第1研究室 ライトノベルの作り方 | トップへ戻る |

タブー、これをやってはいけない!

目次
はじめに
安易な擬音は使わないようにしよう
天使や悪魔は登場させないほうが無難
幼い子供を主人公にしてはならない
世界観に合わない描写をしてはならない
あまり興味を引かない設定をクドクドと書かない
登場人物を不必要に多くしない
時点移動に注意
過去を語る回想形式の弊害
究極のタブー。視点移動をしてはならない
プロ作家は時点移動を行っているのに、なぜタブーなのか?


はじめに
 これからするのはネガティブなアドバイスです。
 小説には破ってはならない決まり事や、使わない方が無難という手法があります。

 高い筆力を持ったプロなら、これらの手法を上手く使いこなすことができるでしょうが、
 基礎のできていない素人が安易に使用すると、とんでもないことになります。


 基本的にライトノベルは、既存の枠に囚われない自由な分野なので、
 これから紹介する手法は絶対にやってはダメというものではありません。
 ただ、大きなデメリットを持っているということを知っておいてください。
 もし使用するのであれば、これを考慮し、カバーできるだけの工夫をせねばなりません。
安易な擬音は使わないようにしよう

 「ずごーん!」「どかぁああああん!!」「バリバリバリ!!」
 といった擬音の使用は危険です。コレをやってしまうと、

 文章がしまりのない安っぽい感じのモノになってしまいます。


 有名なライトノベル作家で、『あかほりさとる』などはこの表現を連発して成功していますが、
 それはギャグやコメディの文章だから上手くいっているのです。

 わざと、自分の作品を安っぽく見せようと狙ってやるなら話は別ですが、そうでないならNGです。

 作品のクオリティを落とすことになってしまいますよ。

●例
 その時、少女の頭上で巨大な爆発音がした。
 ドカーーン!!
「きゃああああ!」
 彼女は思わず地に伏せた。

●例2
 その時、少女の頭上で巨大な爆発音がした。
 天そのものが崩れ落ちてきたかと思うような、轟音。
「きゃああああ!!」
 彼女は思わず地に伏せた。



 どちらがより迫力のある映像を思い浮かべることができますか?
 当然ながら、下の文章の方ですね。

 擬音語を使うと表現が楽になります。
 しかし、その反面、作品がチープな印象を持つようになってしまうのです。


 語彙もない素人が、擬音を盲目的に使用すると、それはもう目も当てられない駄作になります。
 小説書きは、ただストーリーやキャラクターを考えれば良いというモノではありません。
 こういう細かい表現、1つ1つに気を遣ってこそ、作品は完成度の高いものになります。
 安易な手法に流されず、自分だけの表現を模索してください。  

関連情報・第4研究室『擬音語・擬態語は使ってはいけないのでしょうか?』

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天使や悪魔は登場させないほうが無難

 天使や悪魔は、作中に登場させない方が良いです。
 これは、なぜかと申しますと、天使や悪魔は古今東西あらゆるジャンルの作品に登場しており、
 いまさらどう捻って書いたところで、ステレオタイプな話になるだけだからです。

 自分のアイディアと文章力と構成力によほど自信があるのなら別ですが、
 素人が安易に天使を登場させると、もうそれだけで作品が陳腐なものになります。


 ちなみに、私も天使の美少女が書きたくなって、そういった小説を書いたことがあるのですが、
 妹から、けんもほろろにされました。
 「つまらない」「陳腐」「なんか子供臭くて、先が読める」……ちょっと自信があったのに超ショック!

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幼い子供を主人公にしてはならない

 ライトノベルの主人公といえば、10代の少年少女ですね。
 なぜ、ライトノベルの主人公たちは、このように社会的に未成熟な若者たちなのでしょうか?
 それには大きな理由があります。読者のターゲットが10〜20代の若者だからです。

 自分と近い年齢の主人公の方が、読者は感情移入しやすいのです。

 
だから、主人公が10歳以下の幼い子供だったり、
 逆に中年や老人だったりする設定の作品はそれだけで大きなハンデを負います。
 よほど実力のある筆者でなければ、このハンデは覆せないでしょう。

 特に、幼い子供を主人公に据えるのは危険です。

 彼(彼女)らは、知力、体力、行動力ともに未熟で、
 主人公として主体的に行動するのには向いていません。
 そのため、どうしてもスケールの小さい話になってしまい、物語が盛り上がりにくくなります。

 また幼いため、恋愛要素を絡めることもできません。
 恋愛要素は物語を高度化、複雑化するための重要なエッセンスなので、
 これを主人公に絡められないことは大きなマイナスです。

 さらに、老人の内面を想像するのは資料となる素材が多いので案外簡単なのですが、
 幼い子供の内面を想像するのは非常に難しいのです。
 幼い子供は理性よりも感情に従って生きています。より自然に近い生き物なのです。
 常識と理性を身につけてしまった私たちとは、明らかに異なる存在です。
 だから、その内面を描写しようとしてもなかなかリアリティがあるもにはなりません。
 幼い子供を主人公にするのはやめましょう。

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世界観に合わない描写をしてはならない

 小説の世界観に合わない描写をしてはいけません。
 世界観がぶち壊しになり、読者は違和感を覚えます。


 例えば、剣と魔法のオーソドックスなファンタジー小説での描写を考えてみましょう。
 ヒロインの美少女魔法使い(笑)が、大爆発を起こすような攻撃魔法を使ったとします。
 その際、こんな描写があったら、どう思いますか?

●例
 まるでミサイルの直撃でも受けたかのような大爆発が巻き起こった。

 ミサイルって、なんやねん!? とツッコミを入れたくなりませんか?
 このように、

 その世界に存在しないモノを描写に利用するのは御法度なのです。


 せっかく築いた世界観が台無しになります。
 他にも例を上げてみましょう。同じくファンタジーでの描写事例です。

●例2
 獲物に突進するドラゴンは、たやすく音速の壁を超え、さながらジェット戦闘機のごとく飛翔する。
 
●例3 
 深海に住まう人魚は、その可憐な容貌とは裏腹に深度5000メートルもの水圧に耐えるような身体構造をしていた。
 彼女らは、生身で潜水服を着込んでいる状態と一緒なのだ。

 
 ジェット戦闘機って何? 潜水服って何? と、ここでも違和感を感じませんか?
 ドラゴンや人魚という幻想種族の名と一緒に使われていると、その悪しき効果は倍増です。

 その世界にジェット戦闘機や潜水服といったものが存在していれば問題ないですが、
 そうでないなら、このような描写をしてはいけません。


 わりと気づかずに書いてしまうことが多いので、注意が必要ですね。

関連情報・第4研究室「世界観に合わない描写の基準とは?」

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あまり興味を引かない設定をクドクドと書かない
 
 ネット小説でよく見かけるのですが、物語の冒頭部に、
 世界観やら歴史やら地理やらの設定をズラーと書いてある作品があります。
 設定を最初に公開することによって、
 読者が物語に入りやすくなるようにという意図でやっているのでしょうが、
 ハッキリ言って逆効果です。

 読者は設定を読みに来ているのではなく、ストーリーを楽しみにきているのですから、
 この時点で読むのをやめてしまう可能性があります。


 「なんだこれ? つまらないどうでもいいことを、クドクド書いて……」
 という風に読者に思われたら、当然、その続きなど読んでもらえませんよね。
 古代にその大陸を支配していたのが魔族で、人間との戦いに敗れて姿を消していった。
 などという陳腐なバックグランドなど、なんの興味も引きません。
 興味を引かないモノなど、当然、誰も真剣に読んで理解しようとなどしてくれません。
 これでは、設定に凝るだけ損というものですね。そんなことがないように、
 ストーリーの進行と同時に、
 徐々に世界観や歴史の奥深さがわかってくるような展開にしましょう。

 
 では、ここでダメな例を上げてみます。

 
 世界最大の巨大大陸イブリス。
 この大陸を統治するのが、竜を使役し、その絶対的な力を振るう竜の巫女『リリア』。
 リリアは、大陸の中央にそびえ立つ『竜王の塔』に竜族たちとともに住まい、その強大な力と恐怖で大陸全土を支配していた。
 リリアは絶対権力者であるが、彼女が直接、政治を行っているわけではない。
 東西南北それぞれの地に国家があり、実際の政治は、その国王らによって行われている。
 どの国の王も例外なく、リリアの前では無力な子供のように平伏し、その言葉に従順に従う。
 どの国の民も、リリアを女神のごとく崇め、彼女の意思を大々的に口にする。
 ――けれど、四つの国家は、それぞれ独立しているのだ。
 各王国はそれぞれ異なる民族によって形作られており、価値観や、習慣、政治方針なども大きく異なる。
 リリアというトップが同じでも、四王国は決して協調関係にあるわけではない。
 リリアが現れる以前まで、四王国は血で血を洗う闘争を続けていた。
 大地を血に沈め、その血の海の上に屍の山を築いて幾星霜。
 何百年もの間、この大陸は断末魔と悲鳴に満たされていた。
 そんな連綿と続いてきた民族間の確執が、分厚い壁となって四つの国家を引き裂いている。
 もし、リリアがいなくなったら、四王国はすぐさま交戦状態に入るだろう。
 強壮たる竜の力を振るい、大陸の民を恐怖で縛り上げている暴君は、平和を維持するためになくてならなない人材だった。 
 東のグランデル。
 西のオルフェス。
 南のベオグラータ。
 北のシリウス。
 必ずしも相性が良いとは言えない、四つの全く異なる国家は、ただただ、リリアという絶対存在の元、もう100年近くも、その危うい均衡を保ちつづけている。


 ちょっと考えてみましたが、もし冒頭からこんな長い世界観の説明があったら、
 読んでいる方は引いてしまいます。
 しかも、それが何の捻りもない陳腐な内容だったらなおさらです。
 また、イブリスだの、リリアだの、グランデルだの、

 聞き慣れない横文字のオンパレードは読者の読書意欲を損ないます。
 情報は小出しにしていくことが大切です。

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登場人物を不必要に多くしない

 登場人物が多くなると、それぞれのキャラの特徴をとらえるのが大変になります。
 キャラがたくさんいすぎて、誰が誰だかわからない! という状況になってしまうのです(汗)。
 作者であるあなた自身は、登場人物の数が多くてもバッチリ、
 それぞれのキャラの見分けがつくでしょう。
 自分自身の手で生み出したキャラは、自分の分身や子供みたいなものですからね。
 しかし、読者も、それぞれのキャラクターを理解してくれていると思ったら大間違いです。
 登場人物が多いと、「あれ、このキャラ誰だっけ?」というような状況が多々発生し、
 だんだんと混乱してきます。
 そして、読者は徐々にストーリーを追うのが苦痛になって、
 読むのをやめてしまうという最悪の展開に突入です(涙)。
 しかも、キャラクターがたくさんいると、それぞれの描写がどうしても浅いものになってしまいます。
 その結果、

 登場人物を深く掘り下げることができなくなり、
 誰も彼もが薄っぺらな個性しか持てないようになってしまうのです!


 そんなことになったらイヤですよね? 
 登場人物は不必要に多くしないよう、気をつけてください。

 基準としては短編の場合なら、主要メンバーは多くても3,4人。
 長編でも、8人以上にはしない方が無難です。


 また、冒頭で登場人物を一気に出すようなマネは絶対にやめてください。
 99パーセント誰が誰だかわからなくなる事態が発生します。
 読んでいる方は、混乱の魔法でもかけられたみたいに大パニックです。
 そんなことになったら、「なんだ、この小説は? 訳わからん!」と、
 一発で読者に読むのをやめられてしまうでしょう。

関連情報・第4研究室 主人公は明確に決めなくてはならない?

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時点移動に注意 

 マンガやアニメ、映画などではよく回想シーンが入ります。
 現在から過去へ戻り、現在のシーンの補足や説明をするという技法です。
 よく見かけませんか?
 『あれが俺とヤツの最初の出会いだった』なんていう風に因縁の始まりを説明したり、
 死んでしまった恋人と海辺で戯れている場面にワープしたり……
 コレが単に主人公の頭の中で行われるのではなく、
 時間軸そのものを過去へと移動させると『時点移動』になります。

 ネット小説を読んでいると、冒頭の後に、突然、物語が何ヶ月か、あるいは数年前へと飛んで、
 延々と主人公の回想シーンが続くというパターンが散見されます。
 たぶん、書いている本人は技巧凝らしているつもりになっているのでしょうが、
 これには大きなデメリットがあります。

 物語の流れが一続きではなくなり、内容を理解しにくくなってしまうのです。

 小説は文章だけしか読者に物語を伝える手段がありません。
 文章だけで、あなたの頭の中で考えたストーリーを他人に伝えるというのは、
 ものすごく難しいことなのです。
 そのため、少しでも内容が読者に良く伝わるように、理解しやすい構成にすることが大切です。
 時間は現在から未来へと流れていくもので、その逆はありえません。
 それを現在から過去へと押し戻すというのは、とても不自然なことです。
 不自然なことを自然に見せるためには、よほど注意して行う必要があります。
 マンガのように『絵』という視覚に訴える強烈な媒介があれば、
 時点移動を行っても読者はストーリーを容易に理解することができます。
 でも、小説の場合だと読者の混乱を招く、マイナス要因になりかねないのです。

 物語は原則的に出来事の起きた順番通りに並べて作ってください。

 万全を期するなら、エピソードの年表を作成して、
 時系列が入り乱れてないかチェックするという手がオススメです。
 どうしても、主人公の過去のトラウマなどを描くために時点移動を行わなければならないなら、
 時点移動の欠点を良く理解した上で、緻密に構成を練って行ってください。
 安易な使用は絶対にダメです。

プロ作家は時点移動を行っているのに、なぜタブーなのか?

関連情報・第4研究室『文章添削のお願い・2』

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過去を語る回想形式の弊害
  
「俺の話を聞きたいなんて、あんたも酔狂だな……」
 青年はおもむろに口を開いた。
 窓の外の星空を眺めて、遠い過去に視線を飛ばす。
「さて、あいつと出会ったのは、いつだったか」
 青年は静かに語り始めた……



 回想形式とは、上のように主人公(また、それに準じるの者)が、
 昔を思い出して物語を語るという形式の小説です。
 時点移動の一種であり、時点が混乱するという欠点を孕んでいますが、
 一番の問題は緊張感が出ないことです。
 主人公が昔を語っているということは、その物語の中で主人公がいかなる窮地に立たされようと、
 そのピンチを脱したことが、すでに証明されているのです(汗)。
 そのため、

 
山場のおもしろさが半減します。

 恋愛や賭け事とか、命に関わることでないならそれほど問題ありませんが、
 活劇の場合は致命的です。
 敵にとらわれて拷問されようが、大人数に包囲されて銃を突きつけられようが、
 封印された大魔王が地響きを伴って復活しようが(笑)、
 それはすでに過去のことでしかないわけです。
 悪役との戦闘の醍醐味とは、生死を賭けたスリルと緊張感にあります。
 一瞬先、主人公がどうなっているかわからない、わずかなミスや判断の遅れ、
 敵の策略が彼(彼女)を死に追いやっているかも知れない……。
 こういう一寸先は闇な状態が、おもしろいのです。

 しかし、回想形式の場合、その窮地を切り抜けた主人公が回想しているわけです。
 これはハッキリ言って、半分ネタバレしているのに等しい所行です。
 結末がわかっている物語って、心底楽しいと思えますか? 思えませんよね。
 もちろん、プロの中にはこの回想形式を、物語のギミックとして活用している方もいますが、
 素人が安易に使うと99パーセント失敗します。ええ、それは無惨なまでに……
 過去を語るという手法は、やらないように気を付けてください。

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究極のタブー。視点移動をしてはならない
 
 小説の視点となる人物を決めたら、その人物が心の中で思ったこと、
 目で見たこと以外は書いてはいけません。


 「おや、どうして?」と、あなたは首をかしげるかもしれません。
 マンガやアニメでは、視点となっているキャラクター以外の心情が、
 当然のように吹き出しで描写さていますものね。
 しかし、同じ娯楽媒体でもマンガやアニメと小説は決定的に違います。
 時点移動でも説明しましたが、小説は文字だけで構成されている娯楽です。
 マンガやアニメと違って、読者は内容を理解するのにかなりの労力を必要とします。
 その労力を倍増させるようなことをするのは自殺行為なのです。
 
 視点として定めた人物以外の心情描写をしてはいけません。

 これは視点移動のタブーと呼ばれ、プロの世界では常識です。
 例えば、あなたに好きな相手がいたとします。とりあえず、片思いということにしましょう。 
 その人があなたをどう思っているのかは、当然のことながら、わかりませんよね。
 現実の世界でそうなのですから、小説の世界でも同じですよ。
 もちろん、主人公が超能力者で、他人の考えが読めるというのなら別ですが(汗)。
  
 例を上げてみましょう

 
 触れ合った手の平から大介の温もりが伝わってくる。
 美佳の心臓は破裂せんばかりに脈打ち、頭の中が真っ白になった。
「むぅ。どうしたんだ? 顔が赤いぞ」 
 心配そうな声が降ってくる。
 はっと、顔を上げれば大介の顔が息がかかりそうなくらい近くにあった。
「な、な、な、なんでもない……」
 美佳はしどろもどろになりながら、俯く。
(おかしな娘だな……)
 彼女の手を引きながら、大介は内心、首を捻った。


 上の文は途中で視点が美佳から大介に移っています。
 漫画などでは同じ場面に、複数の登場人物の感情描写が入ることがありますが、
 小説にこの手法を取り入れると、とたんに読みづらいものになってしまいます。
 視点となっている人物に感情移入しながら読んでいたのに、そこに別の人間の視点が入り込むと、
 読者はその人物の感情を追うことを強制的に中断させられます。

 こんなことが何度も続くと、視点が混乱し、誰の視点で物語が進んでいるのかわからなくなります。
 主人公の心情だと思っていたのが、実は別の人物の心情だったなんて誤解がうまれてくるのです。
 すると読者はやがてイライラしてきて、読むのをやめてしまうでしょう。
 一人称の場合なら、視点が固定されているので、この罠に陥る危険性は低いですが、
 三人称の場合だとついうっかり視点に定めた人物以外の視点が混じってしまうことがあるので、
 気を付けましょう。
 
 だだし、章や場面が変わった際に、別の人間に視点が変わるのは有効です。
 
 あくまで、一続きのシーンの中で、視点が切り替わるのがいけないのです。
 1章は主人公、2章はヒロインの視点で描くというのであれば問題ありません。
 ただ、あまりやりすぎると主人公が誰だかわからなくなるので、ほどほどに。

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魔音さんからの質問
プロ作家は時点移動を行っているのに、なぜタブーなのか?

 第1研究室でうっぴーさんは、
「ストーリーを作る時、主人公以外の登場人物の心情は描かず、時間を過去に遡らせてはいけない」
 とおっしゃっていましたよね?
 ですが、上遠野浩平さんの「ブギ―ポップ」シリーズでは、
 キャラの視点が次々に入れ替わるという型破りなシステムが採用されています。
 また、「ビートのディシプリン―SIDE2」では普通に主人公の回想シーンがありました。
 これらのことは、プロの作家さんだからこそできる技術なのかもしれませんが、
 ライトノベルとしてはアリなんでしょうか?


● 答え ●

 よく「幼児はみんな天才だ」
 などと言われます。幼児に絵を描かせると、
 技術や常識の枠に囚われない自由奔放な絵を描きます。
 その絵を見て、これこそが心の内面をありのままに表現した真の芸術なのだと、
 手放しで喜ぶ人がいます。
 でも、幼児の描いたメチャクチャな絵を、お金で買いたいと思う人は誰もいません。
 ところが、同じメチャクチャで意味不明な絵でも。ピカソの描いた作品には億の値段が付きます。
 幼児の絵と、ピカソの絵は、同じように見えてまるっきり次元の違うモノなのですね。
 これは、どんな分野に関しても言えることです。

 定石を知らずして定石を破ることはできません。

 型を知ってから、型を破るから型破りなのです。
 まず正しい基本を身につけ、十分にそれを自分のモノとしてから、基本を崩す。
 このプロセスを取ると、それは調和を保った表現となります。

 ライトノベルの中には、時点移動を使用している作品が山ほどあります。
 大文豪・夏目漱石の『こころ』だって、「先生と遺書」の部分で一気に過去に時点移動します。
 国木田独歩の『牛肉と馬鈴薯』なんかも時点移動を使っています。
 時点移動を使用しているという理由でそれらを駄作だと言う人は、まずいません。
 しかし、それはプロだからできる技です。
 経験も技術も足りない素人が、時点移動をタブーと知らずに使用したら、
 それはまず間違い無く失敗作になってしまうのです(涙)。
 時点移動や、場面ごとの頻繁な視点切り替えを使うのであれば、
 それ相応の実力を身につけてからでないとダメです。

 もし、使用するのなら、自分がタブーを犯しているのだということを自覚し、
 わかりやすい構成になるように工夫してください。


 キャラクターの過去を描写するのに便利だからと、
 無頓着に時点移動を使うと、それは幼児の絵になります。ご注意を。    

関連情報・第4研究室『文章添削のお願い・2』

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ストーリーの作り方のヒント
キャラクターではなく「人」を描こう
リアリティのある世界観を作ろう 
テーマなくして小説は語れない
タイトルの付け方
プロットを作ってみよう
推敲をしよう
タブー、これをやってはいけない!
美少女の書き方
読者よりの投稿、美少女描写テクニック
おもしろいギャグの作り方
読者よりの投稿、ユーモアのネタ・コツ 
完成した小説を、批評してもらおう 
オリジナリティ論  

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