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テーマなくして小説は語れない

目次
はじめに
テーマとは何か?
テーマは一つに絞る
悪とは何か?善とは?
関連情報・第4研究室 『テーマについての悩み』


はじめに
 小説だけでなくクリエーターの世界では
 「テーマ不在の駄作」「感動的なテーマの傑作」など、
 テーマという言葉が、作品の鑑賞や制作の上で、ごく日常的に使われています。

 でも、このテーマという言葉の正確な定義は何かと問われると、
 誰もが首を捻ってしまうのではないでしょうか?


 辞書で調べても、テーマとは主題という意味であるとしか載っていません。
 しかし、これは微妙にニュアンスが違うような気がします。
 そのため、私はごく最近まで、テーマとは何か、明確な答えを持っていませんでした。
「テーマなんて小難しいことを考えなくても、ライトノベルは書けるさ」と、
 気の向くままにパソコンのキーボードを叩いていました。
 しかし、そのような思考停止スタンスでは、感動的な作品を作ることなど夢のまた夢です。
 ここでは、小説のテーマについて考えてみましょう。

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テーマとは何か?

 テーマとは、一体何でしょうか?
 まず、この疑問に対して、明確な答えを出しましょう。

 テーマとは、作品の主人公の貫徹行動が、暗黙の中に訴える倫理的、社会的な意味です。

 「ストーリーの作り方のヒント」でも紹介しましたが、
 主人公は自分の目的達成のために、それを妨害する「悪」の勢力と戦います。
 その「悪」に対する「善」のコンセプト。つまり、

 テーマとは主人公が何のために、誰を愛して戦うのか、その愛の所在を意味します。

 愛だなんて、臭いことをと馬鹿にしてはいけませんよ。
 金と快楽が絶対の価値を持つ資本主義社会では、
 正義や愛を語ることは現実を直視しない理想主義者の戯言だと一笑する風潮があります。
 エンターテイメントの常套手段である「勧善懲悪」など、
 しょせん、幻想の中だけのことと軽蔑するきらいさえあります。
 しかし、そのようなニヒリズムを吹聴している人間の心は、
 どこか満たされない空虚に支配されているのではないでしょうか?

 私たちを感動させてやまないのは、心に響く力強い「愛」のリアリティなのです。

 これを忘れて、軽薄かつ淡泊な、テーマの軽い作品を作っても、
 決して人の心を感動させることはできません。
 その他の要素が、いかに洗練されていても「ああ、おもしろかったな」で終わってしまって、
 読後感に残るものが無いからです。
 例えば、対戦格闘や戦国時代の国盗りシミュレーションなどのゲームをプレイしてみても、
 ただ、おもしろく爽快なだけで、心に残るものが何もありません。
 プレイした後は「また一時間もやっちゃたよ。我ながら時間の無駄だな」
 という虚しさを感じてしまいます(汗)。

 しかし、同じように時間を潰しても、深いテーマに貫かれたノベルゲームの場合だと、
 時間の無駄という感覚があまりありません。
 それは、その作品から少なからぬ感動を受け取ったからです。

 名作と言われる作品は、必ず作者の深いヒューマニズムに溢れています。

 それは宮崎駿のアニメ映画『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』などを見てもわかるでしょう。

 主人公の愛の対象は、作品によって千差万別です。
 なにも世界平和や男女愛だけがテーマとして選ばれる訳ではありません。
 
 例えば、榊一郎さんの著書『スクラップド・プリンセス』 は兄妹愛をテーマにしたライトノベルです。
 主人公のシャノンは、
 世界を滅ぼす猛毒と予言された廃棄王女である義妹パシフィカを守るために戦います。
 しかし、彼の行動は一般大衆の目から見たら、完全な悪であり、孤立無援の非難の対象です。
 シャノン自身も、序盤の頃は本当にパシフィカを守ることが正しいのか、幾度となく悩みます。
 やがて、その葛藤の末に世界を敵に回してでも妹を守る覚悟を固め、戦っていきます。
 このシャノンの決意は、非常に純粋かつ強固な物で胸にジーンと来ます。

 ここでポイントなのが、シャノンが「兄妹愛は大切だ」などと、
 一度たりとて口に出して演説していない点です。
 テーマはスローガンでも説教でもありません。
 主人公によって黙って実行されるものなのです。


 有言実行ならぬ、不言実行ですね。政治家のオッサン連中にも聞かせてやりたい言葉です(笑)。
 よくテーマを勘違いしている人の中に
 「私は、この作品を通じて平和の大切さを訴えたいんだ」と大言壮語を言う人がいます。
 しかし、小説は思想や信条のプロパガンダではなく、道徳のお説教でもありません。
 そんな押しつけがましい作品を作っても、読者にはソッポを向かれます。
 「平和が大切?そんなこと知ってるんだよ!」と反感を買うことすらあるでしょう。
 平和の尊さを訴えたかったら、プラカードでもこしらえて、
 戦争反対の運動でも起こした方が現実的です。

 ライトノベルは、あくまでエンターテイメント。
 読者を楽しませるのが目的であり、教育的メッセージは二の次です。
 これを逆転させてしまっては、本末転倒と言うより他ありません。


 テーマは作品の中に内在しつつも、決して面に表れないものなのです。
 主人公の人間愛の行動を、ストーリーによって示すことによって、
 お説教や演説を超えた強いメッセージを伝える。これがテーマの本質です。 

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テーマは一つに絞る

 『スクラップド・プリンセス』のシャノンは全十三巻通して、
 妹を守るという動機のみに従って、迫り来る様々な敵と戦います。
 他の女性を好きになって、その人の幸せのために剣を振ったり、
 復讐のために敵を殺したり、友情のために自分を犠牲にしたりすることはありません。
 もし、そんなことをしたら、シャノンの妹への愛は嘘だったことになり、
 この作品のテーマは崩壊します。
 つまり、

 テーマとは、何を書いて何を書かないか決める基準でもある訳です。


 兄妹愛も、親子愛も、男女愛も、友情も、忠誠心も、命の尊さも、平和への願いもと、
 いろんなテーマを一つの小説の中に詰め込むと、訳がわからないものになります。


 いわば、複数の生物の良いところだけを抽出して合成した合体魔獣のようなもので、
 醜悪かつアンバランスな作品になってしまうのです。
 ライオンは獲物を食い殺すのに適した身体をしており、
 キリンは高い木の葉を食べるのに適した身体をしており、
 魚は水中を泳ぐのに適した身体をしております。
 野生動物は生きるという目的のために特化した、様々な形態をとっているのです。

 同様に、小説も人を感動させるという目的のために、それぞれ違ったテーマを内包しています。
 もし、肉も植物も食べ、水陸両用で空も飛び、
 硬い甲羅を持ちながらウサギ並の脚力を持っている生物がいたとしたら、
 一見すごいかもしれませんが、すぐに自然淘汰の対象になって絶滅するでしょう。

 どれもこれも中途半端で、生きるための手段がハッキリしないからです。

 これは、そのまま小説にも言えることです。
 テーマがハッキリしない作品は、駄作のレッテルを貼られてあの世行き決定です。  

 一つのテーマを決めたら、徹頭徹尾、それに沿ったストーリーを展開させましょう。

 でないと、読者を混乱させる意味不明な作品になります。
 そんな作品の読後感は感動ではなく、ただの違和感に終わります。

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悪とは何か?善とは?

 テーマを語る上で外せないのが、善と悪の関係です。
 善悪とは相対的なモノで、
 その現象を観察する人間の立場や価値観によって、コロコロ変わります。


 例えば、世界を震撼させた同時多発テロ「911事件」を起こしたテロリスト集団アルカーイダと
 それに対する報復戦争を巻き起こしたアメリカのブッシュ大統領は、
 どちらが善で、どちらが悪だと思いますか?
 私はどちらも悪だと思いますが、この答えはどちらの勢力に属しているか、
 あるいは中立か、で分かれることでしょう。
 つまり、絶対的な善や悪など、存在しないということです。

 創作において注意すべきは、間違っているのはすべて他人で、
 自分だけは絶対に正しいと思いこむ、人間心理の落とし穴でしょう。


 よく、人生経験の無い者が小説を書いても底の浅いものにしかならないと言われますが、
 私はこの部分に起因していると思います。
 主人公サイドの人間だけが、神に愛された正義の使者で、
 悪玉たちはどんなに残虐に殺されても文句の言えない邪悪の化身だということは有り得ません!

 ステレオタイプに主人公=善、その敵=悪という方程式をうち立ててしまえば、
 作品は極めて幼稚なものになってしまいます。


 例えば、『海のトリトン』 というアニメがあります。
 トリトンは海に住むトリトン族の最後の生き残りという設定です。
 一族は、同じく海に住むポセイドン族に滅ぼされてしまいました。
 そのためトリトンは、海の平和を乱すポセイドン族を倒すために戦うというストーリーです。
 最終回にトリトンは、イルカや魚といった大勢の仲間たちとともに、
 ポセイドン族の本拠地に総攻撃を仕掛けて、勝利します。
 
 しかし、そこでトリトンは、憎むべき仇と思っていたポセイドン族の意外な真実を知ることになるのです。
 実はポセイドン族はもともと、
 トリトン族によって支配され生け贄にされていた人々の生き残りだったのです。
 トリトンは、戦闘に巻き込まれて死んだポセイドン族の女子供の死体が漂う海を、
 呆然と泳ぎ進みます。聞こえてくるのは仲間たちの勝利の歓声。
 その中で、彼は自分の犯した罪の重さに苦悩します。
 ここで、トリトンとポセイドン族の善悪の位置づけは完全に逆転してしまっています。
 邪悪な侵略者であったのは、ポセイドン族ではなく、トリトンの方だったのです。 
 
 この作品は、主人公の行動を最後の最後に悪として断罪することによって、
 テーマを強烈に深く掘り下げています。


 このように私たちはいかなる行為も、100%正しいということなど無いということを念頭に置いて、
 小説を書かなくてはなりません。

 主人公と敵の価値観をいろんな角度から分析してみて、その質を問うてみるのです。
 そうすることによって、作品のテーマはより深まります。


 この視点に立って、美談として伝えられている昔話を分析してみましょう。
 名付けて『善悪の基準、ぶち壊しレッスン』です(笑)。
 
 例えば、鬼退治をして財宝を持ち帰る桃太郎は、見方を変えれば、ただの略奪者です。
 鬼は鬼だから悪いのであって、殺したところで誰からも非難されないという危険な傲慢さが窺えます。
 
 魔女を殺し、彼女の財産を奪って生き延びた、グリム童話のヘンゼルとグレーテルは、強盗殺人です。
 魔女は二人を騙したとはいえ、飢え死にしそうになっていたところを助けてくれた恩人でもあります。
 そんな人を殺すなんて、いくらなんでもやりすぎではないでしょうか?
 猿カニ合戦で、親カニの仇を討った動物たちは、集団リンチ殺人(殺猿?)の犯罪者です。
 公平な裁判の場を設けず、仲間内の話し合いで仲間殺しを決定する閉鎖的な村社会の臭気がします。
 
 このように、あなたも正義の味方の行動に対し、うがったものの見方してみるようにしましょう。
 このことは、実社会でも役立つかもしれませんよ?


 最後に「ミッション・アース」や「バトルフォールド・アース」などのSF長編で知られるアメリカの作家
 L・ロン・ハバードが、善悪についてユニークで示唆に富む考え方を提案しているので紹介します。
 参考になれば幸いです。
  
 L・ロン・ハバードによる善悪の基準
 善とは、できるだけ多数の生存の衝動に対して、できるだけ多量に貢献すること。
 
 悪とは、できるだけ多数の生存の衝動に対して、できるだけ多量の反生存をもたらすこと。

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