な先人たちが積み上げてきたノウハウ、セオリーがあります。 これらを学ぶことは、レベルアップの近道になることは間違いありません。 小説に限らず、あらゆる分野において上達の道とは、 先人たちに教えを請い、彼らを模倣することから始まります。 ただし、テクニックやノウハウを学ぶことには1つの弊害があるのです。 芸術の世界には、技術だけ追求するとつまらなくなるという技術のパラドックスが存在します。 小説に限らず、書道でも、歌でも、絵でも同じコトで、技術だけこなしているものというのは、 一見、すごそうに見えるのですが、たいがいおもしろくないのですね。 その人らしさが感じられない、教科書そのまんまな作品・表現になってしまうからです。 無論、これは技術を否定するということではありません。 技術というのは、芸術が芸術であるための必要条件であって十分条件ではないということです。 技術さえ身につければプロに通用する作品が作れるだろうという技術偏重主義は危険です。 「セリフはこうあるべき」「キャラクターの描写はこうあるべき」「アクションシーンはこうあるべき」 というマニュアルをそのままなぞっていたのでは、「仏作って、魂入れず」になってしまいます。 技術の習得に励んでいると、上手くできない自分にいらだってもっと上手くなりたいと願うものです。 こういった向上心は失ってはいけないと思いますが、 何のために技術を習得しようとしていたのか忘れて、盲目的に技術の習得に励んでいたのでは、 そこで壁にぶつかってしまいます。 先人たちの模倣は確かに上達するために必要なことなのですけど、 ある程度したらそこから抜け出さないと、おもしろ味のない作品しか作れなくなるのです。 セオリーに忠実すぎて逸脱性が無い…… 言い換えると、その人らしさの感じられない退屈なものになってしまうのですね。 例えば、写真。 これって絵として見れば、どんな画家でもなしえない完璧な写実画ですよね。 でも写真には絵としての価値がありません。 カメラを使えば誰でも簡単に作れる上に、完璧すぎておもしろ味がないからです。 では、彼女からプレゼントされた手編みの手袋はどうでしょう? 市販品と違って、左右の大きさが違っていて、デザインもなんか変(汗)。 でも、お店で買ってきた物をそのままプレゼントされるよりも、ずっとうれしいですよね。 なぜなら、それは大量生産されたものには有り得ない、彼女らしさが滲み出ているからです。 この世に1つしかありえない。他の誰が作っても同じようには作れないモノ。 そんなものに本当の価値があるのです。 ところが技術のみを追求していると、手編みの手袋のようなその人らしさが失われ、 大量生産可能な写真のような作品が生まれるようになります。 うまくなったのに関わらず、つまらなくなるという重大な矛盾が発生するのです。 これがテクニックの弊害、技術のパラドックスです。 ▲ページの先頭へ |
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初心者が陥りやすいアンチテクニックの危険性
技術のみを追い求めると、つまらない作品しか作れなくなる…… では、技術を否定して感性のおもむくままに小説を描けばおもしろい作品になるかというと、 そんなことはありえません。 あなたは幼稚園児の描いた絵に、価値を感じるでしょうか? 子供は感性の塊ですよね。 大人には思いもつかない発想、常識の枠組みに囚われない考え方を持っています。 でも子供の描いた絵が、ピカソの描いた絵と同列に扱われることはありません。 子供の絵をお金を出して買おうなんて思う奇特な人はいないのです。 技術の習得を放棄して、ただ描きたいように描いた作品が傑作となるのであれば、 誰もが簡単にプロ作家になれます。 技術というのは自分の表現したいモノを表現するのに、どうしても必要なものなのですね。 実際に小説を描くと、自分の表現したいモノを文章として具現化するのが、 いかに難しいかよくわかります。 こんな作品にしたい、こんな人物を創造したい、 この場面はこんなふうに描きたい、こんな心情を伝えたい、 というイメージがあるのに、実際に小説を描くと、 イメージとはかけ離れた下手なものになってしまって歯がゆい思いをするのです。 イメージした物語を読者に伝えたいと思ったら、やはり技術を磨くしかないのです。 それをしないで、好きなように小説を作ってみたところで、 読者はおろか、自分さえ満足できる作品にはなりません。 一部の訪問者の方から、 「ライトノベルは何でもありの分野だからノウハウなど不要。タブーは破るためにこそある」 というような意見を何度かいただいたことがあります。 無論、先人たちの言うことを、そのまますべて鵜呑みにすることは危険です。 特にライトノベルは、新しい可能性を持ったジャンルですから、既存概念にとらわれず、 さまざまな試みをしてみる必要があるでしょう。 ただ創作理論というものは、 先人たちが試行錯誤してきた中で生まれた、それなりの根拠があって成立しているモノですから、 安易に否定すると、誰にも理解してもらえない独りよがりな作品を作ることになります。 大切なのは、自分らしさをどう作品に反映させるかで、 基本を無視した突飛なことをして珍しがられるということではありません。 作法を無視することと、自分にしか作れない新しい価値を創造することはまったく異なることでです。 ▲ページの先頭へ |
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初心者が作った作品はオリジナリティに溢れている?
『教育が個性を潰す』という警鐘をたまに聞くことがあります。 人はみな生まれながらに素晴らしい個性を持っているのに、 画一的な教育がその芽を摘み取ってしまうのだ、という説です。 では、創作理論などまったく知らない初心者の小説は、オリジナリティに溢れているのでしょうか? では、技術などまったく知らない初心者の作品は、オリジナリティに溢れているのでしょうか? 私は250作品以上のアマチュアの作品を批評してきたのでわかりますが、 実はそんなことはありません。 9割以上の作品は、技術もない上、オリジナリティも見受けられないのです。 私たちは、自分のことをこの世でただ1人の個性的な存在だと思ってしまいがちです。 だから、そのまま感性で描けば、 なにもしないでもオリジナリティがある作品になると勘違いしやすいのですが、 実はそれは大きな間違いです。 私もある時期まで、勘違いしていました(汗)。 悲しいことですが他人の目から見たら、 その他大勢の1人だったなんてことが、おうおうにしてあります。 私の失敗談をお話ししましょう。 まだ執筆暦一年にも満たなかったころ、新人賞に応募するつもりで長編小説を描きました。 その長編小説には、自分にしか作れない独自の切り口を導入したつもりになっていて、 かなり自信がありました。 これなら良い評価がもらえるだろうと、某有名投稿サイトに投稿してみたのですが、 そこで返ってきた批評が、 「この作品は新人賞に応募されるそうですが、どこにオリジナリティがあるのでしょう?」 という非常に辛辣なものでした。 そこで気づいたのですね。 自分が個性だと思っていたモノは、他人の目から見たら個性でもなんでもない、 既存作品の模倣の域を出なかったということに。 技術のパラドックスに陥る以前に、人に誇れるほどの個性を持っている人など、 なかなかいないというわけです。 厳しいですが、これも1つの現実です。 ▲ページの先頭へ |
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自分にしか作れない作品を作るためには?
技術のパラドックスを打破するためには、既存の枠から逸脱した自分らしさ―― オリジナリティが必要になってきます。 それでは、オリジナリティを生み出すめにはどうしたら良いかというと…… これは最大の研究テーマで、いまだハッキリした答えは見つかっていません。 こうしたらおもしろい作品が作れるという技術論では語れない部分だからです。 小説作法の本などでも、オリジナリティについて書かれてはいるのですが、 こうしたらオリジナリティが身に付くなどという方法論は語られていません。 これは誰かから教えてもらうことではなくて、自分で見つけださなくてはならない部分だからでしょう。 ここを追求することが、小説を描く最大のおもしろさでもあると考えています。 でも参考までに、私が考えているオリジナリティ論について語りたいと思います。 当然、これは私の持論であって正解ではありませんので、ご注意をば。 私はオリジナリティとは「こだわりの中から生まれる」と思っています。 例えば、格闘技の中でも合気道が好きで好きでたまらなくて、 合気道の技から歴史までとことん調べ尽くして、実際に合気道をやっている人が、 合気道の使い手を主人公にした小説を作ったとしましょう。 すると、とんでもなく個性的な話になると思うのですね。 だって、ふつうの人はそこまで合気道のことなんて知りませんから、 経験と知識に裏打ちされた圧倒的なリアリティのある作品があると、異彩を放つと思います。 私の好きなライトノベルで『フルメタル・パニック』 これは戦場で育ってきた特殊部隊の少年・相良宗介が、 日本の学校に任務で転校してきて騒動を起こすという話です。 ここまで聞くとありふれた話に思えるのですが、 軍隊と軍事技術にたいする作者のこだわりがハンパじゃなく、 戦場の常識しか持っていない相良宗介と、ヒロイン達の価値観のズレが、 非常にリアリティを持って描かれています。 この作者のこだわりが、そのまま他にないオリジナリティを生み出していると私は分析しています。 もう一つ、電撃文庫にに『DADDYFACE』という作品があります。 古代文明、古武術、軍事兵器、最新テクノロジー、オーパーツ、超能力といった、 いろんな要素を詰め込んでおり、かなりごたごたしている小説なのですが、 それぞれに対するこだわり方がハンパじゃないのです。 伝説・伝承の知識、それに対する個性的な解釈。 軍事兵器・最新テクノロジーの知識、古武術の設定、 どれもこれも素人では考えられないほどにこだわっています。 なぜそこまでやるか? と思っわずツッコミしたくなるほどに(笑)。 でも、そこに作者の愛が感じられるのですね。 この人は本当に好きでこの作品を作っているのだという気持ちが伝わってくるのです。 これが『DADDYFACE』特有の個性、オリジナリティになっているのだと思います。 関連情報・第4研究室 『オリジナリティ・著作権・感性』▲ページの先頭へ |
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オリジナリティがあれば支持されるのか?
おもしろい小説を作るためにはオリジナリティが必要ということはよく言われることですが、 オリジナリティがあれば、どんな読者にも支持される小説になるのでしょうか? 以前、このサイトでは、ライトノベルの人気投票と同時に、不人気投票という、 嫌われ度を測るネガティブ投票をしていました。 小説を表紙だけ見て買って、失敗するという苦い経験を私自身が何度もしていたので、 そういった失敗でお金を無駄にしないようにしようという目的で始めた投票だったのですけど、 非常に興味深い結果がおこりました。 人気投票で上位に入った作品と、不人気投票で上位に入った作品が被ることが多かったのです。 人気作品なら嫌う人などあまりいないのでは? と思っていたので、ちょっと意外でした。 でも、よく考えてみたら、これはおもしろい! と友人から薦められた小説が、 必ずしもおもしろくなかったことを思い出しました。 逆に、私がおもしろいと思って薦めた小説が、人によっては受け入れてもらえず、 歯がゆい思いをしたこともありました。 あなたにもそんな経験ありませんか? また、10万部以上のベストセラーになった小説を読んでみても、 なぜこれが支持されているか理解できなかったことが何度かあります。 特に、一世を風靡し、映画やゲームというマルチメディア展開までした世界的大ヒット作、 『ハリーポッターシリーズ』が私にはどうも肌に合わなくて、一冊読んで離れてしまいました(汗)。 (ファンの人ごめんなさい) さらに、ある出版社に持ち込んで没になった原稿が、 別の出版社から出版されてベストセラーになったという話が、文壇の世界にはよくあります。 小説の評価には、読み手の嗜好・主観がかなり関わっているのです。 つまり人間関係とまったく同じで、作品には合う合わないという要素が大きいということですね。 これはおもしろい! と支持する人間がいる一方、 これは肌に合わない! と嫌う人が一定数出てきてしまうのです。 個性的な作品というのは個性が強いが故に、 熱狂的なファンが付くと同時に、嫌われもするのです。 実際にプロ作家やクリエーターの元には、応援や感謝などのファンレターと同時に、 中傷・批判目的のアンチファンレターも多く届きます。 例えば、コラムニストの轡田隆史氏は、朝日新聞で『素粒子』というコラムを書いていた当時、 毎日のように批判を浴びたそうです。 彼の元に送られてくる投書には、ハガキの真ん中に「バカヤロー」と書いただけのものもあれば、 ゾッとするような過激な批判もあったそうです。 ▲ページの先頭へ |
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作家によって矛盾する技術論
作家やシナリオライターによっては、正反対の技術論を唱えている人が結構いるのですね。 例えばキャラクターは、その人物にリアリティを与えるために、 外見から年齢から、血液型から、好きな食べ物、好みの異性まで、 徹底的に細かく設定を作るべきだという作家の方がいます。 その一方。 こういった情報をいくら掻き集めても血肉を持った人間にはならならない、 そんな設定作りに時間を使うより、現実に存在している人間をそのまんまモデルにした方が、 よっぽど厚みを持った登場人物を創造できるというプロの方もいます。 長編小説を描いていると、絶対に矛盾点やつじつまの合わない点が出てきてしまうから、 それを防ぐために事前にプロットをきっちり作るべきだという作家の方がいます。 その一方。 プロットは編集者を納得させるためだけに作るだけで、 実際には創作にはあんまり役立っていないという方もいます。 むしろ、自分にも先がわからない話を書く方が、小説としての深みが出るのだとか…… こういったことを聞くと、う〜〜ん、どうすればいいんじゃぁ!? と頭を抱えてしまいそうになりますね(汗)。 どれもプロとして活躍している人の話で、それぞれに信憑性があります。 実は、技術論にはどれが正解ということはなく、人それぞれのやり方があるという訳ですね。 この道何年のプロ編集者が言っていることだから、 芥川賞受賞作家の誰々先生が言っていることだから、ということでその方法を鵜呑みすると、 自分のスタイルとはマッチしなくて、逆にうまくいかなくなるということもあるでしょう。 どれが自分に合ったやり方なのか? ということを見極めるためには、 技術論だけ学んでグダグダ考えているのではなく、とにかくいくつか小説を描いてみて、 自分に合った方法を探して採用してみるしかないと思います。 注意事項の点でも触れていますが、当サイトの内容も鵜呑みにするのではなく、 実際に試してみてうまくいったと思ったものだけを取り入れるようにしてみてください。 |
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